グローバル
10の経営論点・311事例
日本企業の海外展開は「輸出の出先づくり」から「買収で重心を移す経営」へ変わった
戦後はソニーの対米輸出に始まり、80年代の貿易摩擦で日産やトヨタが工場ごと海外へ渡った。
いまはサントリーのビーム、リクルートのIndeedのように買収で事業の重心を海外へ移し、外国人社長も迎える。
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〜1970年代:輸出と資源の確保(収録した決断 35件)
ソニーの対米輸出に始まり、東レのタイ合弁や三菱商事のブルネイLNGで販路と原料を押さえ、70年代末にホンダが米国生産へ踏み出した。
- 1955年 ソニー トランジスタ技術で米国輸出:他社の看板を借りず自社ブランドを掲げて輸出に踏み出す道の選択
- 1963年 東レ タイで合弁2社設立:現地資本と組んで踏み出した、日本国外での生産という初めての選択
- 1969年 三菱商事 ブルネイLNG開発参画:資源開発への参画を通じた、商いから事業投資への転換
- 1978年 ホンダ HAMによる北米現地生産:日本メーカーとして初めての四輪現地生産への踏み切り
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1980年代:摩擦が迫る現地化(収録した決断 27件)
円高と貿易摩擦に押され、日産は英国、トヨタはケンタッキーへ工場を移した。末期にはファイアストンやコロンビア映画の大型買収に走った。
- 1984年 日産自動車 英国サンダーランド進出:決断——石原俊氏と労連会長・塩路一郎氏の攻防
- 1986年 トヨタ自動車 ケンタッキー工場の建設:合弁に頼らず北米で単独現地生産へ踏み出す決断
- 1988年 ブリヂストン 米ファイアストンの買収:米タイヤ大手の取り込みによる世界首位への跳躍
- 1989年 ソニー コロンビア映画を買収:CBSレコードに続く連続買収と、ハードとソフトの垂直統合
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1990〜2000年代:アジア生産と再挑戦(収録した決断 86件)
生産は中国と東南アジアへ移り、ヤオハンの香港移転は破綻に終わった。00年代後半、板硝子のピルキントンや武田のミレニアムで大型買収が再開した。
- 1990年 ヤオハン グループ本部の香港移転:国内の出店規制に見切りをつけた海外雄飛
- 1997年 ダイキン 上海合弁で業務用に集中:中国での業務用高価格帯への集中という差別化戦略
- 2006年 日本板硝子 英ピルキントンの完全子会社化:売上で2倍近い相手の、総額約6160億円での完全子会社化
- 2008年 武田薬品工業 米ミレニアムの買収:TAP合弁の解消と、北米処方薬事業の自前化への踏み込み
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2010年代〜:買収で世界企業へ(収録した決断 163件)
縮む国内を背に、ビームやIndeed、USスチールと兆円級の買収で事業の重心を海外へ移した。外国人を経営の座に迎え、減損の代償も払った。
- 2012年 リクルートHD 米Indeedを買収:米国企業の取り込みによる海外への足がかり
- 2014年 サントリーHD 1兆円超で米ビーム買収:自前で育てれば30年かかる時間を、買収で一気に縮める選択
- 2014年 武田薬品工業 クリストフ・ウェバー氏が社長就任:トップの外部登用に踏み切ったグローバル経営体制への転換
- 2025年 日本製鉄 USスチールを完全子会社化:政治の壁を越えて完遂した約2兆円のクロスボーダー買収