松尾國三
雅叙園観光・元社長
社長就任 1948年6月
生年月日 —
学歴 —
出自 —
社長就任までの出自
出自
1899年に生まれ、資料は出身を佐賀県とする。1948年4月に富士興業の取締役社長へ就任し、その2か月後の同年6月に雅叙園観光の取締役社長となった。以後も1953年5月に大博劇場、1954年3月に歌舞伎座サービス、1956年9月に千土地興行(のちの日本ドリーム観光)、1957年5月に日映と、興行と観光の会社を重ねて率いた。持株の裏づけもあり、1963年2月末の大株主では本人が7.2%で2位に入り、松尾育英会5.3%、松尾栄之1.7%と一族の名義が並んだ。
社長に選ばれた経緯
抜擢
雅叙園観光は1948年6月15日、戦災を免れた目黒雅叙園を外国人客の宿泊設備として使うため、資本金5000万円で設立された。松尾氏は設立と同時に社長へ就任した創業社長で、前任はいない。ただし目黒の施設そのものは会社の持ち物ではなく、細川力蔵・合資会社雅叙園・細川合名会社の三者から借りていた。建物を出す側ではなく、興行で培った集客と運営を持ち込む側として立ったとみられる。
在任中の主な施策
施策
1949年1月に開いた雅叙園観光ホテルは、ドルと円の両建てで外国人客と日本人客の双方を受け入れ、1953年6月からは米軍専用ホテルとなった。並行して1950年9月に新宿日活地階のレストラン、1953年6月に軽井沢雅叙園ホテルを開業し、1961年7月には奈良ドリームランドの開場にあわせて場内へ食堂と売店を出した。営業所はいずれも賃借で、奈良では売上額の10%を日本ドリーム観光へ納めた。1963年2月期には奈良の食堂・売店が総売上高の57%を占め、最大の収益源になった。
在任の評価
評価
執筆予定
経歴 1948〜1984年
在任中の業績
就任前-
退任時-
変化-
就任前-
退任時-
変化-