情報媒体FDに参入
日用品市場の成熟と化学技術の応用先としての記録媒体市場
1980年代前半、花王は日用品事業で安定した収益基盤を確立していた。販社整備による価格統制と1970年代後半からの大規模設備投資により、生産技術と研究開発力は社内に蓄積されていた。一方で、国内の日用品市場は成熟に向かいつつあり、既存事業の延長だけでは長期的な売上成長の見通しが立ちにくい局面に入っていた。経営陣は次の成長領域の探索を経営課題として認識していた。
この過程で注目されたのが、界面活性技術や高分子技術の異業種への応用可能性であった。花王は化学メーカーとして、表面処理や素材加工といった基盤技術を保有しており、これらは日用品以外の産業分野にも展開可能な技術資産であった。OA機器の普及とともに拡大していた記録媒体市場は、技術的には異業種であるものの、高分子フィルムへの磁性粉塗布という製造工程は花王の素材技術の延長線上にあると認識された。
また、TCR活動を通じた工場合理化により余剰人員が発生しており、新規事業への再配置という組織的事情も参入を後押しする要因であった。日用品事業で蓄積した技術を異業種に展開することは、投下資本の効率化と人的資源の有効活用を同時に実現する選択肢として経営陣に評価されていた。事業ポートフォリオの拡張に対する組織的な準備条件が揃いつつあった。
界面活性技術を応用したフロッピーディスク事業への本格参入
1985年前後、花王はフロッピーディスク(FD)事業への本格参入を決断した。FDは円盤状の高分子フィルムに磁性粉を均一に塗布する製品であり、塗布の均一性や表面特性が品質を左右する。花王は界面活性技術や高分子加工技術を応用することで、先行メーカーに対抗できる品質を実現できると判断した。日用品とは異なる市場であったが、製造工程の技術的要件は花王の既存技術と近接していた。
事業展開は国内にとどまらなかった。花王はFDの製造販売を担う事業本部の機能を北米へ移し、日本・米国・欧州の三極体制でグローバル展開を進めた。1988年にはカナダのダイダック社を買収し、海外生産体制を拡充した。研究、生産、販売、経理、購買までを含めた一体運営は、花王にとって前例のないスピードと規模の国際展開であった。
FD事業は急速に成長し、売上高は1990年度に200億円を突破、最盛期には800億円規模に達した。花王は全社的な経営資源を投入してこの事業を育成しており、単なる技術転用にとどまらない、全社を挙げた多角化戦略としての位置づけであった。FDは花王にとって日用品以外の市場で初めて大規模な事業を構築する経験となった。
記録媒体市場の構造変化による撤退と経営上の教訓
しかし1990年代に入ると、パソコンの記録媒体はFDからCD-ROM、DVDといった大容量メディアへ急速に移行した。FDそのものが価格下落と需要縮小に直面し、市場としての成長が終了した。花王の情報事業は記録メディアに特化しており、ハードウェアやソフトウェアを含む統合的な事業展開を行っていなかったため、市場変化に対する選択肢は限定的であった。
1998年、花王はFD事業からの全面撤退を決定した。当時社長であった後藤卓也は、売上規模の大きさや投入した経営資源を認めつつも、市場変化の速さに対応できなかった点を経営の責任として受け止めた。赤字決算には至らなかったものの、経営責任を明確にするため一部役員の降格や賞与カットが実行された。
FD事業からの撤退は、花王にとって事業ポートフォリオ経営の限界と可能性を同時に示す経験となった。異業種への参入は市場変化リスクを伴うが、グローバル展開を通じて育成された人材はその後の花王の各事業部門で重用された。売上800億円規模の事業を撤退する判断は、埋没費用に拘泥しない経営の規律を社内に示す事例となり、後年のROIC経営やK27における事業選別の前提となる組織経験として蓄積された。