ブランドとプライシング

上場企業の経営論点

ブランドとプライシング

10の経営論点・271事例

日本企業の決断 | ブランドとプライシング the-shashi.com 日本企業の価格は「業界で決めるもの」から「ブランドで取るもの」へ変わった 戦前戦後はセメントや製粉が協定で値を固め、ダイエーやガストは流通の力で価格を壊して客を集めた。デフレを抜けたいま、グランドセイコーの独立やヤマト・味の素の値上げのように、ブランドが値を取る根拠になっている。 日本企業の価格は「業界で決めるもの」から「ブランドで取るもの」へ変わった 戦前戦後はセメントや製粉が協定で値を固め、ダイエーやガストは流通の力で価格を壊して客を集めた。 デフレを抜けたいま、グランドセイコーの独立やヤマト・味の素の値上げのように、ブランドが値を取る根拠になっている。 〜1960年代 協定価格と名の確立 価格は業界の協定や共販で決まり、各社は 商標や品質で名を売った。ソニーは他社の 看板を借りず自社の名で輸出に出た。 代表事例 1924 日本セメント セメント連合会を創設 1950 キユーピー 標準品70グラムの半値化 1955 ソニー トランジスタ技術で米国輸出 1962 大正製薬HD リポビタンDの発売 収録した決断 45件 → 1970〜80年代 流通革命と大衆の名品 スーパーが定価を崩し、電卓は価格競争に 入った。一方でカップヌードルやスーパー ドライのように、名で選ばれる大衆品が生 まれた。 代表事例 1971 日清食品HD カップヌードルの発売 1972 ダイエー 三越を抜く価格破壊 1974 サンリオ ハローキティの誕生 1987 アサヒGHD 「スーパードライ」発売 収録した決断 53件 → 1990年代 デフレの価格破壊 バブル崩壊後、外食や証券が値下げで客を 奪い、再販制度の撤廃で定価の支配も崩れ た。安さそのものが事業の設計図になった。 代表事例 1992 すかいらーくHD 「ガスト」へ全店転換 1994 日本マクドナルド ハンバーガー価格破壊 1996 FOOD&LIFECOMPANIES 高司店で1皿100円均一開始 1997 資生堂 再販価格維持の撤廃 収録した決断 46件 → 2000年代〜 ブランドで値を取る ユニクロの海外旗艦店やグランドセイコー の独立で名を磨き、物流や食品は値上げに 踏み切った。価格の決め手はブランドへ移っ た。 代表事例 2006 ファーストリテイリング ニューヨーク・ソーホー出店 2017 セイコーG グランドセイコーの独立ブランド化 2017 ヤマトHD 宅急便運賃の全面値上げ 2023 味の素 バリュープライシング転換 収録した決断 127件 → 注:時代の区切りと各時代の意味づけ、代表事例はThe社史調査部による。事例数はブランドとプライシングの論点のいずれかに属する決断(重複を除く)。2000年代以降は2026年10月時点 出所:The社史 が選び論点を付けた経営判断(271件。the-shashi.com/issue/slide/competition/)より作成。収録と分類は編集方針による 4

日本企業の価格は「業界で決めるもの」から「ブランドで取るもの」へ変わった

戦前戦後はセメントや製粉が協定で値を固め、ダイエーやガストは流通の力で価格を壊して客を集めた。

デフレを抜けたいま、グランドセイコーの独立やヤマト・味の素の値上げのように、ブランドが値を取る根拠になっている。

  1. 〜1960年代:協定価格と名の確立(収録した決断 45件)

    価格は業界の協定や共販で決まり、各社は商標や品質で名を売った。ソニーは他社の看板を借りず自社の名で輸出に出た。

  2. 1970〜80年代:流通革命と大衆の名品(収録した決断 53件)

    スーパーが定価を崩し、電卓は価格競争に入った。一方でカップヌードルやスーパードライのように、名で選ばれる大衆品が生まれた。

  3. 1990年代:デフレの価格破壊(収録した決断 46件)

    バブル崩壊後、外食や証券が値下げで客を奪い、再販制度の撤廃で定価の支配も崩れた。安さそのものが事業の設計図になった。

  4. 2000年代〜:ブランドで値を取る(収録した決断 127件)

