小麦粉の市場規模の推移 | 1980〜2002年度

市場規模がどう推移したか?

緩やかな拡大期(1980〜1994年度)小麦粉の生産量は15年で1割余り増え、山をつけた。1980年度の407.9万トンが底で、1985年度に424.3万トン、1990年度に433.8万トンと年に1%に満たない伸びを続け、1994年度に469.2万トンの山に届いた。

横ばい期(1995〜2002年度)生産量は460万トン台で止まり、伸びが消えた。1995年度の463.3万トンに対し、2000年度は462.3万トン、2002年度は459.1万トンで、山の1994年度から2%ほど低い水準にとどまった。この期間の数字に大きな落ち込みはなく、量の拡大が止まった横ばいの市場である。

上場企業はどう意思決定したか?

生産量が伸びていた1980年代、製粉各社は国内の工場を新設して生産能力を増強した。ニップンは1985年に福岡工場、1989年に竜ヶ崎工場を竣工させ、日東富士製粉の前身の日東製粉は1982年に埼玉工場、1989年に東京工場を新設した。昭和産業は1991年に神港製粉を吸収合併した。同じ時期に日清製粉グループ本社の前身の日清製粉は1989年に米国のロジャーズフーズ社を買収し、海外に参入した。

生産量が横ばいに入った1990年代後半からは、製粉の外と海外に経営資源を振り向けた。ニップンは国内の小麦需要が頭打ちへ向かうなか、1996年に冷凍食品を分社して独立した事業として育て、同年にタイ、2000年に米国のパスタ製造会社を買収した。日清製粉は2001年に全事業を分社して純粋持株会社の傘下に置く分権型経営へ転換した。

その後は製粉・食品と海外製粉へ集中した。日清製粉グループ本社は2008年に医薬事業から撤退し、2019年に豪州最大手の製粉会社を468億10百万円で買収したが、3年後に557億4百万円の減損に至った。

小麦粉 | 国内市場規模・生産量

最新の年 2002年
生産額 n/a
生産量 4,591千トン
生産量(千トン)
年月 生産額単位生産量単位
1980年4月〜翌年3月 n/an/a4,079千トン
1985年4月〜翌年3月 n/an/a4,243千トン
1986年4月〜翌年3月 n/an/a4,231千トン
1987年4月〜翌年3月 n/an/a4,227千トン
1988年4月〜翌年3月 n/an/a4,260千トン
1989年4月〜翌年3月 n/an/a4,284千トン
1990年4月〜翌年3月 n/an/a4,338千トン
1991年4月〜翌年3月 n/an/a4,372千トン
1992年4月〜翌年3月 n/an/a4,363千トン
1993年4月〜翌年3月 n/an/a4,478千トン
1994年4月〜翌年3月 n/an/a4,692千トン
1995年4月〜翌年3月 n/an/a4,633千トン
1996年4月〜翌年3月 n/an/a4,676千トン
1997年4月〜翌年3月 n/an/a4,638千トン
1998年4月〜翌年3月 n/an/a4,593千トン
1999年4月〜翌年3月 n/an/a4,627千トン
2000年4月〜翌年3月 n/an/a4,623千トン
2001年4月〜翌年3月 n/an/a4,607千トン
2002年4月〜翌年3月 n/an/a4,591千トン

主な企業

調査中

注釈

  • 小麦粉: 年度。

出典

期間統計表・資料
1980〜2002 年総務省統計局「日本の長期統計系列」表 08-15「食料品生産量(昭和55年~平成14年)」
考察経済産業省「生産動態統計」(このページの数字)、各社の経営判断の各ページと有価証券報告書の沿革