創業・起業・PMF
52件創業・起業・PMF
52件日本の上場企業の創業史を俯瞰すると、個人の起業精神という個別要因よりも、時代の構造が創業の波を生み出してきたことがわかる。PMF(Product-Market Fit)は創業者の才覚だけでなく、マクロ環境が用意する「空白」によって決定づけられる。
第一の波は明治〜大正期の「輸入代替」創業である。不平等条約の改正と殖産興業政策のもと、「海外から輸入していたものを国内で作る」というシンプルかつ巨大なPMFが存在した。紡績、化学、石鹸、塗料、セメント、造船——この時代の創業には「何を作るか」に迷う余地がほとんどなかった。需要は確実に存在し、国策による関税保護や官営模範工場の払い下げという追い風も吹いた。繊維産業が輸出産業としてのPMFを国家の成長戦略と合致させたのは象徴的であり、個別企業のPMFと国家戦略のPMFが完全に重なる幸運な時代であった。
第二の波は戦間期〜戦後の「技術者ベンチャー」型創業である。電気技術の普及という技術革命が生み出した機会を捉え、修理工場から出発して総合電機メーカーに成長する、あるいは織機技術を自動車に転用するといった「技術の横展開」が相次いだ。この時代の創業者に共通するのは、「技術で何ができるか」への強い好奇心と、既存産業の技術を新しい領域に持ち込む応用力である。重工業の創業が海軍の近代化という官需を起点としていたのも示唆的で、PMFが民需ではなく国防需要から始まるパターンは日本に限らず後発工業国に共通する構造である。
第三の波は高度成長期〜バブル期の「消費社会」型創業である。一人あたりGDPが急上昇し、中間層が爆発的に拡大したこの時代には、小売・外食・サービス業の創業が集中した。個人商店から出発してチェーン展開し、カテゴリーキラーやナショナルブランドに成長するストーリーが量産された。「安さ」「便利さ」「楽しさ」のいずれかに振り切ることでPMFを掴むパターンが共通している。海外フランチャイズの日本展開が新産業そのものを創出した外食産業の事例は、PMFの「輸入」——海外で実証済みのビジネスモデルを国内市場に移植する——という手法の有効性を示している。
高度成長期にはまた、「大企業の一部門が分離独立する」タイプの創業も目立つ。財閥の不動産管理部門が独立して専業デベロッパーとなり、自動車メーカーの一部門が独立して日本最大の自動車メーカーに成長した。「切り出して独立させる」この創業形態は、大組織から解放されることで最適な経営体制を得るという構造的な合理性を持つ。
第四の波は1990年代後半〜2000年代のインターネット創業である。Windows 95の普及とブロードバンドの整備が生み出した「情報の非対称性を解消する」というPMFは、経済の成熟期にもかかわらず巨大な創業の波を生んだ。この時代の特徴は、PMFの「場」が物理世界からデジタル空間に移行したことであり、資本集約型の製造業とは根本的に異なるスケーラビリティが新興企業の急成長を可能にした。
創業の記録が教えるのは、時代の構造変化——近代化、電化、大衆消費、IT化——がそれぞれ固有のPMFの空白を生み出し、その空白を埋める企業が時代のリーダーになるという構造である。しかし同時に、「病を治す」「食を供給する」「住を整える」といった普遍的ニーズに根ざした創業は時代の波に左右されず数百年にわたって持続する力を持つ。PMFの耐久性——そのPMFが一時的なブームに依存するか、構造的なニーズに根ざすか——が、企業の寿命を根本的に規定する。
明治〜戦後にかけて主要ビール・飲料メーカーが相次いで創業。嗜好品としてのブランド確立が成長の鍵であり、初期のブランド選択がその後100年の競争構造を規定している。
江戸期の薬種商から昭和の製薬企業まで、240年以上にわたる創業の連なり。「病を治す」という普遍的ニーズがPMFの基盤であり、時代を超えた事業継続性の源泉。
明治期に日本を代表する化粧品・日用品メーカーが相次いで誕生。石鹸・化粧品の国産化から出発し、「毎日使う」という消費の反復性がPMFの強固な基盤となった。
明治期の近代化学工業の黎明期に、塗料・包装材という生活産業の基盤が築かれた。「輸入品を国産化する」という明確なPMFが、近代日本の化学メーカー創業の共通動機。
織機・二輪・重工からの参入という、日本の自動車メーカーの多様な出自が記録されている。異業種の技術蓄積が自動車産業に転用される「技術の横展開」が共通パターン。
造船業から出発した重工3社の創業が明治〜大正期に集中。海軍の近代化という国家需要がPMFの起点であり、官需と民需の間を行き来しながら技術を蓄積する構造。
鉱山の修理工場、金属加工、ソケット製造と出自は多様だが、電気技術の応用で事業を拡大した共通点。「電気で何ができるか」への好奇心が総合電機メーカーの原動力。
光学ガラスと印刷製版技術から出発し、半導体産業の成長とともに事業を転換。祖業の精密技術が半導体という巨大市場への参入切符となった「技術の転用」の好例。
情報誌→ネットオークション→フリマアプリと、情報マッチングの形態が時代とともに進化。「情報の非対称性を解消する」というPMFの本質は変わらず、メディアだけが変遷。
幕末の近江商人から始まる総合商社の成り立ち。貿易仲介→事業投資→経営参画と機能が進化してきた商社モデルの出発点が記録されている。