横山通夫

中部電力・元取締役社長

Yokoyama Michio(敬称略)

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社長就任 1961年4月
生年月日 1900年1月1日
出自 —
社長就任までの出自
出自

1900年栃木県の生まれ。1922年に慶應義塾大学の理財科を出て九州電灯鉄道へ入社した。1942年の配電統制で中部配電の理事となり、1946年に同社常務取締役。1951年5月の中部電力発足では取締役副社長に就任している。東京帝国大学工学部を出た井上五郎氏が技術系だったのに対し、経理と経営の畑を歩いた。

社長に選ばれた経緯
抜擢

1961年4月、井上五郎氏の後任として社長に就任した。井上氏はそのまま会長へ回り、1962年版の役員欄には取締役会長として残っている。発足から10年を副社長として井上体制を支えた、序列どおりの昇格である。売上高は就任前年度の1961年3月期で642億円と、1957年3月期の364億円から1.8倍に伸びており、需要が膨らみ続けるなかでの交代だった。

在任中の主な施策
施策

工事の機能を子会社へ出した。1961年11月に中部火力工事、1962年3月に中電工事を設立している。1962年11月には日本原子力発電の取締役に就任し、原子力への関与を始めた。1968年3月には名古屋商工会議所の副会頭を兼ねた。業績は1963年3月期に売上高857億円・経常利益88億円で、就任前年度の642億円・51億円から伸びた。 渥美火力発電所の建設浜岡原子力発電所の建設尾鷲三田火力3号機の増設

在任の評価
評価

執筆予定

経歴 1900〜1969年
在任中の業績
就任前(FY60)643億円
退任時-
変化-
就任前-
退任時-
変化-
参考文献 2件

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