中部電力 四日市火力4号系列の新設 石油関連企業の立地を拒んだ埋立地の条件解除と、中部電力初のコンバインドサイクルの採用
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何をなぜ決めたか
- 概要
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1981年8月、中部電力は三重県と四日市市に、四日市火力発電所4号系列の建設を申し入れた。ガスタービンの排熱を回収して蒸気タービンを回すコンバインドサイクル発電を中部電力で初めて採用した設備で、1軸11万7,000kWを5軸、合計56万kWの発電所として1988年7月に営業運転を始めた。あわせて四日市港の霞埋立地に、4号系列と川越火力1・2号機の燃料を受け入れる四日市LNG基地を建設した。
- 背景
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燃料基地を置く霞埋立地には、四日市港管理組合が埋め立てを申請した際に市議会が付けた、石油関連企業を立地させないという条件があった。三重県条例も、四日市の特定区域で燃焼能力150l/hを超える燃料使用設備の新増設を認めていなかった。1979年7月の県議会で条例のこの条項が廃止され、1980年3月には市議会が、公害への万全の対策と地区の主要熱源をクリーンエネルギーへ転換させる指導を条件に付帯事項を解除した。
- 内容
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四日市公害裁判の後に各企業が進めた環境対策への評価が高く、ガス燃料を使う4号系列には、裁判の原告側だった団体などの一部を除いて目立った反対はなかった。1982年2月に四日市市長、3月に三重県知事から建設同意の文書を受け、同月の第87回電源開発調整審議会で国の基本計画に組み入れられて、8月に着工した。
4号系列は既設1〜3号機(各22万kW)に隣接する狭い敷地に置くため、配置の面でも有利なコンバインドサイクルを選んだ。増設にあわせて、既設1〜3号機は油専焼からLNG専焼へ改造した。
- 含意
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4号系列の熱効率は在来型を大きく上回る42.5%で、年間約5万tの燃料節約が見込まれ、起動時間は在来型の約半分、温排水量も約70%に減る。四日市LNG基地は当初カナダ産のLNGを見込んだが計画が白紙となり、インドネシアの増量契約分で対応した。5年余りと905億円を投じて8万klのタンク4基などを完成させ、1987年10月に第1船が着桟し、1990年度末までに487万tのLNGを受け入れた。
いつ何が起きたか 10件
筆者の見解
公害の地域に戻るためのガス
四日市4号系列の決断は、公害裁判の舞台となった地域に、会社が新たな発電設備を置き直すための選択だったとみられる。霞埋立地には石油関連企業を拒む市議会の条件があり、県条例も燃料設備の新増設を認めていなかった。条件が解かれた後に会社が申し入れたのは、ガス燃料と高効率のコンバインドサイクルという、この地域で説明のつく設備であった。市議会が解除に付けた条件が地区の熱源をクリーンエネルギーへ転換させる指導であったことも、技術の選択と立地の条件が一体であった構図を裏づけている。
もっとも、ガスへの転換は一つの発電所の話では終わらなかった。燃料基地は905億円の投資と60件近い協定・契約・覚書の締結を要し、既設1〜3号機のLNG転換と川越火力への燃料供給までを抱える設備となった。発電所ごとに燃料を確保する形から、基地を軸に複数の発電所を束ねる形への移行を、この決断が先取りしていたとみられる。
Yutaka Sugiura, 2026年9月
業績の推移
建設の条件
建設の条件
| 科目 | 概要 | 備考 |
|---|---|---|
| 所在地 | 三重県四日市市 | 既設1〜3号機に隣接する敷地 |
| 立地の前提 | 1979年7月・1980年3月 | 県条例の燃料使用制限を廃止し、市議会が霞埋立地の付帯事項を解除 |
| 建設の申し入れ | 1981年8月 | 三重県・四日市市 |
| 着工 | 1982年8月 | 同年3月に第87回電源開発調整審議会で国の基本計画へ |
| 発電方式 | コンバインドサイクル | 中部電力初。GE製MS-7001E型ガスタービンの排熱回収方式 |
| 出力 | 11万7,000kW×5軸・計56万kW | |
| 熱効率 | 42.5% | 年間約5万tの燃料節約 |
| 四日市LNG基地の投資額 | 905億円 | 8万klのタンク4基など。1987年10月に第1船が着桟 |
| 営業運転の開始 | 1988年7月 |
出所:中部電力40年史(1991年)
同じ問いに直面した会社
参考文献
- 中部電力20年史(1971年)
- 中部電力40年史(1991年)
- 中部電力 会社年鑑
- 中部電力70年史