ソフトバンクグループ:ヤフー設立とキングストン買収による投資会社への転換
コムデックス買収から米ヤフー出資への資本再配置
1990年〜日次決算とインセンティブによる流通業の利益体質化
1990年7月、日本ソフトバンクは商号をソフトバンク株式会社へ改めた。1994年7月には株式を日本証券業協会へ登録し、店頭公開を果たしている。公開の時点でソフトウェア事業の販売加盟店は2万店、扱い品目は約5万種類に達し、パソコン用ソフトの流通で首位を占めていた。ただしメーカーではないため粗利益率は10数%にとどまる。孫正義氏はこの構造を、販路が広く品目が多いために売上や利益が突然落ちることは無く、市場の成長に正比例して伸びる形だと説明した。1992年の時点で加盟ディーラーは1万5,000店、主力のパソコンソフトは国内販売の50%以上を供給していた。単体売上高は1992年3月期の438億円から1993年3月期に516億円、1994年3月期には640億円へ伸びている。
- ソフトバンクグループ 有価証券報告書(2025年3月期)【沿革】
- [1]1990年7月 商号を「ソフトバンク株式会社」へ変更
- [2]1994年7月 株式を日本証券業協会に登録(店頭公開)
- 証券アナリストジャーナル(1994年8月5日)
- [3]販売加盟店2万店・扱品目5万種類でパソコン用ソフト流通の首位
- [4]メーカーではないため粗利益率は10数%程度
- [5]販路の広さと品目の多さにより売上・利益が急落せず、市場の成長に正比例して伸びるとの本人の説明
- コンピュートピア 26(313)
- [6]1992年時点で加盟ディーラー1万5,000店、主力のパソコンソフトは国内販売の50%以上を供給
- [7]1992年3月期 単体売上高438億円(前期比14%増)
- 証券調査 (305)
- [8]単体売上高 1993年3月期516億円・1994年3月期640億円
薄い利幅から利益を取り出すために、孫氏は経営の仕組みそのものを作った。1989年ごろから自ら開発した日次決算システムは、10人前後で構成する約60のチームのリーダーが毎日の業績をパソコンへ入力し、ネットワークで結んでチーム別の日次経常損益を算出するものである。運賃・家賃・金利の振り分けが難しく、1995年までに60回の改訂を重ねた。これと組み合わせたのがインセンティブ・プランで、売上高ではなく経常利益だけを評価の対象とし、利益を伸ばしたチームのリーダーへ報いる。年俸700万円ほどの30歳前後の社員に2,000万円から3,000万円が加わる例も少なくなかった。組織はチームリーダーの上に事業部長を置くだけで社長の下は3階層にとどまり、700人の社員は全員がパソコンを持って、孫氏は電子メールで指示を出していた。
- 証券アナリストジャーナル(1994年8月5日)
- [9]孫正義が自ら開発した「日次決算システム」。10人前後・約60チームのリーダーが日々の業績を入力し、チーム別の日次経常損益を算出
- [11]インセンティブ・プランは売上高ではなく経常利益のみを評価対象とした
- [12]年俸700万円程度の30歳前後の社員に2,000万〜3,000万円のインセンティブが付く例
- 日経ビジネス(1995年2月13日)
- [10]6年前(1989年ごろ)に開発を開始し、経費の配賦が難しく60回の改訂を重ねた
- [13]チームリーダーの上に事業部長を置くだけで社長の下は3階層。社員700人が全員パソコンを持ち、孫正義は電子メールで指示を出した
ソフトバンクは店頭公開で得た資金を、卸売の販路ではなく他社の事業の取得へ振り向けた。1994年4月にNTTデータ通信とビデオ・オン・デマンド事業の共同出資会社を設立し、5月に監査法人トーマツとネットワーク関連ソフトの販売で提携、10月には日本シスコシステムズへ12%を出資している。11月には文教堂と組んで書店でのパソコンソフト販売を始め、同月パソナとパソコン人材研修の共同出資会社を設けた。孫氏はソフトバンクの事業全体をソフトのインフラ事業と位置づけ、卸売と出版は流通手段のひとつにすぎないと述べている。この時点で子会社・関連会社は14社を数え、連結の売上高と利益はいずれも単体を上回っていた。
- 日経ビジネス(1995年2月13日)