    ユニクロの海外旗艦店やグランドセイコーの独立で名を磨き、物流や食品は値上げに踏み切った。価格の決め手はブランドへ移った。

ブランドへの投資 127事例

日本企業の決断 | ブランドとプライシング | ブランドへの投資 the-shashi.com ブランドは品質の旗印から、資源を絞り込んで育てる経営の資産へと変わった 戦前から高度成長期まで、ブランドは雪印の商標制定やソニーの自社名での輸出のように、品質を名前で選ばせる旗印だった。2000年代以降は資生堂のTSUBAKIやグランドセイコーのように、少数の強いブランドへ資源を絞る道が主流になった。 ブランドは品質の旗印から、資源を絞り込んで育てる経営の資産へと変わった 戦前から高度成長期まで、ブランドは雪印の商標制定やソニーの自社名での輸出のように、品質を名前で選ばせる旗印だった。 2000年代以降は資生堂のTSUBAKIやグランドセイコーのように、少数の強いブランドへ資源を絞る道が主流になった。 年代別の件数(件) 23 〜1960年代 12 1970年代 14 1980年代 16 1990年代 28 2000年代 21 2010年代 13 2020年代* 業種別の件数(上位5業種) 小売・日用品 34(27%) 食品・飲料 17(13%) サービス・外食 16(13%) IT・通信 12(9%) 機械・精密 12(9%) 代表事例(年代順・押すと決断のページへ) 1887 花王 日本橋の洋小間物商で創業 舶来雑貨の小売から桐箱入り「花王石鹸」… 1926 雪印乳業 「雪印」商標の制定 品質と冷蔵物流への投資による、道産バタ… 1955 ソニー トランジスタ技術で米国輸出 他社の看板を借りず自社ブランドを掲げて… 1964 セイコーエプソン "EPSON"ブランド制定 東京オリンピックの計時用プリンターを起… 1974 サンリオ ハローキティの誕生 自社キャラクターを版権で収益を上げるラ… 1987 アサヒGHD 「スーパードライ」発売 従来の味を捨てる全面転換に社運を賭けた… 2000 ファーストリテイリ… 原宿出店で全国ブランド化 都心一等地への進出とフリース単品集中が… 2003 東京建物 「Brillia」へブランド統一 郊外マンション分譲への参入と、市場別5… 2006 資生堂 TSUBAKI集中投資 多品種の分散をやめ、少数の大型ブランド… 2014 メルカリ テレビCMへの先行投資 14.5億円の資金調達を原資としたマス… 2017 セイコーG グランドセイコーの独立ブランド化 日本発ラグジュアリーへの転換 2025 住友ゴム工業 DUNLOP商標権を取得 グッドイヤーからの欧州・北米・オセアニ… 注:*2020年代は2026年10月時点。業種はThe社史の分類。代表事例はThe社史調査部による選定 出所:The社史 が選び論点を付けた経営判断(127件。the-shashi.com/issue/slide/competition/)より作成。収録と分類は編集方針による

