価格政策
価格を誰が決めるかは、市場の力関係より先に制度で決まってきた。戦前は業界が決めていた。同業者が団体を結成し、生産量と最低価格を協定で取り決めた。日本セメントはセメント連合会を創設し、生産・販売数量と最低価格を協定に載せた。
戦後はメーカーが決めるようになった。その原型は戦前にあり、資生堂は1923年に小売店と流通を組織する方式を採り、定価を守らせる仕組みを全国に敷いた。メーカーが定価を定め、系列の小売店が定価で販売する。この定価の仕組みは品質の保証と小売の利幅を同時に守った。ただし、価格を動かす権限は売場から取り上げられていた。
業界の協定もメーカーの定価も、やがて内側と外側から揺らいだ。1970年代半ばには、業界の足並みを守るかぎり価格も生産量も自社では決められないと判断し、協調から外れる企業が出た。1980年代末の円高は内外価格差を突きつけ、国内の価格体系を崩した。同じ商品が国外で安く販売されている以上、国内の定価は根拠を失った。
転換が完成したのはデフレ下である。日本マクドナルドはハンバーガーの値下げを断行して客数の拡大を優先し、ファーストリテイリングは自主企画品の売価を毎週変更して在庫を残さず消化した。売れ行きに合わせて価格を動かす以上、定価という考え方は成り立たない。資生堂自身も再販売価格維持を撤廃し、値付けを売場へ委ねている。
規制そのものが外された領域では、値下げ幅はさらに大きくなった。証券手数料の自由化で松井証券は定額制の手数料体系を導入して手数料の割引を9割まで進め、SBIホールディングスは国内株式の手数料そのものを撤廃した。手数料を無料にできるのは、収入を別の商品から得る仕組みを先に整えた会社だけである。一方、資源高と人手不足が続くなか、ヤマトホールディングスは27年ぶりに宅急便を値上げした。値上げの根拠として示されたのは需給ではなく、荷物を運ぶ人員を確保できるかどうかだった。
協定も定価も後ろ盾にならない市場では、価格を動かした会社が理由を説明しなければならない。値上げするなら人件費と燃料費の増加を荷主に開示し、値下げを続けるなら原価をどこで削減したかを示すことになる。かつて業界団体やメーカーが引き受けていた説明を、現在は一社ずつが自社の数字で担う。
財務諸表のどこを見るか
経営者による経営成績の分析で、増収の内訳が価格改定と数量のどちらに帰属すると説明されているかを読む。値上げが通ったかどうかは、単価上昇を販売数量の減少が打ち消していないかで判定する。値引き・リベートは変動対価として売上高から控除されるため、総額だけでは値付けの実態がつかめない。収益認識に関する注記の収益の分解情報で品目別・地域別の内訳を取り、契約負債の残高も併せて確認したい。転嫁の成否は、売上原価の上昇を売上高が上回っているかを示す売上高総利益率に最も早く出る。