パーク24 の歴史

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創業 1971年
創業者 西川清
創業地 東京都品川区
創業
1971年8月、工業用ファスナーメーカーの営業職だった西川清氏が独立し、東京都内に株式会社ニシカワ商会を設立した。街中の駐車禁止の張り紙から需要を読んで駐禁看板の製造販売を祖業に据えたが、コンクリートの基礎ごと運ぶ重量物のため運送費がかさみ、数を売っても利益が伸びなかった。代官山の料理屋で見た日本信号製の無人ロック装置パークロックの販売権を通い詰めて取得し、無料ゆえ不法駐車で埋まる病院へ売り込んで、聖路加国際病院を皮切りに都内の主要病院へ広げた。設立3年目に年商1.3億円。1985年8月には駐車場の保守と運営管理を目的として東京都品川区西五反田にパーク24株式会社を設立し、1993年8月にニシカワ商会の事業を引き継いでいる。
決断
土地は取得せず、他人の土地の空いた時間だけを商品にしてきた。1991年、50歳の西川清氏は5年後の売上150億円と株式公開を掲げて駐車場機器の販売代理店から無人時間貸駐車場の運営へ転換した。同年12月に上野で無人時間貸駐車場タイムズ1号を開設し、地主と共同経営する名目で管理代行を始めている。バブル崩壊で開発の止まった土地を抱え固定資産税に追われる地主が臨時収入として駐車場を選び、1995年7月に1万台を突破、FY96に売上150億円と目標を期日どおり満たした。2009年3月にはマツダレンタカーを取得してモビリティ事業へ参入し、同じ区画へクルマを置いて貸す事業を重ね、2016年12月からは豪SECURE PARKINGと英NCPを連続して取得した。機器を売っていた会社は、英国最大手を含む海外の駐車場まで運営する事業者へ変わった。
現況
駐車場の区画は、車を駐める場所であると同時に車を貸す場所にもなっている。2025年10月期の連結売上高4,062億円は国内駐車場1,936億円、モビリティ1,282億円、海外駐車場844億円で構成され、セグメント利益は国内駐車場375億円、モビリティ149億円に対し、海外駐車場は14億円の損失である。モビリティはタイムズカーのレンタカーとカーシェアである。コロナ禍のFY20に466億円の純損失を計上したのち、2022年4月のプライム移行と同月の海外募集で251億円を調達し、2023年10月期には売上3,301億円とコロナ前を上回った。同じ区画に2つの商売を載せたことが、駐車場だけの会社では得られない1,282億円の売上を足した。
競合
契約が続くかどうかを決めるのは同業の料金ではなく、地主がその土地に建物を建てるかどうかである。時間貸駐車場は土地を借りて運営するため、開発が止まり固定資産税だけが残った1990年代には地主が臨時収入として駐車場を選び、タイムズは1995年7月に1万台を突破した。同じ市場でオムロンから駐車場機器の営業権を取得したアマノのように機器を納める側に残った会社もあり、パーク24は1991年に販売代理店を離れて運営側へ回っている。海外では2017年に英国最大手のNCPを取得したものの、2025年10月期の海外駐車場は14億円の損失で、24億円の減損損失も海外に集中した。土地を持たずに稼働率だけを収入へ変える国内の手順は、取得した現地の会社へまだ移せていない。
パーク24:長期業績の推移(売上高・利益率)売上高(億円純利益率(%)
1997年10月期2025年10月期

創業ストーリー ニシカワ商会期 ── 駐禁看板からパークロック販売、病院駐車場代行へ (1971年〜)

西川清氏が脱サラで興したニシカワ商会と祖業の駐禁看板

1971年8月、工業用ファスナーメーカーで営業マンを務めていた西川清氏が、勤務先の方針と折り合わず独立して株式会社ニシカワ商会を東京都内に設立した。当初は事業内容を決め切れずに始まったが、街中で目にした『駐車禁止』の張り紙からニーズを感じ取り、駐禁看板の製造販売を祖業に据えた。ただし看板はコンクリート土台を伴う重量物で運送コストが高く単価も低かったため、事業を拡大する手段としては限界があった。 [1][2][3]

  • 商工ジャーナル(商工中金経済研究所, 2000年3月)
    • [1]1971年8月 西川清氏が株式会社ニシカワ商会を東京都内に設立
    • [2]創業者は西川清氏(工業用ファスナーメーカーの営業職から独立)
    • [3]祖業は駐禁看板(駐車禁止の張り紙からニーズを着想)の製造販売