- [14]1994年 NTTデータ通信とVOD共同出資会社設立(4月)・監査法人トーマツと販売提携(5月)・日本シスコシステムズへ12%出資(10月)
- [15]1994年11月 文教堂と書店でのパソコンソフト販売で提携、パソナとパソコン人材研修の共同出資会社を設立
- [16]事業全体を「ソフトのインフラ事業」と位置づけ、ソフト卸売と出版は流通手段の一つとする本人の説明
- 証券アナリストジャーナル(1994年8月5日)
- [17]1994年時点で子会社・関連会社14社。連結決算は売上高・利益とも単体を上回る
参考文献[1]-[17]
- ソフトバンクグループ 有価証券報告書(2025年3月期)【沿革】
- [1]1990年7月 商号を「ソフトバンク株式会社」へ変更
- [2]1994年7月 株式を日本証券業協会に登録(店頭公開)
- 証券アナリストジャーナル(1994年8月5日)
- [3]販売加盟店2万店・扱品目5万種類でパソコン用ソフト流通の首位
- [4]メーカーではないため粗利益率は10数%程度
- [5]販路の広さと品目の多さにより売上・利益が急落せず、市場の成長に正比例して伸びるとの本人の説明
- [9]孫正義が自ら開発した「日次決算システム」。10人前後・約60チームのリーダーが日々の業績を入力し、チーム別の日次経常損益を算出
- [11]インセンティブ・プランは売上高ではなく経常利益のみを評価対象とした
- [12]年俸700万円程度の30歳前後の社員に2,000万〜3,000万円のインセンティブが付く例
- [17]1994年時点で子会社・関連会社14社。連結決算は売上高・利益とも単体を上回る
- コンピュートピア 26(313)
- [6]1992年時点で加盟ディーラー1万5,000店、主力のパソコンソフトは国内販売の50%以上を供給
- [7]1992年3月期 単体売上高438億円(前期比14%増)
- 証券調査 (305)
- [8]単体売上高 1993年3月期516億円・1994年3月期640億円
- 日経ビジネス(1995年2月13日)
- [10]6年前(1989年ごろ)に開発を開始し、経費の配賦が難しく60回の改訂を重ねた
- [13]チームリーダーの上に事業部長を置くだけで社長の下は3階層。社員700人が全員パソコンを持ち、孫正義は電子メールで指示を出した
- [14]1994年 NTTデータ通信とVOD共同出資会社設立(4月)・監査法人トーマツと販売提携(5月)・日本シスコシステムズへ12%出資(10月)
- [15]1994年11月 文教堂と書店でのパソコンソフト販売で提携、パソナとパソコン人材研修の共同出資会社を設立
- [16]事業全体を「ソフトのインフラ事業」と位置づけ、ソフト卸売と出版は流通手段の一つとする本人の説明
1994年〜社債2,200億円による情報インフラの取得
1994年12月から、ソフトバンクは米国の展示会事業コムデックスとIT出版社ジフ・デービスの買収へ動いた。当初狙ったのはジフ・デービス本体であったが、最終段階で米投資会社との取得競争に敗れ、同社の展示会開催部門だけを取得している。買収資金は社債でまかない、1995年2月27日の第1回無担保普通社債100億円を皮切りに、1996年11月までに12本・合計2,200億円を発行した。1996年8月には米キングストン・テクノロジーの買収を1,628億円で決め、一連の買収へ投じた金額は約5,000億円に達した。相次ぐ大型買収を借入で重ねた結果、有利子負債は売上高を超える規模へ膨らんでいる。連結売上高は1995年3月期の968億円から1996年3月期に1,711億円、1997年3月期には3,597億円へ伸びた。
- 日経ビジネス(1996年8月26日)
- [18]1994年12月 米コムデックス(展示会)とジフ・デービス(IT出版)の買収
- [22]1996年8月 米キングストン・テクノロジーを1,628億円で買収。ジフ・デービス等を含む一連の買収の投入額は約5,000億円
- [23]相次ぐ買収を社債による借入で重ねた結果、有利子負債が売上高を超える規模へ
- 日経ビジネス(1995年2月13日)
- [19]ジフ・デービス本体の買収は米投資会社との競争に敗れ、展示会開催部門のみを取得
- ソフトバンクFactBook(1998)
