決断
売り方の設計で伸びた会社が、その設計で積んだ資産の重さに捕まった。1930年秋、小瀬與作氏は頭金の一時払いを積立の満期制度へ置き換えた月掛予約販売を創案し、同年12月に月3円の掛金で東京市内へ試している。1953年には嶋田卓彌氏ら11人を迎えて600近い特約代理店を直営店へ切り替え、1959年に直営156店・売上高46億円、1971年には全国530支店へ達した。だが直営網の経費は1980年代に重くのしかかり、1987年度は38億円の営業赤字となる。厚い資産に目をつけた仕手集団の光進が同年に約20%を取得し、1989年の300億円要求に応じた迂回融資から債務総額は2,355億円へ膨らみ、返済のために旧本社と小金井工場を売却する結果を招いた。