黒字子会社を売却し、磁気ヘッドに集中投資
バブル崩壊後の業績低迷と「重点分野への集中」戦略
1990年代前半、TDKはバブル崩壊と円高の影響で業績が大きく低迷していた。1993年3月期には売上高が前期比10.0%減、経常利益は43.3%減と大幅な減収減益に見舞われた。第5代社長の佐藤博は、この苦境を打開するために経営戦略の根本的な見直しに着手した。不況下でも高収益を維持していた京セラやロームなど「京都企業」の経営手法を分析し、「事業の選別を厳しくし、重点分野に集中投資する。それ以外の分野は業績がよくても見直す」という結論に至った。
佐藤が重点分野として定めたのは「MR(磁気抵抗)ヘッド、光ディスクなどの記録媒体、高周波部品、半導体応用製品」の4事業であった。なかでもMRヘッドは、パソコンの普及に伴うHDD需要の拡大とともに市場が急成長すると見込まれていた。TDKは1986年に香港のSAE Magneticsを買収してHDD用ヘッド事業に参入しており、MRヘッドには累計約700億円を投じていたが、薄膜ヘッド時代に設備投資でライバルに後れを取った経験があり、先行投資による巻き返しが不可欠であった。
黒字のSilicon Systemsを632億円で売却し、MRヘッドに集中投資
1996年春、米半導体大手テキサス・インスツルメンツがTDKの半導体子会社Silicon Systems(本社・カリフォルニア州)の買収を提案してきた。Silicon Systemsは1989年に佐藤社長自らの判断で買収した子会社であり、従業員2,000人超、売上高約427億円、当期利益約12億円の黒字企業に育っていた。通常であれば手放す理由はない。しかしSilicon Systems自体も数百億円規模の設備更新投資を必要としており、佐藤は「半導体か、MRヘッドか、どちらかを選んだ方がいい」と判断した。
佐藤は「ここまで育ててきたシリコン・システムズを売るのは惜しいという気持ちが強かった」と振り返りつつも、売却を決断した。アナログ信号処理技術だけでは半導体ビジネスの中で強みを維持するのは難しく、デジタル技術で先行他社に追いつくにも相当の年月と資金が必要になる。それならば、当時他社をリードしていたMRヘッドに集中投資した方が将来性が高いという判断であった。テキサス・インスツルメンツが提示した5億7,500万ドル(約632億円)という高い買収額も決断を後押しした。
MRヘッドで先行者利益を獲得、3期連続2桁成長
売却益250億円と、Silicon Systemsに投じるはずだった設備投資資金がMRヘッドを中心に振り向けられた。売却直後に米国でのMRヘッドの設計・開発部隊を倍増させ、さらに中国第2工場とフィリピン新工場を相次いで建設して量産体制を他社に先駆けて構築した。この先行投資が奏功し、MRヘッドの量産を開始した時点でTDKは競合他社をリードする生産能力を確保することに成功し、パソコン市場の拡大に伴うHDD需要の急増を的確に捕捉する体制を整えた。
1998年3月期、TDKの連結売上高は6,966億円(前期比12.2%増)と3期連続2桁成長を記録し、単体売上高は過去最高の4,257億円に達した。磁気ヘッドを含む記録デバイス部門は前期比48%増の2,031億円となり、連結売上の約3割を占めるまでに成長した。佐藤は退任に際し「シリコン・システムズの売却がなかったら、MRヘッドにここまで思い切った投資ができなかったかもしれない」と振り返っている。後任には澤部肇を指名し、「10年以上やってもらうから若い澤部さんを選んだ」と語った。