ブランドは品質の旗印から、資源を絞り込んで育てる経営の資産へと変わった

戦前から高度成長期まで、ブランドは雪印の商標制定やソニーの自社名での輸出のように、品質を名前で選ばせる旗印だった。

2000年代以降は資生堂のTSUBAKIやグランドセイコーのように、少数の強いブランドへ資源を絞る道が主流になった。

ブランドへの投資:年代別の件数
年代件数
〜1960年代23
1970年代12
1980年代14
1990年代16
2000年代28
2010年代21
2020年代13
ブランドへの投資:業種別の件数(上位5業種)
業種件数
小売・日用品34
食品・飲料17
サービス・外食16
IT・通信12
機械・精密12
  1. 1887年 花王 日本橋の洋小間物商で創業:舶来雑貨の小売から桐箱入り「花王石鹸」の製造業への転身
  2. 1926年 雪印乳業 「雪印」商標の制定:品質と冷蔵物流への投資による、道産バターを名前で選ばせる商品への転換
  3. 1955年 ソニー トランジスタ技術で米国輸出:他社の看板を借りず自社ブランドを掲げて輸出に踏み出す道の選択
  4. 1964年 セイコーエプソン "EPSON"ブランド制定:東京オリンピックの計時用プリンターを起点とした印刷機事業の立ち上げ
  5. 1974年 サンリオ ハローキティの誕生:自社キャラクターを版権で収益を上げるライセンスモデルの確立
  6. 1987年 アサヒGHD 「スーパードライ」発売:従来の味を捨てる全面転換に社運を賭けた新商品への集中
  7. 2000年 ファーストリテイリング 原宿出店で全国ブランド化:都心一等地への進出とフリース単品集中がもたらした一気の知名度拡大
  8. 2003年 東京建物 「Brillia」へブランド統一:郊外マンション分譲への参入と、市場別5ブランドの一本化
  9. 2006年 資生堂 TSUBAKI集中投資:多品種の分散をやめ、少数の大型ブランドに資源を配分する戦略への転換
  10. 2014年 メルカリ テレビCMへの先行投資:14.5億円の資金調達を原資としたマス広告への一気の投入
  11. 2017年 セイコーG グランドセイコーの独立ブランド化:日本発ラグジュアリーへの転換
  12. 2025年 住友ゴム工業 DUNLOP商標権を取得:グッドイヤーからの欧州・北米・オセアニアの権利の買い戻しと、基幹ブランドのFALKENからの入れ替え

高付加価値への転換 54事例

日本企業の決断 | ブランドとプライシング | 高付加価値への転換 the-shashi.com 高付加価値化は値引き競争から降りる決断であり、舞台は部品から消費財へ広がった 戦後の高付加価値化は、シマノやキーエンスのように値引きを拒み、量を競う市場を自ら捨てる部品・素材メーカーの選択だった。2010年代以降はグランドセイコーの独立やアサヒの欧州ビール取得のように、ブランドで高値を取る消費財へ舞台が移った。 高付加価値化は値引き競争から降りる決断であり、舞台は部品から消費財へ広がった 戦後の高付加価値化は、シマノやキーエンスのように値引きを拒み、量を競う市場を自ら捨てる部品・素材メーカーの選択だった。 2010年代以降はグランドセイコーの独立やアサヒの欧州ビール取得のように、ブランドで高値を取る消費財へ舞台が移った。 年代別の件数(件) 9 〜1960年代 6 1970年代 6 1980年代 4 1990年代 11 2000年代 9 2010年代 9 2020年代* 業種別の件数(上位5業種) 化学・素材 15(28%) 機械・精密 10(19%) 小売・日用品 8(15%) 食品・飲料 7(13%) 不動産 4(7%) 代表事例(年代順・押すと決断のページへ) 1932 雪印乳業 廉売合戦への不追従 値下げ競争に乗らず、空売りで相場水準を… 1950 村田製作所 部品専業への特化 原料と生産設備の内製化による垂直統合の… 1961 コマツ マルA対策で品質集中 資本自由化に備えてキャタピラーへの正面… 1971 日清食品HD カップヌードルの発売 発売を機に始まった、即席麺という商品そ… 1978 シマノ 部品の高付加価値化で円高対応 値引きを拒み、高付加価値部品と海外直販… 1985 三菱瓦斯化学 BT樹脂で機能化学品へ転換 汎用化学品から機能化学品・電子材料への… 1989 キーエンス 自動線材切断機を譲渡 利益率2割の事業も捨てた高付加価値への… 1997 ダイキン 上海合弁で業務用に集中 中国での業務用高価格帯への集中という差… 2006 新日本石油 石油化学製品へ生産転換 ガソリン依存からの脱却と、10年200… 2016 アサヒGHD Peroni・Grolsch取得 欧州プレミアムビール4社の取り込みと、… 2017 セイコーG グランドセイコーの独立ブランド化 日本発ラグジュアリーへの転換 2025 日本M&Aセンター 量から質へ転換 実質減収の決算を受け入れてでも収益性を… 注:*2020年代は2026年10月時点。業種はThe社史の分類。代表事例はThe社史調査部による選定 出所:The社史 が選び論点を付けた経営判断(54件。the-shashi.com/issue/slide/competition/)より作成。収録と分類は編集方針による

