TDKブランド記録メディア事業の売却と磁気テープ生産撤退
「テープのTDK」ブランドの重みと市場縮小の現実
TDKの名を世界に知らしめたのは、カセットテープとビデオテープであった。1968年に世界初の音楽用カセットテープ「SDカセット」を発表し、1982年には磁気テープの世界シェア31.5%で首位を獲得した。「TDK SA」「TDK MA-R」といった製品はオーディオ愛好家の間で圧倒的な支持を得ており、TDKブランドは磁気テープと同義語であった。しかし1990年代以降、CDやMD、そしてデジタル音楽プレーヤーの台頭によりオーディオカセットの需要は急速に縮小し、DVDの普及によりビデオテープ市場も衰退した。
TDKは1995年に千曲川工場での磁気テープ生産を停止し、記録メディア事業の縮小を段階的に進めていた。しかし、「TDK」というブランド名は世界的にカセットテープと同義語として認知されており、完全撤退の判断は容易ではなかった。記録メディア事業はTDKの「顔」であり、消費者に最も親しまれている事業であった。BtoB電子部品メーカーへの転換を進めるにあたって、この「顔」を維持するか捨てるかは、経営戦略を超えた企業アイデンティティの問題でもあった。
記録メディア販売事業を売却し、BtoB電子部品メーカーへの転換を完遂
2007年8月、TDKはTDKブランドの記録メディア(CD-R、DVD-R、BD-R等)の販売事業を米イメーション社に約3億ドルで譲渡した。TDKブランドの記録メディアは引き続きイメーション社のもとで販売が継続されるが、TDK自身は記録メディアの販売事業から完全に手を引いた。さらに2013年8月には磁気テープ事業そのものからの撤退を発表し、翌2014年3月に子会社メディアテックを清算して、1953年に始まった磁気テープの生産から撤退した。
2007年の販売事業譲渡と2013年の生産完全撤退という2段階の撤退プロセスは、TDKが「一気に切る」のではなく、段階的にブランドと事業を切り離していく設計であった。まず販売事業を外部に移してブランドの使用権は買収先に残すことで、消費者向けには「TDK」ブランドの記録メディアが店頭から消えないよう配慮した。その間に自社はBtoB電子部品メーカーとしての事業構成に集中する体制を整え、2005年に買収したATLやLambdaのエナジー事業に経営資源を振り向けた。
「テープのTDK」から「電池のTDK」へ、事業構造の完全転換
記録メディアからの撤退は、TDKの事業構造を根本から大きく変えた。2005年のATL買収で電池事業に参入し、2007年に記録メディアを売却し、2013年にテープ生産を停止するという一連の判断により、TDKの主力事業は記録メディアから電池へと入れ替わった。2025年3月期のセグメント構成を見ると、エナジー応用製品が53.4%、受動部品が25.4%、磁気応用製品(HDD用ヘッド等)が10.1%であり、記録メディア事業の痕跡はもはやどこにもない。
TDKブランドは依然として世界的な知名度を持つが、その連想はカセットテープからリチウムイオン電池へと移行しつつある。消費者向けの「テープのTDK」から、スマートフォンメーカーやEV企業に電池を供給する「電池のTDK」への転換は、約80年かけて築いたBtoCブランドを捨て、BtoB企業として再定義するという不可逆的な選択であった。齋藤憲三がフェライトで創業し、素野・大歳時代にテープで世界一となり、佐藤・澤部時代にヘッドと電池へ軸足を移した事業ポートフォリオの入替は、この撤退をもって一つの完結を見た。