販社改革・在庫回収
数量拡大型の販社構造が生んだ過剰在庫と実需との乖離
高度成長期に構築された資生堂の販売網は、販社・チェインストアを軸にした数量拡大型の流通構造であった。販社は販売計画に基づき商品を受け取り、在庫を積み上げながら市場に供給する仕組みであり、需要が右肩上がりの局面では機能していた。一方で、需要変動への感応度は低く、売れ残りは販社在庫として蓄積されやすい構造を内包していた。
1980年代後半に入り、市場は成熟局面へ移行した。商品回転は鈍化し、販社在庫は増加傾向を示したが、表面的な出荷数量の維持により問題は先送りされていた。結果として、販社段階に過剰在庫が滞留し、メーカーの出荷実績と最終消費の間に乖離が拡大した。販売実態が見えにくい構造が経営判断の精度を低下させ、在庫問題は経営課題として顕在化しつつあった。
販社滞留在庫を本社が一括回収し流通の実態を可視化する
1987年、資生堂は販社に滞留する在庫を本社主導で一括回収する決断を下した。販社在庫を事実上本社在庫として引き取り、流通段階で曖昧になっていた在庫責任の所在を明確化する措置であった。短期的には売上・利益の下押し要因となることが不可避であり、業績悪化を自ら表面化させる選択でもあった。
在庫問題を先送りせず、実態を可視化することを優先した点にこの判断の意味があった。販社の出荷実績ではなく最終消費に基づく管理へ移行するため、流通慣行そのものに踏み込んだ対応であった。数量拡大を前提とした旧来の事業モデルを断ち切り、販売・生産計画を再設計するための前提条件を整える判断として位置づけられる。
在庫水準の正常化と消費動向を基点とする経営管理への移行
在庫回収により販社段階の滞留は解消され、メーカー出荷と最終消費の乖離が是正された。短期的には業績の調整を伴ったが、在庫水準が正常化したことで販売計画・生産計画の精度は向上した。売上の質が改善され、販売数量ではなく回転率と収益性を重視する運営へと軸足が移った。
この対応を起点として、資生堂は需給連動型の経営管理へ移行した。販社依存の出荷主導モデルから、消費動向を基点とする運営への転換が進み、以降の収益回復につながった。1988年には国内販社72社を15社に集約し、1995年にはさらに統合を実施した。1987年の在庫回収は、成長モデルの修正にとどまらず、流通構造と経営管理の前提を組み替えた転換点であった。