高付加価値化は値引き競争から降りる決断であり、舞台は部品から消費財へ広がった

戦後の高付加価値化は、シマノやキーエンスのように値引きを拒み、量を競う市場を自ら捨てる部品・素材メーカーの選択だった。

2010年代以降はグランドセイコーの独立やアサヒの欧州ビール取得のように、ブランドで高値を取る消費財へ舞台が移った。

高付加価値への転換:年代別の件数
年代件数
〜1960年代9
1970年代6
1980年代6
1990年代4
2000年代11
2010年代9
2020年代9
高付加価値への転換:業種別の件数(上位5業種)
業種件数
化学・素材15
機械・精密10
小売・日用品8
食品・飲料7
不動産4
  1. 1932年 雪印乳業 廉売合戦への不追従:値下げ競争に乗らず、空売りで相場水準を引き戻す構え
  2. 1950年 村田製作所 部品専業への特化:原料と生産設備の内製化による垂直統合の構築と、完成品分野への不参入
  3. 1961年 コマツ マルA対策で品質集中:資本自由化に備えてキャタピラーへの正面対抗を掲げた全社運動
  4. 1971年 日清食品HD カップヌードルの発売:発売を機に始まった、即席麺という商品そのものの再発明
  5. 1978年 シマノ 部品の高付加価値化で円高対応:値引きを拒み、高付加価値部品と海外直販で輸出採算を守る道の選択
  6. 1985年 三菱瓦斯化学 BT樹脂で機能化学品へ転換:汎用化学品から機能化学品・電子材料への主力事業の転換
  7. 1989年 キーエンス 自動線材切断機を譲渡:利益率2割の事業も捨てた高付加価値への集中
  8. 1997年 ダイキン 上海合弁で業務用に集中:中国での業務用高価格帯への集中という差別化戦略
  9. 2006年 新日本石油 石油化学製品へ生産転換:ガソリン依存からの脱却と、10年2000億円を投じる製油所改造
  10. 2016年 アサヒGHD Peroni・Grolsch取得:欧州プレミアムビール4社の取り込みと、高価格帯ブランドの獲得
  11. 2017年 セイコーG グランドセイコーの独立ブランド化:日本発ラグジュアリーへの転換
  12. 2025年 日本M&Aセンター 量から質へ転換:実質減収の決算を受け入れてでも収益性を優先する方針の選択

価格政策 50事例

日本企業の決断 | ブランドとプライシング | 価格政策 the-shashi.com 価格は業界で守る協定から、企業が自ら決めて説明する戦略へと変わった 戦前のセメント連合会や製粉共販組合のように、かつて価格は業界が揃って守るもので、値下げは秩序を乱す行為だった。いまはヤマトの運賃値上げやSBIの手数料無料化のように、値上げも無料化も各社が自らの収益設計として選び取る時代にある。 価格は業界で守る協定から、企業が自ら決めて説明する戦略へと変わった 戦前のセメント連合会や製粉共販組合のように、かつて価格は業界が揃って守るもので、値下げは秩序を乱す行為だった。 いまはヤマトの運賃値上げやSBIの手数料無料化のように、値上げも無料化も各社が自らの収益設計として選び取る時代にある。 年代別の件数(件) 10 〜1960年代 4 1970年代 2 1980年代 10 1990年代 6 2000年代 9 2010年代 9 2020年代* 業種別の件数(上位5業種) 金融 10(20%) 食品・飲料 8(16%) 小売・日用品 6(12%) IT・通信 5(10%) サービス・外食 5(10%) 代表事例(年代順・押すと決断のページへ) 1924 日本セメント セメント連合会を創設 生産・販売数量と最低価格を業界で取り決… 1930 ニップン 製粉共販組合を結成 三井物産への製品一手販売の委託と、日清… 1950 キユーピー 標準品70グラムの半値化 交際費を持たない原価を原資とした20数… 1972 ダイエー 三越を抜く価格破壊 廉売と多店舗チェーン化による小売業日本… 1985 ファナック 利益率35%の高収益経営 NC装置の圧倒的シェアを、規模ではなく… 1997 資生堂 再販価格維持の撤廃 定価を守る仕組みを捨て、価格決定を売り… 1999 松井証券 「ボックスレート」導入 定額制手数料への転換と、当初案7割引か… 2002 楽天G フランチャイズ型へ転換 出店料を固定で取る料金体系との決別によ… 2011 オリエンタルランド 1デーパスポートの値上げ 入園者数の成長から客単価の成長への転換… 2017 ヤマトHD 宅急便運賃の全面値上げ 27年ぶりの価格改定と取扱総量の抑制に… 2023 日本マクドナルド 東名阪184店の価格改定 立地に応じて値段を変える形への改定と、… 2023 SBIHD 「ゼロ革命」で手数料無料化 オンラインの国内株式売買手数料の放棄と… 注:*2020年代は2026年10月時点。業種はThe社史の分類。代表事例はThe社史調査部による選定 出所:The社史 が選び論点を付けた経営判断(50件。the-shashi.com/issue/slide/competition/)より作成。収録と分類は編集方針による

