ANAホールディングス:スターアライアンス加盟と6期ぶりの純損失
1999年〜スターアライアンス加盟と、野村吉三郎氏の国内回帰
全日本空輸(全日空)は1999年10月、ユナイテッド航空とルフトハンザ・ドイツ航空を含む6社の航空連合、スターアライアンスに加盟した。歴代社長は国際線の累積赤字を、路線の拡大と増便で解消しようとしてきた。全日空は新規参入による価格競争で収益を減らし、1998年3月期に30年ぶりの無配に転じた。社長の野村吉三郎氏は加盟を機に、コードシェアで提携先の便を使い、路線網を補う方針へ切り替えた。野村吉三郎氏は2000年、加盟による増収効果を年間100億円程度と見込んだ。自社便を増やし続けるより、提携先の路線網を使うほうが機材と人員への投資を抑えられると判断したのだろう。
- Decide 1999年
- [1]全日空の国際線は供給力で毎年2桁伸びたが収益性は低く、歴代社長は累積赤字を路線拡大と増便で解消しようとした。1999年10月にユナイテッド航空・ルフトハンザなど6社のスターアライアンスへ正式加盟し、共通サービスに加えコードシェア・共同宣伝を進める方針
- [2]全日空の国際線は供給力で毎年2桁伸びたが収益性は低く、歴代社長は累積赤字を路線拡大と増便で解消しようとした。1999年10月にユナイテッド航空・ルフトハンザなど6社のスターアライアンスへ正式加盟し、共通サービスに加えコードシェア・共同宣伝を進める方針
- [4]全日空の国際線は供給力で毎年2桁伸びたが収益性は低く、歴代社長は累積赤字を路線拡大と増便で解消しようとした。1999年10月にユナイテッド航空・ルフトハンザなど6社のスターアライアンスへ正式加盟し、共通サービスに加えコードシェア・共同宣伝を進める方針
- 日経ビジネス 2001年4月2日号
- [3]新規航空会社の参入で価格競争が激化して収益が減少し、1998年3月期から30年ぶりに無配
- 日経ビジネス 2000年7月3日号
- [5]野村吉三郎社長は2000年、前年のスターアライアンス加盟で年間100億円程度の増収効果を見込むと説明
全日空は2000年3月期に、連結売上高1兆2096億円に対して152億円の当期純損失を計上した。1999年10月時点で、原油の値上がりは全日空に年間100億円の負担増をもたらすと見込まれていた。機材の購入で有利子負債は1兆1100億円に膨らみ、株価は日本航空と100円を超える差がついた。全日空は赤字の続いた関西国際空港発のフランクフルト線とロンドン線を、2000年10月末に休止すると決めた。関西発のアジア路線は休眠中の子会社を組み替えて移し、本体より3割程度低い費用で運航する計画とした。国際線を縮めても、機材投資の負担と燃料費の上昇が重なり、利益の回復は2001年3月期まで遅れたとみられる。
- 会社年鑑(全日本空輸 2000年3月期 連結業績)
- [6]2000年3月期 連結売上高1兆2096億円・当期純損失152億円
- 日経ビジネス 1999年10月18日号
- [7]1999年10月、原油価格の上昇で全日本空輸は今期約100億円の収益悪化要因を見込む
- 日経ビジネス 2000年7月3日号
- [8]2000年時点で連結有利子負債1兆1100億円、株価は日本航空と100円超の差。関空発フランクフルト・ロンドン便を2000年10月末から休止(20億円程度の利益改善見込み)、関空発アジア路線は休眠子会社WACを組み替えて本体より3割程度低いコストで運航する計画
- [9]2000年時点で連結有利子負債1兆1100億円、株価は日本航空と100円超の差。関空発フランクフルト・ロンドン便を2000年10月末から休止(20億円程度の利益改善見込み)、関空発アジア路線は休眠子会社WACを組み替えて本体より3割程度低いコストで運航する計画
- [10]2000年時点で連結有利子負債1兆1100億円、株価は日本航空と100円超の差。関空発フランクフルト・ロンドン便を2000年10月末から休止(20億円程度の利益改善見込み)、関空発アジア路線は休眠子会社WACを組み替えて本体より3割程度低いコストで運航する計画
参考文献[1]-[10]
- Decide 1999年
- [1]全日空の国際線は供給力で毎年2桁伸びたが収益性は低く、歴代社長は累積赤字を路線拡大と増便で解消しようとした。1999年10月にユナイテッド航空・ルフトハンザなど6社のスターアライアンスへ正式加盟し、共通サービスに加えコードシェア・共同宣伝を進める方針
