川越の決断で目を引くのは、立地の苦労が少なかった地点に、中部電力としても世界としても前例のない技術を載せた組み合わせである。町は8年前に誘致を決議して埋立地を用意しており、申し入れから国の計画への組み入れまでわずか7か月で進んだ。渥美や尾鷲三田で10年を超える紛争を経験した会社にとって、合意の見通しが立つ地点は、大容量の超々臨界圧という技術上の賭けを引き受けられる場所でもあったとみられる。
もっとも、立地が早く進んだことは、運転の開始が早かったことを意味しない。需給の見直しで運転開始は当初の計画から3年余り後ろへずれ、その間に燃料基地の供給源もカナダ産からインドネシアの増量契約へ切り替わった。発電所そのものの合意より、燃料と需要という外側の条件が完成の時期を決めた点に、LNG火力の時代の設備投資の性格が表れているのではないか。