松下正治

パナソニック・元取締役社長

Matsushita Masaharu(敬称略)

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社長就任 1961年1月
生年月日 —
学歴 東京帝国大学
出自 —
社長就任までの出自
出自

1961年1月に取締役社長へ就任した。就任直前の1960年11月時点の大株主は、松下幸之助氏の6.6%を筆頭に三菱信託銀行5.8%、住友生命3.9%、住友銀行3.0%、東洋信託銀行3.0%と並び、本人名義の持株は上位10位に現れない。創業家の一員として経営を預かる一方、資本は創業者個人と金融機関が握っていた。

社長に選ばれた経緯
抜擢

前任は創業者の松下幸之助氏で、幸之助氏は会長へ就任した。就任後も創業者の関与は続いた。1964年に東京オリンピック後の反動で家電の市況が悪化し、販売会社と代理店の多くが赤字へ沈むと、同年7月に熱海のニュー富士屋ホテルへ全国の販売会社・代理店の社長を集めたのは会長の幸之助氏であった。会談後、幸之助氏は病気療養中の安川洋副社長に代わって営業本部長代行に就任している。1977年2月の山下俊彦氏の社長起用も、幸之助氏と松下正治氏、高橋荒太郎会長の三人で決めた。

在任中の主な施策
施策

在任中は製造部門を子会社として切り出す形で垂直統合を組み上げた。1969年11月に松下寿電子工業を設立し、1976年1月には松下電子部品を設立して電子部品製造部門を分離した。1977年1月には松下住設機器と松下産業機器を設立し、住宅設備機器と産業機器の製造部門を移している。各社は事業部制の延長として独立採算で運営された。資金調達では1971年12月にニューヨーク証券取引所へ株式を上場し、1975年12月に米貨建転換社債を額面総額1億ドル発行した。

在任の評価
評価

執筆予定

経歴 1961〜1977年
在任中の業績
就任前(FY59)1,054億円
退任時-
変化-
就任前-
退任時-
変化-

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