- [2]全日空の国際線は供給力で毎年2桁伸びたが収益性は低く、歴代社長は累積赤字を路線拡大と増便で解消しようとした。1999年10月にユナイテッド航空・ルフトハンザなど6社のスターアライアンスへ正式加盟し、共通サービスに加えコードシェア・共同宣伝を進める方針
- [4]全日空の国際線は供給力で毎年2桁伸びたが収益性は低く、歴代社長は累積赤字を路線拡大と増便で解消しようとした。1999年10月にユナイテッド航空・ルフトハンザなど6社のスターアライアンスへ正式加盟し、共通サービスに加えコードシェア・共同宣伝を進める方針
- 日経ビジネス 2001年4月2日号
- [3]新規航空会社の参入で価格競争が激化して収益が減少し、1998年3月期から30年ぶりに無配
- 日経ビジネス 2000年7月3日号
- [5]野村吉三郎社長は2000年、前年のスターアライアンス加盟で年間100億円程度の増収効果を見込むと説明
- [8]2000年時点で連結有利子負債1兆1100億円、株価は日本航空と100円超の差。関空発フランクフルト・ロンドン便を2000年10月末から休止(20億円程度の利益改善見込み)、関空発アジア路線は休眠子会社WACを組み替えて本体より3割程度低いコストで運航する計画
- [9]2000年時点で連結有利子負債1兆1100億円、株価は日本航空と100円超の差。関空発フランクフルト・ロンドン便を2000年10月末から休止(20億円程度の利益改善見込み)、関空発アジア路線は休眠子会社WACを組み替えて本体より3割程度低いコストで運航する計画
- [10]2000年時点で連結有利子負債1兆1100億円、株価は日本航空と100円超の差。関空発フランクフルト・ロンドン便を2000年10月末から休止(20億円程度の利益改善見込み)、関空発アジア路線は休眠子会社WACを組み替えて本体より3割程度低いコストで運航する計画
- 会社年鑑(全日本空輸 2000年3月期 連結業績)
- [6]2000年3月期 連結売上高1兆2096億円・当期純損失152億円
- 日経ビジネス 1999年10月18日号
- [7]1999年10月、原油価格の上昇で全日本空輸は今期約100億円の収益悪化要因を見込む
2001年〜大橋洋治氏の「アジアのA」と、日本航空・日本エアシステム統合への対抗
2001年4月、野村吉三郎氏が会長に就任し、副社長兼販売本部長を務めた大橋洋治氏(61歳)が社長に就任した。前年の2000年2月に国内線の運賃が認可制から届け出制へ移り、1便に設定できる運賃の種類が増えていた。大橋洋治氏の率いる販売本部は1999年7月にディーリング部を設け、季節や曜日ごとの運賃設定を研究した。研究の成果として、販売本部は2000年4月に国内線の全区間を1万円均一とする割引運賃「超割」を投入した。全日空の2001年3月期は連結売上高1兆2796億円、経常利益635億円、当期純利益403億円に回復した。会長の野村吉三郎氏は、1995年から2年間のニューヨーク駐在も後継者を選ぶ理由の1つだったと認めた。
- 日経ビジネス 2001年4月2日号
- [11]2001年4月1日に大橋洋治氏(前副社長兼販売本部長)が社長、野村吉三郎氏が会長に就任。販売本部は1999年7月にディーリング部を新設し、2000年4月に国内線1万円均一の「超割」を導入。野村会長は1995年からのニューヨーク駐在が後継者選びのポイントの1つだったと認めた
- [13]2001年4月1日に大橋洋治氏(前副社長兼販売本部長)が社長、野村吉三郎氏が会長に就任。販売本部は1999年7月にディーリング部を新設し、2000年4月に国内線1万円均一の「超割」を導入。野村会長は1995年からのニューヨーク駐在が後継者選びのポイントの1つだったと認めた
- [14]2001年4月1日に大橋洋治氏(前副社長兼販売本部長)が社長、野村吉三郎氏が会長に就任。販売本部は1999年7月にディーリング部を新設し、2000年4月に国内線1万円均一の「超割」を導入。野村会長は1995年からのニューヨーク駐在が後継者選びのポイントの1つだったと認めた
- [16]2001年4月1日に大橋洋治氏(前副社長兼販売本部長)が社長、野村吉三郎氏が会長に就任。販売本部は1999年7月にディーリング部を新設し、2000年4月に国内線1万円均一の「超割」を導入。野村会長は1995年からのニューヨーク駐在が後継者選びのポイントの1つだったと認めた
- 日経ビジネス 2004年2月16日号
- [12]2000年2月、国内線の航空運賃が認可制から届け出制に移行し、1便に設定される運賃の種類が増えた
