キャッシングに新規参入
クレジットカード会員基盤を活用した貸金業への参入と残高800億円への成長
1981年、丸井はクレジットカードの収益源を多様化するため、カード会員向けの貸金業(キャッシング)に参入した。店舗に設置した専用の無人機を介して若者向けの小額キャッシングを提供し、既存のカード会員基盤をそのまま貸付先として活用する仕組みであった。小額の貸し付けが中心であったため貸倒率は低く、1987年には貸付残高が800億円を突破した。カード事業の延長として開始されたキャッシングは、丸井にとって安定的な利息収入をもたらす事業に成長した。
2000年代前半、丸井の小売事業は売上成長に苦戦していたが、キャッシングによる利息収入が業績を下支えした。改正貸金業法の施行前にあたる2005年度にはキャッシング事業から年間粗利653億円を計上しており、丸井の収益構造においてキャッシングは不可欠な柱となっていた。小売業の低迷が続くなかで、キャッシングへの収益依存は年々深まっていった。
グレーゾーン金利27%前後の採用が後年の利息返還請求の布石となった構造
丸井のキャッシング事業は、出資法の上限金利と利息制限法の上限金利の間に位置するグレーゾーン金利(27%前後)を採用していた。この金利帯は2006年の最高裁判決で違法と認定されるまで業界慣行として広く定着しており、丸井に限らず消費者金融各社が同様の金利を採用していた。しかし丸井のキャッシング残高は2500億円に膨張しており、金利が10%低下するだけで年間250億円の利益が消失する規模に達していた。
3代目社長の青井浩氏は「キャッシングの残高が2500億円あったため、10%の金利低下で毎年250億円の利益が永久に消滅する」と回顧している。当時の営業利益約450億円の半分以上がキャッシング事業に依存していた計算であり、金利規制の変更がそのまま経営危機に直結する構造が形成されていた。小売事業の低迷をキャッシングの利息収入で補う経営判断は、規制環境の安定を暗黙の前提としたものであった。
改正貸金業法の施行により数百億円規模の利息返還請求が発生
2006年に改正貸金業法が施行され、グレーゾーン金利が正式に違法と認定された。丸井は貸出金利の引き下げに加え、過去に徴収した違法金利分の返還請求に直面した。青井浩社長は「過払い返金請求が数百億円規模であった」と述べており、利息返還引当金の計上は2021年3月期まで15年間にわたって続くことになった。キャッシング事業への依存という経営判断の帰結が、規制変更によって顕在化した。
キャッシングへの参入自体は1981年時点の業界慣行に沿ったものであり、個社の判断として不合理であったとは断言できない。しかし残高2500億円・年間粗利653億円という規模にまで依存度を高めた点は、規制変更リスクに対して脆弱な構造を形成した。小売事業の業績低迷がキャッシングへの依存を深め、規制変更で逆回転するという構図は、丸井の2000年代の経営危機の核心であった。