- [20]1995年2月27日 第1回無担保普通社債100億円(利率3.70%)
- [21]1995年2月〜1996年11月に無担保普通社債12本・合計2,200億円を発行
- 証券 50(3)(588)(1998年1月)
- [24]連結売上高 1995年3月期968億円・1996年3月期1,711億円
- ソフトバンク アニュアルレポート
- [25]連結売上高 1997年3月期3,597億円
1996年1月11日、ソフトバンクは米ヤフーとの合弁で資本金2億円のヤフー株式会社を設立した。出資比率はソフトバンクが60%にあたる1億2,000万円、Yahoo Corporationが40%にあたる8,000万円で、代表取締役社長には孫正義氏自身が就任している。事業内容は日本国内における日本語対応の情報検索サービスの提供とミラー・サイトの運営で、ブランドと技術を米ヤフーから借り、資本と経営をソフトバンクが握る変則的な合弁であった。米ヤフーは、買収したジフ・デービスの情報網を通じて見つけた相手である。買った事業そのものが生む利益ではなく、そこから流れ込む情報と人脈に投資するという論理が、この時期に形を取った。
- ソフトバンクグループ 有価証券報告書(2025年3月期)【沿革】
- [26]1996年1月 ヤフー株式会社(現LINEヤフー)設立
- [30]1996年1月、ジフ・デービスの情報網で発掘した米ヤフーと合弁でヤフー株式会社を設立
- [31]買収先の事業価値より情報とネットワークに投資する論理が、のちの投資事業へ受け継がれた
- ソフトバンク「米国ヤフー社との合弁会社設立に関する件」(1996年1月11日)
- [27]出資比率 ソフトバンク60%(1.2億円)・Yahoo Corporation 40%(0.8億円)
- [28]ヤフー株式会社の代表取締役社長に孫正義が就任
- [29]事業内容は日本語対応の情報検索サービス提供とミラー・サイト運営
連続する買収に対しては財務体力の消耗を懸念する声が市場から上がり、1996年8月には相次ぐ買収に体力がもつのかという疑問が投げかけられた。1996年3月末の連結有利子負債は3,892億円で、同期の連結売上高1,711億円の倍を超えていた。孫正義氏は心配ないと応じ、買収は高い買物ではない、『浮利は追っていない』と反論している。事業会社というより投資会社ではないかという問いには、その指摘は光栄だと答え、欧米では優良企業ほど企業買収で事業を拡大していると述べた。1997年秋には買収した企業の業績悪化が表面化し、孫流の拡大路線に暗雲が差した。孫氏個人の会社を用いた買収の枠組みにも批判が集まったが、孫氏は『影の部分にも自分の責任はある』と述べつつ、買収は続けると明言した。同年11月の時点でも財務の工夫で当面を乗り切った状態で、買収先の業績悪化により予断を許さなかった。
- 日経ビジネス(1996年8月26日)
- [32]1996年8月 相次ぐ買収への財務不安が指摘された
- [33]1996年3月末の連結有利子負債3,892億円は、同期の連結売上高1,711億円の倍以上
- [34]孫正義の反論「心配ない」「高い買物ではない」「浮利は追っていない」
- [35]「事業会社というより投資会社だ」との指摘に孫正義は「その指摘は光栄だ」と応じ、欧米では優良企業ほどM&Aで事業を拡大していると述べた
- 日経ビジネス(1997年10月13日)
- [36]1997年秋 買収企業の業績悪化で拡大路線に暗雲
- [37]孫個人の会社を用いた買収スキームへの批判と「影の部分にも自分の責任はある」・買収継続の明言
- 日経ビジネス(1997年11月17日)
- [38]1997年11月 財務の工夫で当面を乗り切るも買収企業の業績悪化で予断を許さず
参考文献[18]-[38]
- 日経ビジネス(1996年8月26日)
- [18]1994年12月 米コムデックス(展示会)とジフ・デービス(IT出版)の買収
- [22]1996年8月 米キングストン・テクノロジーを1,628億円で買収。ジフ・デービス等を含む一連の買収の投入額は約5,000億円
- [23]相次ぐ買収を社債による借入で重ねた結果、有利子負債が売上高を超える規模へ
