経営体制
10の経営論点・440事例
経営体制は「社内と創業家の継承」から「取締役会が選ぶ経営」へ移った
戦後から長く、社長は創業家と社内序列が決め、山一の再建では銀行が人を送り込んだ。
総会屋事件や東芝の不正会計を経て、社長選びは指名委員会と株主の手に移りつつある。
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〜1960年代:家と雇用を守る経営(収録した決断 65件)
財閥解体で浅野家など創業家が退き、東宝争議や国鉄の人員整理を経て、配置転換で雇用を守り銀行が再建役を送る型が根づいた。
- 1947年 日本セメント 浅野一族が役員退任:財閥解体に伴う創業家の経営からの退場と、社名を変更した新体制への移行
- 1948年 東宝 第三次東宝争議と人員整理:1,200名の人員整理と撮影所の一時閉鎖
- 1957年 UBE 石炭からセメント・化学への転身:祖業を畳んだうえでの約7,000名の他部門への配置転換
- 1965年 日本興業銀行 山一証券の再建引受:日高輝氏を送り込む形での、主力3行による再建責任の分担
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1970〜90年代:内向きの継承と綻び(収録した決断 87件)
社長は社内序列と創業家の意向で決まり、ホンダや大林組は同族から離れた。90年代末には総会屋事件が相次ぎ、経営陣が総退陣した。
- 1973年 ホンダ 河島喜好氏への承継:創業者2人の同時引退と、次代への経営の引き渡し
- 1977年 パナソニック 山下俊彦氏の序列外抜擢:序列を飛び越えた社長人事による、年功に縛られない経営陣の入れ替え
- 1997年 第一勧業銀行 総会屋融資の隠蔽発覚:大蔵省検査を機に迫られた経営陣の総退陣と、総務部そのものの廃止
- 1999年 日産自動車 ルノーとの資本提携:仏大手からの36.8%出資と経営陣の受け入れ、世界規模での事業の相互乗り入れ
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2000年代:外部の目の導入(収録した決断 75件)
委員会等設置会社や社外委員による後継選びが始まり、りそなの細谷英二氏や西武の後藤高志氏のように、危機には外から経営者を招いた。
- 2002年 帝人 経営諮問委員会で長島徹選出:社外委員が社長候補を審査する後継者選抜システムの構築と長島徹社長の選出
- 2002年 任天堂 山内溥氏の社長退任と岩田聡氏への継承:山内溥氏から次世代への経営権の移譲
- 2003年 HOYA 米国型ガバナンスへ移行:ROEを軸に据えた経営への切り替えと統治構造の再構築
- 2005年 西武HD サーベラス出資での再建:後藤高志氏の招聘と、持株会社体制への移行によるグループ再建
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2010年代〜:監督する取締役会(収録した決断 213件)
東芝の不正会計やゴーン氏の逮捕を機に監督と執行の分離が進み、社長の選任は指名委員会と株主の手に移り始めた。
- 2014年 武田薬品工業 クリストフ・ウェバー氏が社長就任:トップの外部登用に踏み切ったグローバル経営体制への転換
- 2015年 東芝 利益水増しの発覚と経営陣退任:不正会計(不適切会計)の発覚と歴代3社長の引責辞任
- 2018年 日産自動車 ゴーン会長の逮捕:一人に集まった権力の解体と、指名委員会等設置会社への移行
- 2022年 味の素 藤江太郎氏が社長就任:3代続けて同じ現地法人の社長を選び、選定の権限を社外取締役だけの指名委員会へ移管した