この合併で残ったのは、名ではなく網だったのだろう。先に免許を得たのは(旧)日本テレコムで、設立も2年早い。それでも法人として生き延びたのは、国鉄の分割民営化に合わせて作られ、線路沿いの基幹通信網をそのまま承継した鉄道通信のほうであった。通信事業で新規参入者が最も金と時間を要するのは全国の伝送路を敷くことで、それを国有財産の承継という形で手にしていた会社を消す理由はない。法人格は網を持つ側に残し、市場で通る名は相手から受け取る。二社を並立させたまま役割を分ける道を捨て、資産の側から法人を選んだ判断だった。
もっとも、会社が残しているのはこの骨格だけである。合併比率も交付金も、承継した資産負債の額も、公表資料に残るのは日付と商号の変更だけで、条件の数字は残っていない。判断の当否を当時の財務で検証する材料はない。代わりに残ったのは、鉄道通信の設立から数えた期が一度も途切れていないことである。2025年3月期は第40期にあたり、その第1期は国鉄の網を継いで営業を開始した1987年3月期になる。商号はその後も幾度となく変わったが、法人としての起点は、いまも網を継いだ年度に置かれている。