- [32]1996年8月 相次ぐ買収への財務不安が指摘された
- [33]1996年3月末の連結有利子負債3,892億円は、同期の連結売上高1,711億円の倍以上
- [34]孫正義の反論「心配ない」「高い買物ではない」「浮利は追っていない」
- [35]「事業会社というより投資会社だ」との指摘に孫正義は「その指摘は光栄だ」と応じ、欧米では優良企業ほどM&Aで事業を拡大していると述べた
- 日経ビジネス(1995年2月13日)
- [19]ジフ・デービス本体の買収は米投資会社との競争に敗れ、展示会開催部門のみを取得
- ソフトバンクFactBook(1998)
- [20]1995年2月27日 第1回無担保普通社債100億円(利率3.70%)
- [21]1995年2月〜1996年11月に無担保普通社債12本・合計2,200億円を発行
- 証券 50(3)(588)(1998年1月)
- [24]連結売上高 1995年3月期968億円・1996年3月期1,711億円
- ソフトバンク アニュアルレポート
- [25]連結売上高 1997年3月期3,597億円
- ソフトバンクグループ 有価証券報告書(2025年3月期)【沿革】
- [26]1996年1月 ヤフー株式会社(現LINEヤフー)設立
- [30]1996年1月、ジフ・デービスの情報網で発掘した米ヤフーと合弁でヤフー株式会社を設立
- [31]買収先の事業価値より情報とネットワークに投資する論理が、のちの投資事業へ受け継がれた
- ソフトバンク「米国ヤフー社との合弁会社設立に関する件」(1996年1月11日)
- [27]出資比率 ソフトバンク60%(1.2億円)・Yahoo Corporation 40%(0.8億円)
- [28]ヤフー株式会社の代表取締役社長に孫正義が就任
- [29]事業内容は日本語対応の情報検索サービス提供とミラー・サイト運営
- 日経ビジネス(1997年10月13日)
- [36]1997年秋 買収企業の業績悪化で拡大路線に暗雲
- [37]孫個人の会社を用いた買収スキームへの批判と「影の部分にも自分の責任はある」・買収継続の明言
- 日経ビジネス(1997年11月17日)
- [38]1997年11月 財務の工夫で当面を乗り切るも買収企業の業績悪化で予断を許さず
1998年〜東証一部上場とインターネットを軸にした持株会社化
ソフトバンクの上場時の発行済株式総数は1億241万9,683株で、うち孫正義氏が1997年3月末時点で43.3%を持っていた。株式が東京証券取引所市場第一部に上場されたのは1998年1月である。このとき会社が最重要の課題に据えたのは、パソコン用ソフト流通で首位を守ることではなかった。目標はデジタル情報産業で世界に圧倒的な第一位のインフラストラクチャー提供者になることだった。事業は流通・ネットワーク・メディア・テクノロジーサービス・展示会・インターネットの6分野に広がり、企業の買収や提携は、他を大きく引き離すシェアを手にするための方法のひとつとされた。1998年3月期の連結売上高は5,133億円に届いた。
- 証券 50(3)(588)(1998年1月)
- [39]上場時の発行済株式総数102,419,683株。1997年3月31日現在の孫正義の持株比率43.3%
- [41]上場時の最重要テーマは「デジタル情報産業において世界で圧倒的ナンバーワンのインフラストラクチャーのプロバイダとなること」
- [42]事業領域は流通・ネットワーク・メディア・テクノロジーサービス・展示会・インターネットの6分野。企業買収・提携はシェア確保の手段の一つと位置づけ
- ソフトバンクグループ 有価証券報告書(2025年3月期)【沿革】
- [40]1998年1月 東京証券取引所市場第一部へ上場
- ソフトバンク アニュアルレポート
- [43]連結売上高 1998年3月期5,133億円
1999年10月、ソフトバンクは純粋持株会社へ移行し、事業会社の株式を保有して統括する形へ組織を改めた。1999年3月期の連結売上高は5,281億円、当期純利益は375億円で、前期の103億円から3.6倍に増えている。この利益の伸びは商品を売って得たものではなく、保有する株式の価値の変動に左右される性格を強めていた。1981年に日本で最初のパッケージソフト専業流通会社として出発した会社は、1990年代の終わりに、商品の流通ではなく資本の配分を主たる仕事とする組織へ姿を変えた。創業から18年、店頭公開からは5年での転換であり、上場時に掲げた6分野のインフラ提供者という目標は、事業を営むことではなく事業を持つことによって追われることになる。
