パーソナルケア事業を売却
高価格帯集中戦略の下でパーソナルケア事業の位置づけが後退
2010年代後半、資生堂は中・高価格帯化粧品を軸とする事業ポートフォリオへの転換を進めていた。化粧品事業が売上の大半を占める中、パーソナルケア事業は広告宣伝や商品改良に継続的な投資を要する一方で、経営資源の配分順位を引き上げにくい領域となっていた。選択と集中を進める過程で、同事業は相対的に投資余力を失っていた。
一方、パーソナルケア事業は2019年時点で売上高1,000億円規模を持ち、ドラッグストアを中心とした流通で安定した販売を維持していた。「TSUBAKI」「SENKA」「UNO」といったブランドは消費者の認知度が高く、販売回転の速さと固定費負担の小ささから、キャッシュ創出に寄与する事業であった。
中・高価格帯化粧品への集中投資が進む中で、パーソナルケア事業の位置づけは曖昧になりつつあった。当該事業は低利益率とされていたものの、固定費を吸収する機能を担っていた。事業ポートフォリオ内での役割と、将来の投資配分との整合性が経営上の課題として顕在化していた。
TSUBAKI・UNOなど主力ブランドをCVCに1600億円で売却
2021年2月、資生堂はパーソナルケア事業を投資ファンドのCVCキャピタル・パートナーズに1,600億円で売却すると発表した。対象は「TSUBAKI」「SENKA」「UNO」などを含む国内外の事業であり、新設会社へ承継された。同時に資生堂は新設持株会社の株式35%を取得し、事業を合弁化した。
魚谷雅彦(資生堂社長兼CEO)は、パーソナルケア事業の成長余地を認めつつも、独立した経営体制の下でマーケティング投資を拡大する方がROI向上につながると説明した。製造は資生堂が引き続き担い、販売・マーケティングは新会社に委ねる分業が採用された。短期的な業績悪化への対応ではなく、長期的な投下資本効率の再配分を狙った判断と位置づけられた。
この売却判断の背景には、資生堂が2010年代を通じて進めてきた「スキンビューティーカンパニー」への転換がある。高価格帯スキンケアとプレステージ化粧品に投資を集中する方針のもと、低価格帯のパーソナルケア事業は事業ポートフォリオ上の優先順位が下がっていた。事業の成長可能性を否定するのではなく、自社の投資方針との不整合を理由とした売却であった。
収益の緩衝材喪失により日本事業の利益構造が脆弱化
事業譲渡により、パーソナルケア事業は連結対象から外れ、資生堂の日本事業は中・高価格帯化粧品への依存度を高めた。売却先が設立したファイントゥデイは、2022年度に売上高1,000億円超、営業利益率10%超を確保しており、当該事業が一定の収益力を有していたことが示された。
一方、資生堂の日本事業では固定費比率の高い事業構成が残った。限界利益の小さい高価格帯中心の構成では人件費や拠点費用を吸収しきれない状況が表面化し、2022年度にはコア営業利益が赤字へ転落した。パーソナルケア事業が担っていた収益の緩衝機能が失われたことで、需要変動に対する耐性は低下した。
結果として、事業撤退による資本回収と引き換えに、固定費を吸収していた安定収益源を失うこととなった。日本事業の利益構造は中・高価格帯への依存を強め、インバウンド需要の変動や中国市場の価格競争の影響を直接受けやすくなった。この構造変化は、2024年の大規模早期退職実施へとつながる因果の起点の一つとなった。