クレジットカードの店舗即時発行を開始
渡米体験を契機にクレジットカードの導入からオンライン信用照会システムの構築へ
1952年、丸井の創業者・青井忠治が渡米し、コンピューターを活用したクレジットカードが普及する米国の消費環境に衝撃を受けた。以後、丸井は月賦販売の管理をカード化する構想を温め、1960年に店舗専用のクレジットカードを発行した。発行初年度に5万枚を発行し、うち30%が来店者による店頭での作成であった。月賦販売の台帳管理をカードに移行するこの構想は、米国で目にした消費モデルを日本に移植する試みであった。
1966年には業界に先駆けてコンピューターを導入し、顧客管理のシステム化に着手した。月賦販売では顧客ごとの支払い状況や信用情報の把握が不可欠であり、紙台帳による管理では店舗拡大に伴う負荷の増大が避けられなかった。コンピューター導入により顧客データの一元管理が可能となり、クレジットカードの発行審査と顧客管理を連動させるシステム基盤が整備された。
1974年にIBM3650(店舗端末)とIBM370(センター機)を導入したオンライン信用照会システムが稼働した。店舗端末から顧客の収入・支払い状況を即時に照会できるようになり、従来は数日を要していたカード発行手続きが店舗での即時完結に短縮された。1975年にクレジットカードの店舗即時発行を実現し、来店した顧客がその場でカードを手にできる仕組みが完成した。
若者への店舗即時発行とDCブランドの分割払いを組み合わせた収益モデルの構築
店舗即時発行の実現により、丸井は20代の若者を主要ターゲットにカード会員を急速に拡大した。百貨店のクレジットカードが郵送申込みと数日間の審査を要していた時代に、来店者がその場でカードを受け取れる仕組みは明確な差別化要因であった。丸井の都心部の大型店舗がそのままカード会員の獲得チャネルとして機能する構造が形成された。
1980年代にはDCブランド(デザイナーズ・キャラクターズブランド)の取り扱いを積極化した。DCブランドの単価は数万円から10万円以上と高額であり、一括払いでは若者の購買力を超える水準であった。丸井はクレジットカードの分割払いを組み合わせることで若者がDCブランドを購入できる環境を提供し、高単価商品の分割払い販売がカード手数料収入を押し上げた。
DCブランドの高単価商品とクレジットカードは相互に需要を喚起する関係にあった。店舗で若者を集客し、即時発行でカード会員に変換し、DCブランドを分割払いで販売する導線が丸井独自の事業モデルとして確立された。このモデルは店舗の集客力・カードの即時発行・高単価商品の品揃えが連動する構造であり、3要素のいずれが欠けても機能しない仕組みであった。
26期連続増収増益とカード会員1000万人突破による事業モデルの完成
1987年に丸井は26期連続増収増益を達成した。DCブランドの売上高は1984年度の310億円から1987年度の1066億円へと3年で3倍超に拡大し、売上高に占めるDCブランド比率は13.5%に達した。高単価商品と分割払いの組み合わせが小売・金融の両面で収益拡大を牽引した。
クレジットカード会員数は1988年に1000万人を突破した。都心部の大型店に若者を集客し、店頭でカードを即時発行し、DCブランドを分割払いで販売する循環構造が1000万人の会員基盤を形成した。1984年にはシステム子会社エムアンドシーを設立し、カード事業を支える開発・運用の内製化も進めた。
丸井は1952年の渡米体験から30年以上をかけて、クレジットカードを軸とした独自の事業モデルを完成させた。コンピューター導入・オンライン信用照会・店舗即時発行というシステム投資の積み重ねが、DCブランドブームという外部環境と結びつくことで26期連続増収増益に結実した。ただし、DCブランドと若者消費への依存度の高まりは、バブル崩壊後の消費構造変化に対する脆弱性を内包するものでもあった。