横山通夫
中部電力・元取締役社長
社長就任までの出自
社長に選ばれた経緯
抜擢
1961年4月、井上五郎氏の後任として社長に就任した。井上氏はそのまま会長へ回り、1962年版の役員欄には取締役会長として残っている。発足から10年を副社長として井上体制を支えた、序列どおりの昇格である。売上高は就任前年度の1961年3月期で642億円と、1957年3月期の364億円から1.8倍に伸びており、需要が膨らみ続けるなかでの交代だった。
在任中の主な施策
施策
工事の機能を子会社へ出した。1961年11月に中部火力工事、1962年3月に中電工事を設立している。1962年11月には日本原子力発電の取締役に就任し、原子力への関与を始めた。1968年3月には名古屋商工会議所の副会頭を兼ねた。業績は1963年3月期に売上高857億円・経常利益88億円で、就任前年度の642億円・51億円から伸びた。 渥美火力発電所の建設浜岡原子力発電所の建設尾鷲三田火力3号機の増設
在任の評価
評価
執筆予定
経歴 1900〜1969年
在任中の業績
就任前(FY60)643億円
退任時-
変化-
就任前-
退任時-
変化-