価格は業界で守る協定から、企業が自ら決めて説明する戦略へと変わった

戦前のセメント連合会や製粉共販組合のように、かつて価格は業界が揃って守るもので、値下げは秩序を乱す行為だった。

いまはヤマトの運賃値上げやSBIの手数料無料化のように、値上げも無料化も各社が自らの収益設計として選び取る時代にある。

価格政策:年代別の件数
年代件数
〜1960年代10
1970年代4
1980年代2
1990年代10
2000年代6
2010年代9
2020年代9
価格政策:業種別の件数(上位5業種)
業種件数
金融10
食品・飲料8
小売・日用品6
IT・通信5
サービス・外食5
  1. 1924年 日本セメント セメント連合会を創設:生産・販売数量と最低価格を業界で取り決める協定の主導
  2. 1930年 ニップン 製粉共販組合を結成:三井物産への製品一手販売の委託と、日清製粉を含む共同販売体制の構築
  3. 1950年 キユーピー 標準品70グラムの半値化:交際費を持たない原価を原資とした20数回の値下げと、水産大手の採算割れ
  4. 1972年 ダイエー 三越を抜く価格破壊:廉売と多店舗チェーン化による小売業日本一の座の獲得
  5. 1985年 ファナック 利益率35%の高収益経営:NC装置の圧倒的シェアを、規模ではなく収益性の追求に振り向けた経営
  6. 1997年 資生堂 再販価格維持の撤廃:定価を守る仕組みを捨て、価格決定を売り場に委ねる転換
  7. 1999年 松井証券 「ボックスレート」導入:定額制手数料への転換と、当初案7割引から9割引への引き下げ
  8. 2002年 楽天G フランチャイズ型へ転換:出店料を固定で取る料金体系との決別による、出店者との取り分の組み替え
  9. 2011年 オリエンタルランド 1デーパスポートの値上げ:入園者数の成長から客単価の成長への転換と入園料の段階的な引き上げ
  10. 2017年 ヤマトHD 宅急便運賃の全面値上げ:27年ぶりの価格改定と取扱総量の抑制による収益の立て直し
  11. 2023年 日本マクドナルド 東名阪184店の価格改定:立地に応じて値段を変える形への改定と、長く続いた全国一律価格の放棄
  12. 2023年 SBIHD 「ゼロ革命」で手数料無料化:オンラインの国内株式売買手数料の放棄と、金融収益・口座数での取り返し