- ソフトバンクグループ 有価証券報告書(2025年3月期)【沿革】
- [44]1999年10月 純粋持株会社へ移行
- ソフトバンク アニュアルレポート
- [45]連結売上高 1999年3月期5,281億円・当期純利益375億円
- [46]連結当期純利益 1998年3月期103億円
- 証券 50(3)(588)(1998年1月)
- [47]日本初のパーソナルコンピュータ用パッケージソフトの専業流通会社として発足
参考文献[39]-[47]
- 証券 50(3)(588)(1998年1月)
- [39]上場時の発行済株式総数102,419,683株。1997年3月31日現在の孫正義の持株比率43.3%
- [41]上場時の最重要テーマは「デジタル情報産業において世界で圧倒的ナンバーワンのインフラストラクチャーのプロバイダとなること」
- [42]事業領域は流通・ネットワーク・メディア・テクノロジーサービス・展示会・インターネットの6分野。企業買収・提携はシェア確保の手段の一つと位置づけ
- [47]日本初のパーソナルコンピュータ用パッケージソフトの専業流通会社として発足
- ソフトバンクグループ 有価証券報告書(2025年3月期)【沿革】
- [40]1998年1月 東京証券取引所市場第一部へ上場
- [44]1999年10月 純粋持株会社へ移行
- ソフトバンク アニュアルレポート
- [43]連結売上高 1998年3月期5,133億円
- [45]連結売上高 1999年3月期5,281億円・当期純利益375億円
- [46]連結当期純利益 1998年3月期103億円
1990年〜1999年の業績
| 決算期 | 区分 | 売上高 | 純利益 | 主な投資 | ||
|---|---|---|---|---|---|---|
| 億円 | YoY | 億円 | 利益率 | |||
| 1990年03月期 | 単体 | n/a | n/a | n/a | n/a | n/a |
| 1991年03月期 | 単体 | n/a | n/a | n/a | n/a | n/a |
| 1992年03月期 | 単体 | 438 | n/a | n/a | n/a | n/a |
| 1993年03月期 | 単体 | 516 | +17.8% | 6 | 1.2% | n/a |
| 1994年03月期 | 単体 | 640 | +24.0% | 9 | 1.5% | SoftBank Holdings Inc.を米国に設立(1994/03) |
| 1995年03月期 | 連結 | 968 | +51.2% | 20 | 2.1% | n/a |
| 1996年03月期 | 連結 | 1,711 | +76.8% | 57 | 3.4% | n/a |
| 1997年03月期 | 連結 | 3,597 | +110.2% | 90 | 2.5% | n/a |
| 1998年03月期 | 連結 | 5,133 | +42.7% | 103 | 2.0% | n/a |
| 1999年03月期 | 連結 | 5,281 | +2.9% | 375 | 7.1% | n/a |
出所:コンピュートピア.26、証券調査.、証券.50(3)、アニュアルレポート
出典・参考
12件
- ソフトバンクグループ 有価証券報告書(2025年3月期)【沿革】
- ソフトバンク アニュアルレポート
- 証券アナリストジャーナル(1994年8月5日)
- 日経ビジネス(1995年2月13日)
- 日経ビジネス(1996年8月26日)
- 日経ビジネス(1997年10月13日)
- 日経ビジネス(1997年11月17日)
- ソフトバンク「米国ヤフー社との合弁会社設立に関する件」(1996年1月11日)
- ソフトバンクFactBook(1998)
- 証券 50(3)(588)(1998年1月)
- コンピュートピア 26(313)
- 証券調査 (305)