- 会社年鑑(全日本空輸 2001年3月期 連結業績)
- [15]2001年3月期 連結売上高1兆2796億円・経常利益635億円・当期純利益403億円
2001年11月、日本航空と日本エアシステムが経営統合を発表し、全日空は翌12月に反対の上申書を公正取引委員会に提出した。両社は2002年10月に日本航空システムを発足させ、国内線の便数で全日空とほぼ並んだ。社長の大橋洋治氏は2002年1月、アジアでの全日空の規模が日本航空の4分の1から5分の1にとどまると認めた。大橋洋治氏は国際線の赤字の原因を北米から先の接続が弱い路線網に求め、『今後は選択と集中で経営資源をアジアにシフトさせる』と述べた。2002年4月の成田空港の暫定滑走路の供用に合わせ、シンガポール線を1日1便、香港線と上海線を1日2便とする計画を示した。全日空は2003年3月期に、連結当期純損失283億円を計上した。
- 日経ビジネス 2002年1月14日号
- [17]2001年11月に日航・日本エアが経営統合を発表し、全日空は2001年12月に反対の上申書を公正取引委員会に提出。大橋洋治社長は2002年1月、アジアでの規模は日航の4分の1〜5分の1程度と認め、国際線赤字の一因を北米以遠の接続の弱さとし、経営資源をアジアへ移すと表明。2002年4月の成田暫定滑走路供用でシンガポール1日1便、香港・上海1日2便とする計画
- [19]2001年11月に日航・日本エアが経営統合を発表し、全日空は2001年12月に反対の上申書を公正取引委員会に提出。大橋洋治社長は2002年1月、アジアでの規模は日航の4分の1〜5分の1程度と認め、国際線赤字の一因を北米以遠の接続の弱さとし、経営資源をアジアへ移すと表明。2002年4月の成田暫定滑走路供用でシンガポール1日1便、香港・上海1日2便とする計画
- [20]2001年11月に日航・日本エアが経営統合を発表し、全日空は2001年12月に反対の上申書を公正取引委員会に提出。大橋洋治社長は2002年1月、アジアでの規模は日航の4分の1〜5分の1程度と認め、国際線赤字の一因を北米以遠の接続の弱さとし、経営資源をアジアへ移すと表明。2002年4月の成田暫定滑走路供用でシンガポール1日1便、香港・上海1日2便とする計画
- [21]2001年11月に日航・日本エアが経営統合を発表し、全日空は2001年12月に反対の上申書を公正取引委員会に提出。大橋洋治社長は2002年1月、アジアでの規模は日航の4分の1〜5分の1程度と認め、国際線赤字の一因を北米以遠の接続の弱さとし、経営資源をアジアへ移すと表明。2002年4月の成田暫定滑走路供用でシンガポール1日1便、香港・上海1日2便とする計画
- 日経ビジネス 2004年2月16日号
- [18]2002年10月に日本航空と日本エアシステムの統合で日本航空システムが発足し、JAL陣営が国内線の便数で全日空とほぼ互角に
- 全日本空輸 有価証券報告書(2003年3月期)
- [22]2003年3月期 連結売上高1兆2159億円・経常損失172億円・当期純損失283億円
全日空は2003年2月、2005年度までに固定費を300億円削減する計画を発表し、うち200億円を管理職の給与と退職金の減額で賄うとした。2004年4月からはエアーニッポンとエアーニッポンネットワークの運航便もANA便名とし、国内線の便数で日本航空システムを下回らないようにした。大橋洋治氏は、日本航空システムと国内線の便数が並んだことを受け、『当社は量的な競争から質的な競争に経営の軸を改めなくてはならない』と述べた。大橋洋治氏は就任後、2004年3月期の復配を公約に掲げていた。同期の全日空の連結当期純利益は248億円となり、前期の純損失283億円から黒字に転じた。便数の拡大で競うのをやめ、顧客単価と費用で差を広げる方針へ切り替えたと推察される。
- 日経ビジネス 2004年2月16日号
- [23]2003年2月に2005年度までの固定費300億円削減策を発表(機材統合による整備費100億円、管理職の給与・退職金減額200億円)。2004年4月からエアーニッポン・エアーニッポンネットワークの運航便もANA便名とし、国内線便数でJALに逆転されるのを防ぐ。大橋社長は2004年3月期の復配を公約とし、量的競争から質的競争へ経営の軸を改めると表明