その限界を解いたのが、代官山の料理屋で偶然目にした日本信号製の無人駐車場ロック装置『パークロック』である。日本信号にはツテがなかったが、西川清氏は通い詰めて販売権を獲得した。日本信号は別の商社にパークロックの販売を任せていたが販売実績が伸びず、ベンチャー企業のニシカワ商会へ販路を委ねた。1971年11月に日本信号との販売代理店契約を締結し、駐車場機器を仕入れて販売する事業の足場を構えた。 [4]

  • 商工ジャーナル(商工中金経済研究所, 2000年3月)
    • [4]日本信号製の無人駐車場ロック装置「パークロック」の販売権を獲得
  • 商工ジャーナル(商工中金経済研究所, 2000年3月)
    • [1]1971年8月 西川清氏が株式会社ニシカワ商会を東京都内に設立
    • [2]創業者は西川清氏(工業用ファスナーメーカーの営業職から独立)
    • [3]祖業は駐禁看板(駐車禁止の張り紙からニーズを着想)の製造販売
    • [4]日本信号製の無人駐車場ロック装置「パークロック」の販売権を獲得

聖路加国際病院から東京都内の主要病院へ拡張

西川清氏は、当時の病院駐車場が無料で運用されていながら不法駐車で患者が利用できない状況に着眼し、聖路加国際病院(東京・築地)への納入を皮切りにパークロックを売り込んだ。病院側は不法駐車問題の解消と駐車場収入の獲得を同時に得られる契約を歓迎し、東京都内の主要な病院(私立系・国立系の両方)でパークロックの販売と無人駐車場の管理代行の受注が広がった。設立3年目(1973年頃)に年商1.3億円を確保し、東京都心部の主要病院との取引で安定収益を抱える中小企業の体裁が整った。 [5][6]

  • 商工ジャーナル(商工中金経済研究所, 2000年3月)
    • [5]聖路加国際病院(東京・築地)を皮切りに病院駐車場へパークロックを納入
    • [6]設立3年目(1973年頃)に年商1.3億円を確保

ところが、この安定収益を得た西川清氏は事業を伸ばすより私生活を優先する時期に入り、ニシカワ商会は1990年頃までの約20年間、東京都内の病院駐車場運営を主力とする中小企業にとどまった。西川清氏自身が後年、『30歳そこそこで会社を作って、それが当たってしまった。なんだ世の中、金稼ぐのは簡単だ。そう慢心してしまったんです。それから約20年間は悪くなるとがむしゃらにやって、よくなると怠ける。そんな繰り返しでした』[引用元](商工ジャーナル 2000/3)と振り返っている。1988年7月期のニシカワ商会は、東京都の西五反田に本社を構え、売上高15.8億円・利益0.3億円・従業員数36名の中小企業であった。 [7]

  • 商工ジャーナル(商工中金経済研究所, 2000年3月)
    • [7]西川清氏が安定収益に慢心し約20年を中小企業のまま過ごしたと後年述懐
  • 商工ジャーナル(商工中金経済研究所, 2000年3月)
    • [5]聖路加国際病院(東京・築地)を皮切りに病院駐車場へパークロックを納入
    • [6]設立3年目(1973年頃)に年商1.3億円を確保
    • [7]西川清氏が安定収益に慢心し約20年を中小企業のまま過ごしたと後年述懐

パーク24株式会社の設立と1990年の日本信号との販売代理店契約継続

1985年8月、駐車場の保守及び運営管理を目的としてパーク24株式会社が東京都品川区西五反田一丁目に資本金10百万円で設立された。社名『パーク二四』は24時間営業の駐車場ビジネスを志向する事業構想と、創業者・西川清氏の姓『西(ニシ=二四)』を掛けた由来を併せ持つ。設立から数年は鉄道高架下や民間遊休地を借り受けて駐車場として運営する仲介モデルと、駐車場機器の販売・保守を組み合わせた事業構造で、月極駐車場の運営代行が中心の小規模事業であった。 [8][9][10][11]

