靴流通センターを全国展開
ロードサイド発展と量販靴需要の拡大
1970年代後半から1980年代にかけて、日本では自家用車の普及とともに郊外ロードサイド商業が急速に発展した。幹線道路沿いには駐車場を備えた専門店が立地し、日用品や耐久消費財をまとめて購入する消費行動が定着しつつあった。靴についても、百貨店や都心専門店で買う高級品から、郊外で選んで買う日常商品へと位置づけが変化していた。
靴のマルトミは、既製靴による低価格販売で成長してきたが、都市部中心の店舗展開だけでは需要拡大に限界があると認識していた。大店法施行後は大型店舗の出店が制約される一方で、一定規模以下の郊外専門店には出店余地が残されており、ロードサイド立地は成長機会として映っていた。
郊外靴専門店モデルへの転換
1980年前後、マルトミは郊外靴専門店「靴流通センター」を全国展開する方針を打ち出した。出店地域の地名を冠した店舗名とし、地域密着型の量販靴専門店として認知を高める戦略を採用した。店舗はロードサイドに立地し、駐車場を備えることで家族連れや車利用客を取り込んだ。
当時は大店法の制約により、郊外店舗の売場面積には上限が設けられていたが、マルトミは小型店舗を多数出店することで規模の制約を補った。単店あたりの投資額を抑え、短期間で店舗網を拡大することで、全国的な認知と仕入規模の拡大を同時に狙った。
急成長を支えた主力業態へ
「靴流通センター」はロードサイド立地と低価格訴求が奏功し、1980年代を通じて急速に店舗数を増やした。郊外型消費と相性の良い業態として定着し、マルトミの主力ブランドへと成長した。この業態を軸に、同社は全国規模の靴小売チェーンとしての地位を確立していった。
一方で、この成功は郊外ロードサイドと規制環境を前提とした出店モデルへの依存を強める結果ともなった。後年、商業施設型出店が主流となると、このモデルは競争劣位に転じることになるが、1980年代においてはマルトミの成長を最も力強く牽引した戦略であった。