- [24]2003年2月に2005年度までの固定費300億円削減策を発表(機材統合による整備費100億円、管理職の給与・退職金減額200億円)。2004年4月からエアーニッポン・エアーニッポンネットワークの運航便もANA便名とし、国内線便数でJALに逆転されるのを防ぐ。大橋社長は2004年3月期の復配を公約とし、量的競争から質的競争へ経営の軸を改めると表明
- [25]2003年2月に2005年度までの固定費300億円削減策を発表(機材統合による整備費100億円、管理職の給与・退職金減額200億円)。2004年4月からエアーニッポン・エアーニッポンネットワークの運航便もANA便名とし、国内線便数でJALに逆転されるのを防ぐ。大橋社長は2004年3月期の復配を公約とし、量的競争から質的競争へ経営の軸を改めると表明
- [26]2003年2月に2005年度までの固定費300億円削減策を発表(機材統合による整備費100億円、管理職の給与・退職金減額200億円)。2004年4月からエアーニッポン・エアーニッポンネットワークの運航便もANA便名とし、国内線便数でJALに逆転されるのを防ぐ。大橋社長は2004年3月期の復配を公約とし、量的競争から質的競争へ経営の軸を改めると表明
- 全日本空輸 有価証券報告書(2004年3月期)
- [27]2004年3月期 連結売上高1兆2175億円・経常利益334億円・当期純利益248億円(2003年3月期は当期純損失283億円)
参考文献[11]-[27]
- 日経ビジネス 2001年4月2日号
- [11]2001年4月1日に大橋洋治氏(前副社長兼販売本部長)が社長、野村吉三郎氏が会長に就任。販売本部は1999年7月にディーリング部を新設し、2000年4月に国内線1万円均一の「超割」を導入。野村会長は1995年からのニューヨーク駐在が後継者選びのポイントの1つだったと認めた
- [13]2001年4月1日に大橋洋治氏(前副社長兼販売本部長)が社長、野村吉三郎氏が会長に就任。販売本部は1999年7月にディーリング部を新設し、2000年4月に国内線1万円均一の「超割」を導入。野村会長は1995年からのニューヨーク駐在が後継者選びのポイントの1つだったと認めた
- [14]2001年4月1日に大橋洋治氏(前副社長兼販売本部長)が社長、野村吉三郎氏が会長に就任。販売本部は1999年7月にディーリング部を新設し、2000年4月に国内線1万円均一の「超割」を導入。野村会長は1995年からのニューヨーク駐在が後継者選びのポイントの1つだったと認めた
- [16]2001年4月1日に大橋洋治氏(前副社長兼販売本部長)が社長、野村吉三郎氏が会長に就任。販売本部は1999年7月にディーリング部を新設し、2000年4月に国内線1万円均一の「超割」を導入。野村会長は1995年からのニューヨーク駐在が後継者選びのポイントの1つだったと認めた
- 日経ビジネス 2004年2月16日号
- [12]2000年2月、国内線の航空運賃が認可制から届け出制に移行し、1便に設定される運賃の種類が増えた
- [18]2002年10月に日本航空と日本エアシステムの統合で日本航空システムが発足し、JAL陣営が国内線の便数で全日空とほぼ互角に
- [23]2003年2月に2005年度までの固定費300億円削減策を発表(機材統合による整備費100億円、管理職の給与・退職金減額200億円)。2004年4月からエアーニッポン・エアーニッポンネットワークの運航便もANA便名とし、国内線便数でJALに逆転されるのを防ぐ。大橋社長は2004年3月期の復配を公約とし、量的競争から質的競争へ経営の軸を改めると表明
- [24]2003年2月に2005年度までの固定費300億円削減策を発表(機材統合による整備費100億円、管理職の給与・退職金減額200億円)。2004年4月からエアーニッポン・エアーニッポンネットワークの運航便もANA便名とし、国内線便数でJALに逆転されるのを防ぐ。大橋社長は2004年3月期の復配を公約とし、量的競争から質的競争へ経営の軸を改めると表明
- [25]2003年2月に2005年度までの固定費300億円削減策を発表(機材統合による整備費100億円、管理職の給与・退職金減額200億円)。2004年4月からエアーニッポン・エアーニッポンネットワークの運航便もANA便名とし、国内線便数でJALに逆転されるのを防ぐ。大橋社長は2004年3月期の復配を公約とし、量的競争から質的競争へ経営の軸を改めると表明
- [26]2003年2月に2005年度までの固定費300億円削減策を発表(機材統合による整備費100億円、管理職の給与・退職金減額200億円)。2004年4月からエアーニッポン・エアーニッポンネットワークの運航便もANA便名とし、国内線便数でJALに逆転されるのを防ぐ。大橋社長は2004年3月期の復配を公約とし、量的競争から質的競争へ経営の軸を改めると表明
