中村邦夫

パナソニック・元取締役社長

Nakamura Kunio(敬称略)

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社長就任 2000年6月
生年月日 —
出自 —
社長就任までの出自
出自

2000年6月に取締役社長へ就任した。1977年2月の山下俊彦氏以降、四代続けて生え抜きからの登用である。2006年3月末の大株主はモックスレイ・アンド・カンパニー7.46%、日本マスタートラスト信託銀行5.73%、日本トラスティ・サービス信託銀行5.24%、日本生命保険2.73%と信託銀行や機関投資家が並び、創業家の名は上位10位に現れない。

社長に選ばれた経緯
抜擢

ソニーの平面ブラウン管テレビに松下のテレビが競争劣位に置かれる現場が、中村氏の危機感の起点となった。1990年代の松下電器は有利子負債を1兆円規模で圧縮して財務を立て直した半面、成長を欠いて売上高でソニーに逆転を許していた。就任前年度の2000年3月期の連結売上高は7兆2,993億円で、1998年3月期の7兆8,906億円から目減りしている。中村氏は現状を肯定して少しずつ改善する積み上げ方式の再建計画を退けた。

在任中の主な施策
施策

2001年4月に松下電子工業を本体へ合併し、2002年10月には松下通信工業など主要五社を株式交換で完全子会社化した。分社による自主責任経営は松下幸之助氏が残した聖域とされてきた。早期退職により1万人強がグループを去った。2003年4月にはグローバルブランドを「Panasonic」へ統一し、2004年4月には松下電工とパナホームを連結子会社化している。次世代テレビの主力をプラズマディスプレイと定め、兵庫県尼崎市に専用工場を建設した。 「破壊と創造」の断行

在任の評価
評価

執筆予定

経歴 2000〜2006年
在任中の業績 FY99→FY05
就任前(FY99)72,993億円
退任時(FY05)88,943億円
変化(6カ年)+22%
就任前-
退任時(FY05)4.7%
変化-

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