雅叙園観光の決断社史:経営の意思決定を振り返る

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決断

営業する場所を自ら所有しない会社であった。目黒・新宿・芦屋・奈良の四営業所はすべて他者からの賃借で、最大の収益源となった奈良ドリームランド場内の食堂と売店に至っては、権利金も家賃も払っていない。48億円を要した遊園地の建設を日本ドリーム観光へ預け、場内で商うだけという分業は、松尾國三氏が二社の社長を兼ねていたから成り立った。初期投資を負わない身軽さの代価は、収益の決定権を手放したことにある。1963年には総売上高の57%が奈良の場内から上がり、遊園地の入園者数と天候が決算を動かすようになった。1966年の株主総会で株主が突いたのもこの一点で、投資7億円余のうち6億円余が無配の関係会社株に固定されていた。

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