- 会社年鑑(全日本空輸 2001年3月期 連結業績)
- [15]2001年3月期 連結売上高1兆2796億円・経常利益635億円・当期純利益403億円
- 日経ビジネス 2002年1月14日号
- [17]2001年11月に日航・日本エアが経営統合を発表し、全日空は2001年12月に反対の上申書を公正取引委員会に提出。大橋洋治社長は2002年1月、アジアでの規模は日航の4分の1〜5分の1程度と認め、国際線赤字の一因を北米以遠の接続の弱さとし、経営資源をアジアへ移すと表明。2002年4月の成田暫定滑走路供用でシンガポール1日1便、香港・上海1日2便とする計画
- [19]2001年11月に日航・日本エアが経営統合を発表し、全日空は2001年12月に反対の上申書を公正取引委員会に提出。大橋洋治社長は2002年1月、アジアでの規模は日航の4分の1〜5分の1程度と認め、国際線赤字の一因を北米以遠の接続の弱さとし、経営資源をアジアへ移すと表明。2002年4月の成田暫定滑走路供用でシンガポール1日1便、香港・上海1日2便とする計画
- [20]2001年11月に日航・日本エアが経営統合を発表し、全日空は2001年12月に反対の上申書を公正取引委員会に提出。大橋洋治社長は2002年1月、アジアでの規模は日航の4分の1〜5分の1程度と認め、国際線赤字の一因を北米以遠の接続の弱さとし、経営資源をアジアへ移すと表明。2002年4月の成田暫定滑走路供用でシンガポール1日1便、香港・上海1日2便とする計画
- [21]2001年11月に日航・日本エアが経営統合を発表し、全日空は2001年12月に反対の上申書を公正取引委員会に提出。大橋洋治社長は2002年1月、アジアでの規模は日航の4分の1〜5分の1程度と認め、国際線赤字の一因を北米以遠の接続の弱さとし、経営資源をアジアへ移すと表明。2002年4月の成田暫定滑走路供用でシンガポール1日1便、香港・上海1日2便とする計画
- 全日本空輸 有価証券報告書(2003年3月期)
- [22]2003年3月期 連結売上高1兆2159億円・経常損失172億円・当期純損失283億円
- 全日本空輸 有価証券報告書(2004年3月期)
- [27]2004年3月期 連結売上高1兆2175億円・経常利益334億円・当期純利益248億円(2003年3月期は当期純損失283億円)
2005年〜山元峯生氏が手放したホテル事業と2008年の中期経営戦略、6期ぶりの純損失
山元峯生氏は2005年4月、大橋洋治氏の後任として全日空の代表取締役社長に就任した。全日空は2006〜09年度中期経営戦略で国際線旅客と貨物郵便に経営資源を集中するとし、2007年6月にホテル事業を売却した。全日空は2008年3月期に、連結営業利益844億円、当期純利益641億円を計上した。ホテル事業資産の売却益で十分な利益を確保できたとして、同期の配当は1株5円とした。山元峯生氏は2007年10月のトップメッセージで、『アジアでクオリティ、顧客満足、価値創造でNo.1のエアラインになる』との目標を示した。航空と関係の薄い資産を現金に換え、2010年の発着枠拡大に向けた機材投資の余力を確保したと思われる。
- 全日本空輸 有価証券報告書(2006年3月期)【役員の状況】
- [28]2005年4月 山元峯生氏が代表取締役社長に就任(前任は大橋洋治氏)
- 全日本空輸 CSRレポート2007(2007年10月)
- [29]ANAグループ2006〜09年度中期経営戦略は2010年10月の羽田再拡張までを準備期間とし、国際線旅客・貨物郵便の成長分野に経営資源を集中投下。間接固定費を2007年度までに100億円削減。ホテル事業は2007年6月に売却。2007年10月付トップメッセージでアジアNo.1のビジョンを掲げる
- [32]ANAグループ2006〜09年度中期経営戦略は2010年10月の羽田再拡張までを準備期間とし、国際線旅客・貨物郵便の成長分野に経営資源を集中投下。間接固定費を2007年度までに100億円削減。ホテル事業は2007年6月に売却。2007年10月付トップメッセージでアジアNo.1のビジョンを掲げる
- 全日本空輸 有価証券報告書(2008年3月期)
- [30]2008年3月期 連結売上高1兆4878億円・営業利益844億円・当期純利益641億円