    • [8]社名「パーク二四」は24時間サービスを志向する事業構想と、創業者・西川清氏の姓「西(ニシ=二四)」を掛けた由来の二重の由来(公式50周年サイト)
  • パーク24 有価証券報告書 第41期(2025年10月期)【沿革】
    • [9]1985年8月 駐車場の保守及び運営管理を目的にパーク24株式会社を設立
    • [10]設立地は東京都品川区西五反田一丁目
    • [11]設立時の資本金10百万円

1990年11月に日本信号株式会社との販売代理店契約を締結し、駐車場機器(ロック装置・料金徴収機)の調達ルートを整えた。機械装置販売モデルでは設置主体が個別オーナーに分散するため、規模拡大の手段としては不十分であった点が、次の業態転換を促す課題となった。 [12]

  • パーク24 有価証券報告書 第41期(2025年10月期)【沿革】
    • [12]1990年11月 日本信号株式会社との販売代理店契約を締結(駐車場機器の調達ルート確保)
    • [8]社名「パーク二四」は24時間サービスを志向する事業構想と、創業者・西川清氏の姓「西(ニシ=二四)」を掛けた由来の二重の由来(公式50周年サイト)
  • パーク24 有価証券報告書 第41期(2025年10月期)【沿革】
    • [9]1985年8月 駐車場の保守及び運営管理を目的にパーク24株式会社を設立
    • [10]設立地は東京都品川区西五反田一丁目
    • [11]設立時の資本金10百万円
    • [12]1990年11月 日本信号株式会社との販売代理店契約を締結(駐車場機器の調達ルート確保)

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パーク24の沿革1985〜2024年における主な出来事を抜粋

時代年月社長・CEO出来事重要度
1971〜1990年ニシカワ商会期 ── 駐禁看板からパークロック販売、病院駐車場代行へパーク二四を設立
1991〜2017年タイムズ業態の発明と3段階上場、モビリティ事業参入駐車場機器の販売代理店から無人時間貸駐車場「タイムズ」運営への転換

1991年12月、パーク24が東京都台東区上野のホテル跡地でロック付無人駐車料金徴収装置による24時間無人時間貸駐車場『タイムズ』1号の運用を始め、駐車場機器を売る商いから、土地を借りて自ら駐車場を運営する商いへ移った経営判断。

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★★★
タイムズ二四を設立し駐車場の集金業務を開始
NTT・日本信号と共同で駐車予約システムの事業化について提携
ニシカワ商会より営業譲受し九州支店を開設
日本証券業協会に株式を店頭登録
ドライバーズネットを設立し自動車関連サービスを開始
タイムズ広島を吸収合併しタイムズ二四がタイムズサービスを吸収合併し商号変更
西川光一合弁会社GS PARK24 CO. LTD.を設立
西川光一台北支店を法人化し普客二四停車場股份有限公司を設立
西川光一マツダレンタカーの取得によるモビリティ事業への参入

2009年3月24日、パーク24が株式会社マツダレンタカーの発行済株式71,500株を20億71百万円で取得し、出資比率98.6%の子会社とする決議を行った経営判断。同月31日に取得を実行し、レンタカーとカーシェアリングを扱う『モビリティ事業』を開始した。

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★★★
西川光一持株会社的構造への移行を伴う分社型会社分割を実施★★
西川光一カーシェアリングサービスを「タイムズカー プラス」にブランド変更
西川光一豪SECURE PARKING 5カ国事業と英NCPの連続取得による海外駐車場事業の確立

2017年1月18日にオーストラリア・ニュージーランド・英国・シンガポール・マレーシアで駐車場を営むSecure Parkingの事業会社群を227百万豪ドル(195億28百万円)で、同年8月3日に英国最大手NATIONAL CAR PARKS LIMITED(NCP)の持株会社を158百万ポンド(234億89百万円)で取得し、7カ月のうちに海外駐車場事業を組み上げた経営判断。

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★★★
西川光一NCP(NATIONAL CAR PARKS)の持株会社の株式を取得★★
2018〜2026年コロナ禍リカバリーとプライム移行後の資本政策西川光一カーシェアリング事業をタイムズモビリティに事業移管し商号変更
西川光一合弁会社GS PARK24 CO. LTD.の全株式を譲渡
西川光一プライム市場に移行
西川光一新株式の発行により総額251億円を調達★★
西川光一PARK24 UK LIMITEDをPARK24 INTERNATIONAL LIMITEDに商号変更
出典・参考

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