低価格戦略 70事例

日本企業の決断 | ブランドとプライシング | 低価格戦略 the-shashi.com 低価格は流通革命の旗印から、製造と物流まで握る仕組みの勝負へと深まった 1970年代のダイエーの価格破壊やカシオミニのように、低価格はかつて大衆に新しい商品と店を開く流通と製造の革命だった。1990年代以降はニトリの海外自社生産やしまむらの物流内製のように、製造から販売までを握る仕組みこそが安さを支える。 低価格は流通革命の旗印から、製造と物流まで握る仕組みの勝負へと深まった 1970年代のダイエーの価格破壊やカシオミニのように、低価格はかつて大衆に新しい商品と店を開く流通と製造の革命だった。 1990年代以降はニトリの海外自社生産やしまむらの物流内製のように、製造から販売までを握る仕組みこそが安さを支える。 年代別の件数(件) 8 〜1960年代 11 1970年代 4 1980年代 20 1990年代 13 2000年代 11 2010年代 3 2020年代* 業種別の件数(上位5業種) 小売・日用品 19(27%) 機械・精密 8(11%) サービス・外食 7(10%) 化学・素材 6(9%) IT・通信 5(7%) 代表事例(年代順・押すと決断のページへ) 1950 キユーピー 標準品70グラムの半値化 交際費を持たない原価を原資とした20数… 1972 カシオ計算機 電卓「カシオミニ」発売 12,800円という個人が購入できる価… 1972 ダイエー 三越を抜く価格破壊 廉売と多店舗チェーン化による小売業日本… 1975 サイゼリヤ 全品半額でイタリア料理転換 思い切った値下げを起点にした低価格チェ… 1983 任天堂 ファミコンの発売 本体を低価格に抑え、ソフトで収益を上げ… 1994 ニトリ インドネシアで自社生産開始 製造物流小売(SPA)への転換と海外自… 1996 FOOD&LIFE… 高司店で1皿100円均一開始 兵庫県宝塚市の1店舗から始めた均一価格… 1999 しまむら 電算と物流の自社開発 自前主義のローコスト経営——電算と物流… 2000 神戸物産 製販一体モデルの確立 食のSPAと呼ぶ、製造から販売までを自… 2006 ファーストリテイリ… 低価格GUの設立 主力ブランドより安い価格帯を担う新ブラ… 2011 ANAHD エアアジア・ジャパン設立 格安航空(LCC)への参入と二ブランド… 2025 コスモス薬品 自力出店で売上高1兆円 買収せずに建てる——M&Aによる規模拡… 注:*2020年代は2026年10月時点。業種はThe社史の分類。代表事例はThe社史調査部による選定 出所:The社史 が選び論点を付けた経営判断(70件。the-shashi.com/issue/slide/competition/)より作成。収録と分類は編集方針による

低価格は流通革命の旗印から、製造と物流まで握る仕組みの勝負へと深まった

1970年代のダイエーの価格破壊やカシオミニのように、低価格はかつて大衆に新しい商品と店を開く流通と製造の革命だった。

1990年代以降はニトリの海外自社生産やしまむらの物流内製のように、製造から販売までを握る仕組みこそが安さを支える。

低価格戦略:年代別の件数
年代件数
〜1960年代8
1970年代11
1980年代4
1990年代20
2000年代13
2010年代11
2020年代3
低価格戦略:業種別の件数(上位5業種)
業種件数
小売・日用品19
機械・精密8
サービス・外食7
化学・素材6
IT・通信5
  1. 1950年 キユーピー 標準品70グラムの半値化:交際費を持たない原価を原資とした20数回の値下げと、水産大手の採算割れ
  2. 1972年 カシオ計算機 電卓「カシオミニ」発売:12,800円という個人が購入できる価格の設定と、電卓の大衆化
  3. 1972年 ダイエー 三越を抜く価格破壊:廉売と多店舗チェーン化による小売業日本一の座の獲得
  4. 1975年 サイゼリヤ 全品半額でイタリア料理転換:思い切った値下げを起点にした低価格チェーンへの業態転換
  5. 1983年 任天堂 ファミコンの発売:本体を低価格に抑え、ソフトで収益を上げる家庭用ゲーム機の収益モデルへの転換
  6. 1994年 ニトリ インドネシアで自社生産開始:製造物流小売(SPA)への転換と海外自社生産
  7. 1996年 FOOD&LIFECOMPANIES 高司店で1皿100円均一開始:兵庫県宝塚市の1店舗から始めた均一価格業態への全面移行
  8. 1999年 しまむら 電算と物流の自社開発:自前主義のローコスト経営——電算と物流を内製して築いた「しまむらモデル」
  9. 2000年 神戸物産 製販一体モデルの確立:食のSPAと呼ぶ、製造から販売までを自社で担う業態の確立
  10. 2006年 ファーストリテイリング 低価格GUの設立:主力ブランドより安い価格帯を担う新ブランドの立ち上げ
  11. 2011年 ANAHD エアアジア・ジャパン設立:格安航空(LCC)への参入と二ブランド体制の構築
  12. 2025年 コスモス薬品 自力出店で売上高1兆円:買収せずに建てる——M&Aによる規模拡大を一切採らないという選択