- 全日本空輸 2008年3月期 決算説明会 主な質疑応答(2008年5月)
- [31]2007年度はホテル事業資産の売却益により十分な当期利益を確保したため5円配当とした
全日空は2008年2月1日、2008〜2011年度の中期経営戦略を発表した。2011年度の目標には、連結営業利益1,200億円以上、売上高営業利益率7%以上、顧客満足度指標でのアジアNo.1を掲げた。成田空港の拡張は2010年3月、羽田空港の拡張は2010年10月に予定され、全日空は増える発着枠で増便する計画とした。2008〜2009年度は先行投資の期間とし、B787を含む省燃費機材59機の導入に航空機投資6,300億円を充てる計画とした。2008年5月には、B787初号機の受領が2009年7〜9月期にずれ込むと説明し、2008年度の配当予定を5円から3円に下げた。全日空は『2010 年の飛躍的な成長のための多額の先行投資が、中期経営戦略において肝要な点であることに変わりはありません』と説明した。
- 全日本空輸 08-11中期経営戦略説明会資料(2008年2月)
- [33]2008年2月1日に08-11中期経営戦略を発表。2011年度に連結営業利益1,200億円以上・売上高営業利益率7%以上・総資産営業利益率6%以上・顧客満足度指標アジアNo.1。成田拡張2010年3月・羽田拡張2010年10月の増枠を獲得して増便し、2008・2009年度は先行投資のステージ
- [34]2008年2月1日に08-11中期経営戦略を発表。2011年度に連結営業利益1,200億円以上・売上高営業利益率7%以上・総資産営業利益率6%以上・顧客満足度指標アジアNo.1。成田拡張2010年3月・羽田拡張2010年10月の増枠を獲得して増便し、2008・2009年度は先行投資のステージ
- [35]2008年2月1日に08-11中期経営戦略を発表。2011年度に連結営業利益1,200億円以上・売上高営業利益率7%以上・総資産営業利益率6%以上・顧客満足度指標アジアNo.1。成田拡張2010年3月・羽田拡張2010年10月の増枠を獲得して増便し、2008・2009年度は先行投資のステージ
- 全日本空輸 中期経営戦略・2008年3月期第3四半期決算説明会 主な質疑応答(2008年2月)
- [36]航空機の設備投資6,300億円で省燃費機材(B787・B737-700/-800・B777-300ER)計59機を導入。IT投資約1,200億円を2008〜2009年度に先行実施
- 全日本空輸 2008年3月期 決算説明会 主な質疑応答(2008年5月)
- [37]2008年5月、B787初号機の受領予定が2009年7-9月期に遅延と説明。2008年度配当予定を5円から3円へ減配。2010年の成長に向けた先行投資が中期経営戦略の要である点は変わらないと説明
- [38]2008年5月、B787初号機の受領予定が2009年7-9月期に遅延と説明。2008年度配当予定を5円から3円へ減配。2010年の成長に向けた先行投資が中期経営戦略の要である点は変わらないと説明
全日空は2009年1月30日、2009年3月期の当期純利益の予想を170億円から90億円の損失に改めた。下期の緊急コスト削減策に加え、役員報酬の削減やムンバイ線と成田-上海線の減便を含む第4四半期の追加策を実施した。2009年3月期は連結営業利益76億円にとどまり、2003年3月期以来6期ぶりに当期純損失42億円を計上した。2009年4月、山元峯生氏の後任として伊東信一郎氏が社長に就任した。同月の決算説明会で全日空は、国際線のビジネスクラス旅客数が前年比30%程度減少していると説明した。需要が戻らなければ、全日空は『変動費もカバーできない路線は休止するなど、大胆な路線の見直しなども実施をせざるをえない』と説明した。
- 全日本空輸 2009年3月期第3四半期決算・今後の経営戦略(2009年1月)
- [39]2009年1月30日、2008年度通期予想を営業利益550億円→80億円、当期純利益170億円→△90億円に修正。下期の緊急コスト削減策に加え、役員報酬削減・宣伝費削減とムンバイ線・成田-上海線の減便などの第4四半期追加策を実施し、『09年度緊急対策プラン』を策定
- [40]2009年1月30日、2008年度通期予想を営業利益550億円→80億円、当期純利益170億円→△90億円に修正。下期の緊急コスト削減策に加え、役員報酬削減・宣伝費削減とムンバイ線・成田-上海線の減便などの第4四半期追加策を実施し、『09年度緊急対策プラン』を策定
