欧州推進事業本部を新設・フィアットと提携解消
フィアットとのOEM提携の限界と欧州自力進出の必要性
1986年に締結したフィアットとの提携は、日立建機の欧州進出を可能にした一方で、構造的な課題を内包していた。フィアットの販売網を通じたOEM供給では日立建機のブランドが欧州の建設現場に浸透せず、価格決定力やアフターサービス収益の確保が困難であった。提携先の販売条件に依存する体制は、日立建機が自律的に事業を拡大するうえでの構造的な制約となっていた。
2001年頃にフィアットはコベルコ(神戸製鋼所の建機ブランド)との提携を強化する方向に動き、日立建機との関係は転換期を迎えた。フィアットがコベルコから油圧ショベルの供給を確保できる見通しが立ったことで、日立建機にとっては提携解消の判断を下せる環境が整った。OEMに依存する限り欧州での事業成長には天井があるとの認識から、自社ブランドによる販売網構築へ方針を転換する判断に至った。
現地生産・販売網・製品の三方面に同時投資する欧州単独進出
2001年に日立建機は欧州推進事業本部を新設し、フィアットとの提携解消を決定した。混乱を避けるため実際の解消は2003年とし、2年間の移行期間を確保した。2002年にはオランダにアムステルダム工場を新設して現地生産体制を整備し、販売面では約60億円を投じて欧州各国のディーラー網を構築した。
製品ラインナップの不足に対しては古河機械との提携で補完し、日立建機が手薄であった製品カテゴリを古河の製品で補う体制を整えた。OEMからの離脱は販売量の一時的な減少をともなうリスクがあるため、現地生産・販売網・製品拡充の三方面に同時投資することで移行期の空白を最小化する設計がとられた。
欧州事業で過去最高売上を計上し自力進出の有効性を実証
フィアットとの提携解消後、日立建機の欧州事業は自社ブランドでの展開に移行した。OEM時代には得られなかった保守・サービスの収益を自社で確保できるようになり、日立ブランドの認知浸透にともなう販売価格の改善も進んだ。リーマンショック直前の2007年度には欧州事業で過去最高となる1672億円の売上高を計上し、提携時代の事業規模を大幅に上回る結果となった。
欧州における自力進出の実績は、OEM依存からの脱却が量的な成長を犠牲にするものではないことを示した。提携解消から4年で過去最高売上に到達したことは、OEMで蓄積した市場知識と移行期の三方面同時投資による空白の最小化が奏功した結果であった。この欧州での経験は、2021年に決定した米州におけるディアとの提携解消においても参照される先行事例となった。