重要な意思決定
1986

トータルコストリダクションを推進

背景

成長局面における原価構造の複雑化と固定費リスクの認識

1980年代半ば、花王は日用品事業を中心に売上成長を続けていたが、事業領域の拡大と設備増強に伴い原価構造は次第に複雑化していた。生産・物流・販売の各工程が個別最適で運営されるなかで、全社としてのコスト把握や改善余地を横断的に管理する仕組みは十分に整っていなかった。1970年代後半の大規模設備投資によって生産基盤は強化されたが、その分だけ固定費の水準も上昇しており、売上成長に依存しない原価管理体制の構築が求められていた。

また1980年代はバブル経済の入口にあたり、需要拡大を前提とした設備投資や人員配置が合理的と見なされやすい環境でもあった。しかし花王内部では、外部環境が変化した場合に固定費が収益を圧迫するリスクが意識され始めていた。売上成長に依存しない原価低減の仕組みが必要だという認識が経営陣のあいだで共有され、全社横断でコスト構造を可視化し改善する取り組みの必要性が浮上していた。

決断

全社横断のTCR活動による原価低減と経営資源の再配分

1986年、花王は全社的な業務革新運動として「TCR(トータル・コスト・リダクション)」活動を開始した。TCRは開発・生産・物流・販売を横断し、仕事の進め方そのものを見直す取り組みとして位置づけられた。1986年から1990年までの5年間で年間100億円規模のコスト削減を目標とし、生産性向上と合理化を集中的に進める計画であった。

この過程で約1000名規模の人員削減が行われたが、余剰人員は新規事業であるフロッピーディスク事業などへ再配置された。川崎ロジスティクスセンターの稼働や九州工場の閉鎖を含め、TCRは単なるコスト削減にとどまらず、生産拠点の再配置と経営資源の再配分を伴う構造的な判断として実行された。原価率の改善が可視化されたことで、数値で判断する経営文化の形成が進み、後年のEVA導入やROIC経営につながる管理手法の基盤が整えられた。