- 全日本空輸 有価証券報告書(2009年3月期・2003年3月期)
- [41]2009年3月期 連結売上高1兆3925億円・営業利益76億円・経常利益1億円・当期純損失42億円(2004〜2008年3月期は当期純利益、2003年3月期は当期純損失283億円)
- 全日本空輸 有価証券報告書(2009年3月期)【役員の状況】
- [42]2009年4月 伊東信一郎氏が代表取締役社長に就任(前任は山元峯生氏)
- 全日本空輸 2009年3月期 決算説明会 主な質疑応答(2009年4月)
- [43]2009年4月、国際線ビジネスクラス旅客数は足元で前年比30%程度の落ち込み。需要が戻らない場合は変動費もカバーできない路線の休止など大胆な路線見直しを実施せざるを得ないと説明
- [44]2009年4月、国際線ビジネスクラス旅客数は足元で前年比30%程度の落ち込み。需要が戻らない場合は変動費もカバーできない路線の休止など大胆な路線見直しを実施せざるを得ないと説明
参考文献[28]-[44]
- 全日本空輸 有価証券報告書(2006年3月期)【役員の状況】
- [28]2005年4月 山元峯生氏が代表取締役社長に就任(前任は大橋洋治氏)
- [29]ANAグループ2006〜09年度中期経営戦略は2010年10月の羽田再拡張までを準備期間とし、国際線旅客・貨物郵便の成長分野に経営資源を集中投下。間接固定費を2007年度までに100億円削減。ホテル事業は2007年6月に売却。2007年10月付トップメッセージでアジアNo.1のビジョンを掲げる
- [32]ANAグループ2006〜09年度中期経営戦略は2010年10月の羽田再拡張までを準備期間とし、国際線旅客・貨物郵便の成長分野に経営資源を集中投下。間接固定費を2007年度までに100億円削減。ホテル事業は2007年6月に売却。2007年10月付トップメッセージでアジアNo.1のビジョンを掲げる
- 全日本空輸 有価証券報告書(2008年3月期)
- [30]2008年3月期 連結売上高1兆4878億円・営業利益844億円・当期純利益641億円
- [31]2007年度はホテル事業資産の売却益により十分な当期利益を確保したため5円配当とした
- [37]2008年5月、B787初号機の受領予定が2009年7-9月期に遅延と説明。2008年度配当予定を5円から3円へ減配。2010年の成長に向けた先行投資が中期経営戦略の要である点は変わらないと説明
- [38]2008年5月、B787初号機の受領予定が2009年7-9月期に遅延と説明。2008年度配当予定を5円から3円へ減配。2010年の成長に向けた先行投資が中期経営戦略の要である点は変わらないと説明
- [33]2008年2月1日に08-11中期経営戦略を発表。2011年度に連結営業利益1,200億円以上・売上高営業利益率7%以上・総資産営業利益率6%以上・顧客満足度指標アジアNo.1。成田拡張2010年3月・羽田拡張2010年10月の増枠を獲得して増便し、2008・2009年度は先行投資のステージ
- [34]2008年2月1日に08-11中期経営戦略を発表。2011年度に連結営業利益1,200億円以上・売上高営業利益率7%以上・総資産営業利益率6%以上・顧客満足度指標アジアNo.1。成田拡張2010年3月・羽田拡張2010年10月の増枠を獲得して増便し、2008・2009年度は先行投資のステージ
- [35]2008年2月1日に08-11中期経営戦略を発表。2011年度に連結営業利益1,200億円以上・売上高営業利益率7%以上・総資産営業利益率6%以上・顧客満足度指標アジアNo.1。成田拡張2010年3月・羽田拡張2010年10月の増枠を獲得して増便し、2008・2009年度は先行投資のステージ
- [36]航空機の設備投資6,300億円で省燃費機材(B787・B737-700/-800・B777-300ER)計59機を導入。IT投資約1,200億円を2008〜2009年度に先行実施
- [39]2009年1月30日、2008年度通期予想を営業利益550億円→80億円、当期純利益170億円→△90億円に修正。下期の緊急コスト削減策に加え、役員報酬削減・宣伝費削減とムンバイ線・成田-上海線の減便などの第4四半期追加策を実施し、『09年度緊急対策プラン』を策定
- [40]2009年1月30日、2008年度通期予想を営業利益550億円→80億円、当期純利益170億円→△90億円に修正。下期の緊急コスト削減策に加え、役員報酬削減・宣伝費削減とムンバイ線・成田-上海線の減便などの第4四半期追加策を実施し、『09年度緊急対策プラン』を策定
