重要な意思決定
19997月

ABCマートの積極出店を開始・SCに照準

背景

大店法改正によるSC市場の拡大とABCマートの転機

1999年7月にABCマートはショッピングセンター向けに積極出店する方針を決定し、従来比較で出店ペースを引き上げて年間10店舗の新規出店を打ち出した。これにより、ABCマートは都心部のドミナント展開から全国展開へと舵を切る形となった。

当時は大店法の改正により日本国内で大規模小売店の出店が実質的に自由化されたタイミングであり、イオンモールなど大型SCの台頭が見込まれていた。SCにテナントとして出店することで、ABCマートは自社で集客施設を建設する投資を省きつつ、全国の消費者にアクセスできる環境が整いつつあった。

それまでのABCマートは東京都心部の路面店を中心に25店舗を展開し、上野アメ横・渋谷といった若者集客地区でのドミナント戦略で知名度を築いてきた。SC出店への方針転換は、ターゲット層をメンズの若者から幅広い消費者層へと拡大する変化を伴うものであった。

決断

ららぽーと・南町田GMなどSCへの本格出店と売場起点の商品企画

SC向けの本格店舗として、2000年4月に船橋ららぽーと店・南町田GM店を開業。2000年12月までに藤沢オーパ店・リバーサイドモール岐阜店・カナード洛北店など、全国のSCで出店を本格化した。路面店からSCテナントへという出店形態の転換は、ABCマートの成長スピードを大きく加速させる契機となった。

商品開発においては店舗での知見を重視し、社員が売場に立って靴のトレンドを肌で感じ、企画に結びつける体制を構築した。三木氏は「売場でお客さんの声を聞きながら肌で感じるしかない」と述べ、データだけでは捉えられない「次の売れ筋」を現場の感覚で発掘する方針を徹底した。企画された商品はSPAを通じて委託製造先で生産され、ITC時代に培った垂直統合の仕組みが引き継がれた。

販管費の構成では広告宣伝費(売上対比約10%)と人件費に重点を置いた。人件費が大きい理由は、店舗スタッフをアルバイトではなく正社員として雇用する方針をとったためであった。ただし2006年2月末時点の平均給与は318万円・平均年齢26歳11ヶ月であり、正社員中心とはいえ給与水準は低い状態にあった。

結果

SC市場の拡大とともにABCマートの全国チェーン化が加速

SC向け出店の本格化により、ABCマートの店舗数は1999年の25店舗から急速に拡大し、2000年代を通じて年間数十店舗ペースでの出店が続いた。過半数以上の店舗がSC向けとなり、SCの新設ラッシュとともにABCマートの出店が加速する構図が生まれた。

SCテナントとしての出店は、路面店と比較して初期投資が抑えられ、SCの集客力を活用できるモデルであった。ABCマートはSPAによる商品力とドミナント展開で培った知名度を武器に、SCのテナントとして安定した集客を実現した。

広告宣伝への積極投資と正社員中心の店舗運営は、ABCマートの顧客サービスの品質を一定水準に保つ要因となったが、平均給与318万円という水準は、小売業における人材確保の持続性に課題を残す構造でもあった。