苗代亮達氏は、大学在学中に腎臓病を患い、長期入院を経て大学を中退した経歴を持つ。退院後、通常のサラリーマンとして勤め続ける体力的な余裕がないなかで、自分1人でも回せる事業に活路を求めた。苗代氏が手がけた最初の事業は、施工単価4〜5万円の手すり設置・段差解消等を請け負うバリアフリー専門の住宅改修だった。これは、実父・苗代明彦が建築業として営む有限会社アイテム商業建築研究所(1979年設立、2001年8月に株式会社アイテムへ組織変更)のなかで立ち上げられた事業である。苗代氏自身は1999年12月に同社へ入社し、2002年3月に代表取締役へ就任した。後年に苗代氏が語った経営観の根底には、他者と同じことをやっていては成功できないという確信があり、競合の少ない領域で独自ポジションを取る発想は、この最初の事業からすでに表れていた。 [1][2][3][4]
祖業のバリアフリー住宅改修は、小規模な手すり設置・段差解消等の改修工事を中心に請け負った。当時の建設業界では施工単価20万円以下の住宅改修案件を専門に扱う事業者がほとんど存在せず、競合空白地帯で受注を積み上げる事業構造を作った。背景には2000年4月施行の介護保険制度があり、要介護認定を受けた高齢者の住宅改修に対して上限20万円までの保険給付が下りる仕組みが整っていた。介護保険給付の対象工事は単価が小さく従来型の工務店が手を出しにくい一方、保険申請手続きと小口工事の標準化さえできれば、案件件数で稼ぐビジネスとして成立する余地があった。アイテムはこの空白を埋める専門業者として、石川県内で従業員10名規模に成長した。 [5]
2006年9月、苗代氏は通所介護サービスの提供を目的に、サンウェルズの前身となる株式会社ケア・コミュニケーションズを石川県金沢市に設立し、介護事業に参入した。きっかけは古民家を利用したデイサービスの事業モデルに着想を得たことで、建物の新築や全面改修ではなく、既存の古民家を介護施設に転用する手法で初期投資を抑える運営方式が想定された。2000年代後半の介護業界は介護保険制度の浸透で需要が拡大する一方、大手の事業者が都市部の収容人数が多い施設に集中する流れがあり、地方の中規模・小規模施設の運営を担う事業者は分散していた。住宅改修の延長線で高齢者向けサービス事業に踏み込む転換が、ここから始まった。 [6]
2011年4月、ケア・コミュニケーションズは実父の建築会社アイテムの子会社2社を吸収合併して株式会社サンウェルズへ商号変更し、同時にアイテムの子会社となった。苗代氏はこのとき同社代表取締役社長に就任した。介護参入から5年、バリアフリー住宅改修と介護施設運営の2本柱で地方の中堅事業者としての事業基盤を整えた段階だった。日本の介護業界はこの時期、団塊世代が65歳以上に到達し、認知症高齢者の急増と特養待機者の長期化という構造課題が顕在化していた。介護施設の供給は需要に追いつかず、要介護度の高い高齢者ほど受け入れ先が見つからない状況が広がっていた。サンウェルズはこの構造のなかで、より医療依存度の高い患者を専門に受け入れる施設運営に活路を見出そうとしていた段階である。創業地の石川県は人口減少が進む一方で高齢化率が全国平均を上回り、地方発の介護事業者にとって需要の実証実験を行いやすい環境にあった。 [7][8]
https://the-shashi.com/api/companies.json https://the-shashi.com/api/9229/manifest.json https://the-shashi.com/api/9229/history.json https://the-shashi.com/api/9229/timeline.json https://the-shashi.com/api/9229/executives.json https://the-shashi.com/api/9229/shareholders.json https://the-shashi.com/api/9229/financials.json https://the-shashi.com/api/9229/financials-longterm.json https://the-shashi.com/api/9229/segments.json https://the-shashi.com/api/9229/regions.json https://the-shashi.com/api/9229/workforce.json | 時代 | 年月 | 社長・CEO | 出来事 | 重要度 |
|---|---|---|---|---|
| アイテム商業建築研究所を設立 | ★ | |||
| 2001〜2017年腎臓病で大学中退した28歳のバリアフリー工務店 | アイテム商業建築研究所を組織変更しアイテムを設立 | ★ | ||
| 通所介護目的でケア・コミュニケーションズを設立 | ★★ | |||
| 民家型デイサービス「和の家」を開設 | ★ | |||
| 訪問介護目的でセントラルケアスタッフを設立 | ★ | |||
| グループホーム目的でサライを設立しグループホームを開設 | ★ | |||
| 苗代亮達 | 父の建築会社の介護子会社2社の吸収合併と、サンウェルズへの商号変更・傘下入り 2011年4月、苗代亮達氏の株式会社ケア・コミュニケーションズは、実父の建築会社アイテムの子会社2社を吸収合併し、株式会社サンウェルズへ商号変更した。訪問介護のセントラルケアスタッフとグループホームのサライを取り込み、グループ内に分かれていた介護事業を1社へ束ねた再編であった。同時にサンウェルズはアイテムの子会社となり、苗代氏が代表取締役社長に就いた。 詳細を読む | ★★★ | ||
| 苗代亮達 | サンウェルズに商号変更 | ★ | ||
| 苗代亮達 | 株式交換によりアイテムを子会社化 | ★ | ||
| 2018〜2024年パーキンソン病特化「PDハウス」モデルの確立と急成長 | 苗代亮達 | パーキンソン病患者専門フロア「リライフ白山」を開設 | ★★ | |
| 苗代亮達 | パーキンソン病専門住宅型有料老人ホームPDハウス野芥を開設 | ★ | ||
| 苗代亮達 | パーキンソン病専門ホームPDハウス西野を開設 | ★ | ||
| 苗代亮達 | パーキンソン病専門住宅PDハウスの全国展開に向けた東証グロース市場への上場 2022年6月27日、サンウェルズは東京証券取引所グロース市場へ株式を上場した。公開価格は1株1,940円、主幹事は野村證券で、公募176万1,000株による調達資金の使途に新規施設の設備資金と借入金返済を掲げた。パーキンソン病専門の住宅型有料老人ホームPDハウスを全国へ広げる成長資金を、公開市場に求めた資本政策であった。 詳細を読む | ★★★ | ||
| 2024年〜訪問看護の不適切請求問題と新体制での構造改革(2024〜現在) | 苗代亮達 | 訪問看護報酬の不適切請求問題が表面化し中期経営計画を取り下げ | ★★ | |
| 苗代亮達 | 訪問看護の不適切請求問題を受けた中期経営計画の取り下げと訪問看護体制の全面見直し 2025年、サンウェルズは主力のホスピス住宅『PDハウス』における訪問看護の診療報酬について、特別調査委員会から総額約28億円の不正請求を認定された。これを受け、苗代亮達社長は同年5月の決算説明会で中期経営計画を取り下げ、全施設で訪問看護の運営体制を見直す方針を示した。医療保険売上を積み上げる収益構造の作り替えを迫られた経営判断である。 詳細を読む | ★★★ |
免責事項およびポリシー
事実根拠:出所(サンウェルズ)