- 全日本空輸 有価証券報告書(2009年3月期・2003年3月期)
- [41]2009年3月期 連結売上高1兆3925億円・営業利益76億円・経常利益1億円・当期純損失42億円(2004〜2008年3月期は当期純利益、2003年3月期は当期純損失283億円)
- 全日本空輸 有価証券報告書(2009年3月期)【役員の状況】
- [42]2009年4月 伊東信一郎氏が代表取締役社長に就任(前任は山元峯生氏)
- [43]2009年4月、国際線ビジネスクラス旅客数は足元で前年比30%程度の落ち込み。需要が戻らない場合は変動費もカバーできない路線の休止など大胆な路線見直しを実施せざるを得ないと説明
- [44]2009年4月、国際線ビジネスクラス旅客数は足元で前年比30%程度の落ち込み。需要が戻らない場合は変動費もカバーできない路線の休止など大胆な路線見直しを実施せざるを得ないと説明
1999年〜2009年の業績
| 決算期 | 区分 | 売上高 | 営業利益 | 経常利益 | 純利益 | 主な投資 | ||
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 億円 | YoY | 億円 | 億円 | 億円 | 利益率 | |||
| 1999年03月期 | 連結 | 10,708 | n/a | n/a | 5 | ▲47 | ▲0.4% | n/a |
| 2000年03月期 | 連結 | 12,096 | +13.0% | n/a | 15 | ▲152 | ▲1.3% | n/a |
| 2001年03月期 | 連結 | 12,796 | +5.8% | n/a | 635 | 403 | 3.1% | n/a |
| 2002年03月期 | 連結 | 12,045 | ▲5.9% | n/a | 14 | ▲95 | ▲0.8% | n/a |
| 2003年03月期 | 連結 | 12,159 | +0.9% | n/a | ▲172 | ▲283 | ▲2.3% | n/a |
| 2004年03月期 | 連結 | 12,175 | +0.1% | n/a | 334 | 248 | 2.0% | n/a |
| 2005年03月期 | 連結 | 12,928 | +6.2% | n/a | 652 | 270 | 2.1% | n/a |
| 2006年03月期 | 連結 | 13,687 | +5.9% | 888 | 668 | 267 | 2.0% | n/a |
| 2007年03月期 | 連結 | 14,896 | +8.8% | 922 | 626 | 326 | 2.2% | n/a |
| 2008年03月期 | 連結 | 14,878 | ▲0.1% | 844 | 565 | 641 | 4.3% | n/a |
| 2009年03月期 | 連結 | 13,925 | ▲6.4% | 76 | 1 | ▲42 | ▲0.3% | n/a |
出所:会社年鑑、有価証券報告書
出典・参考
20件
- 全日本空輸 有価証券報告書(2003年3月期)
- 全日本空輸 有価証券報告書(2004年3月期)
- 全日本空輸 有価証券報告書(2006年3月期)【役員の状況】
- 全日本空輸 有価証券報告書(2008年3月期)
- 全日本空輸 2008年3月期 決算説明会 主な質疑応答(2008年5月)
- 全日本空輸 中期経営戦略・2008年3月期第3四半期決算説明会 主な質疑応答(2008年2月)
- 全日本空輸 有価証券報告書(2009年3月期・2003年3月期)
- 全日本空輸 有価証券報告書(2009年3月期)【役員の状況】
- 全日本空輸 2009年3月期 決算説明会 主な質疑応答(2009年4月)
- 会社年鑑(全日本空輸 2000年3月期 連結業績)
- 会社年鑑(全日本空輸 2001年3月期 連結業績)
- 日経ビジネス 1999年10月18日号
- 日経ビジネス 2000年7月3日号
- 日経ビジネス 2001年4月2日号
- 日経ビジネス 2002年1月14日号
- 日経ビジネス 2004年2月16日号
- Decide 1999年
- 全日本空輸 CSRレポート2007(2007年10月)
- 全日本空輸 08-11中期経営戦略説明会資料(2008年2月)
- 全日本空輸 2009年3月期第3四半期決算・今後の経営戦略(2009年1月)