再販価格維持を撤廃
再販価格維持制度に支えられた利益構造と競争経験の欠如
チェインストア展開以降、資生堂は小売価格を固定し、値引きを行わない販売を続けてきた。再販価格維持制度のもとで全国で同一価格が保たれ、流通段階での価格競争は生じにくい環境であった。メーカーが価格を決める方式は利益率を高く維持する手段として機能し、広告投資や販売促進は価格以外の要素に集中していた。
1990年代に入ると、流通の多様化と消費者の購買行動の変化が進んだ。ドラッグストアの台頭や量販店の拡大により、価格が動かない販売は割高に映りやすくなり、購入頻度や数量に影響を与え始めた。一方で、再販維持下では価格を起点とした競争経験が蓄積されておらず、販売戦略や供給体制の見直しは遅れがちになっていた。
公正取引委員会の指摘を受けて再販価格維持の撤廃を決断
1993年、公正取引委員会は再販価格維持を巡り独占禁止法との関係について指摘を強めた。再販を続けること自体が行政対応の対象となる状況が明確になり、企業側の判断余地は狭まっていた。資生堂にとって再販維持は経営判断というより、法規制との調整問題へ変質しつつあった。
1997年、資生堂は再販価格維持を撤廃した。価格決定を自社で抱え続ける選択をやめ、小売側に価格設定を委ねる判断であった。値引きを認めない販売を終えることで利益率の低下は避けられないと見込まれたが、法的リスクの解消と市場競争への直接対応を優先した。これは、戦前から約70年にわたり維持されてきた価格統制の放棄を意味した。
値引き販売の常態化と低価格帯ブランドの台頭による競争激化
再販撤廃後、資生堂は価格競争の影響を直接受けることになった。小売段階で値引き販売が広がり、従来水準の利益率は維持できなくなった。販売数量や在庫回転が数値として表れるようになり、価格と販売結果の関係が可視化される環境へ移行した。一方で、価格を競争手段として活用するための体制整備は追いついていなかった。
その過程で、低価格帯の化粧品ブランドが市場で存在感を高めた。ドラッグストアを主戦場とする新興ブランドが価格訴求を軸に購入頻度の高い層を取り込み、資生堂が従来手薄だった価格帯で競争が激化した。再販撤廃は市場競争への参加を可能にした一方、価格帯の空白を露呈させる結果にもつながり、以後のブランドポートフォリオ再編を迫られる契機となった。