事業ポートフォリオ
10の経営論点・889事例
事業ポートフォリオは「足し算の多角化」から「資本市場が迫る引き算」へ転じた
高度成長期から80年代は、鐘紡のペンタゴン経営や旭化成の住宅参入のように、本業の外へ広げることが成長の証とされた。
バブル後は東芝のNAND集中や日産の再建で引き算に転じ、いまは東芝メモリの分離やソニーFGのスピンオフまで進む。
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〜1960年代:本業の隣へ広がる(収録した決断 151件)
戦後の財閥解体と分離独立で身軽になった各社は、提携で得た技術や鉄道沿線の土地を足場に、本業の隣へ事業を広げた。
- 1950年 川崎重工業 川崎製鉄を分離独立:製鉄部門の切り出しと、造船・造機・電機3部門への集約
- 1953年 信越化学工業 GEとの提携でシリコーン事業化:技術提携を足がかりとした事業化と、肥料中心の売上構成の入れ替え
- 1961年 鐘紡 ペンタゴン経営による多角化:グレーターカネボウ計画を掲げ、繊維・化粧品など5事業を柱に据える組み替え
- 1966年 東急 多摩田園都市の建設:鉄道の敷設と沿線の開発を一体で回す事業モデルの確立
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1970〜80年代:総合化と飛び地(収録した決断 143件)
石油危機と円高で本業が頭打ちになり、住宅・流通・通信・レジャーへ飛び出した。鉱山の閉山など祖業の幕引きも重なった。
- 1972年 旭化成 「ヘーベル」で住宅参入:ALC建材を戸建てブランドに仕立て直した事業領域の拡張
- 1973年 古河機械金属 足尾銅山を閉山:採掘事業の幕引きと、収益源の機械部門への移行
- 1983年 オリエンタルランド 東京ディズニーランド開業:開業がもたらした市場への衝撃と、国内レジャー産業への波及
- 1984年 京セラ 第二電電(DDI)設立:中心的な出資者として担った、通信の新規参入事業者の立ち上げ
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1990〜2000年代:選択と集中への転回(収録した決断 269件)
バブル期の飛び地投資が破綻し、本業回帰とDRAMなど不採算事業からの撤退が続いた。勝てる領域へ資源を寄せる集中が経営の合言葉になった。
- 1990年 パナソニック 米MCA買収し5年で売却:7800億円を投じた大型買収から短期で手を引く、方針の転換
- 1999年 日産自動車 日産リバイバルプランの断行:国内5工場の閉鎖と系列の解体による1兆円のコスト削減と、3つの必達目標の公約
- 2001年 東芝 NAND型フラッシュへ集中:汎用DRAM事業からの撤退と、主力メモリの入れ替え
- 2009年 日立製作所 社会イノベーション事業への集中:製造業最大の赤字を受けて上場子会社を取り込み、主力事業に集中した再建
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2010年代〜:切り出しで価値を問う(収録した決断 326件)
物言う株主と資本効率の要求を受け、優良事業でも売却・分離・スピンオフで切り出し、残す事業を株主に説明する時代に入った。
- 2011年 富士フイルム バイオCDMO参入:医薬品の受託生産という新領域に向けた生産能力への集中投資
- 2018年 東芝 東芝メモリ(現キオクシア)分離:最大の収益源であった半導体メモリ事業の切り出しと売却
- 2020年 武田薬品工業 大衆薬をブラックストーンへ売却:創業以来の一般用医薬品事業を投資ファンドへ手放す選択
- 2025年 ソニー ソニーFGをスピンオフ:株式の一部を残したままの分離と再上場という、部分的な切り出し