取扱商品をヤング向けファッション中心に転換
紳士服・家具中心の品揃えからヤング向けファッションへの転換を推進
1960年代の丸井の主力商品は紳士服と家具であった。1966年1月期の商品別取扱高は紳士服22.6%、家具19.1%、家電・時計・カメラ19.1%、婦人子供服13.4%であり、若者向けファッションの構成比は限定的であった。1970年代に入ると丸井は20代の「ヤング」をターゲットに品揃えの転換を開始し、女性向けファッションを拡充する方針に舵を切った。家具や家電は住宅展示場や量販店との競合が激化しており、月賦販売の差別化が困難になりつつあった。
1980年代に国内でDCブランド(デザイナーズ・キャラクターズブランド)ブームが到来し、イッセイミヤケをはじめとする高額ファッションが若者の消費を牽引した。丸井はこの潮流を捉えてDCブランドの取り扱いを積極化し、1987年度には商品別売上構成比が女性向けアパレル28.4%、男性向けアパレル22.9%と、アパレルが全体の過半を占める構成に転換した。1966年時点の婦人子供服13.4%が20年で51%超に達した計算である。
DCブランドの高単価商品とクレジット分割払いの組み合わせで収益を拡大
DCブランドの単価は数万円から10万円以上と高額であり、20代の若者が一括で支払える水準ではなかった。丸井はクレジットカードの分割払いを組み合わせることで、若者がDCブランドを購入できる仕組みを提供した。高単価商品の分割払い販売はカード手数料収入を押し上げ、小売における商品マージンと金融におけるカード手数料の双方で収益を生む構造が確立された。購買力を超える高額商品を分割払いで購入させるモデルは、丸井のカード事業と店舗事業の結節点に位置する仕組みであった。
カード会員にとって分割払いは購買力を拡大する手段であり、DCブランドの高単価商品はカードの分割払い需要を喚起した。丸井の店舗にはDCブランドを求める若者が集まり、その場でカードを即時発行して分割払いで購入する導線が定着した。品揃えの転換は単なる商品戦略ではなく、クレジットカード事業の収益拡大と一体で設計されたビジネスモデルの変更であった。
DCブランド売上1066億円を達成するも消費構造変化に対する脆弱性を内包
1987年度にはDCブランドだけで売上高1066億円(1984年度の310億円から3年で3倍超)に達し、売上高に占めるDCブランド比率は13.5%となった。品揃えの転換によって丸井は「ヤング・ファッション・赤いカード」というブランドイメージを確立し、1980年代を通じた増収増益の原動力となった。紳士服と家具の月賦販売店という創業時の業態から、都心部の大型店で若者にファッションを分割払いで販売する業態へと、丸井の事業構造は根本的に転換した。
ただし、DCブランドへの依存度の高まりは構造的なリスクを内包していた。丸井の収益がDCブランドの売上と若者の消費意欲に連動する構造は、消費環境が変化した場合の耐性を欠いていた。1990年代にバブルが崩壊すると若者の高級品消費は急速に縮小し、無印良品やユニクロに代表される低価格・高品質の業態が支持される時代が到来した。丸井が1980年代に構築したビジネスモデルの前提は、バブル崩壊とともに崩れ始めた。