若狭得治

ANAホールディングス・元取締役社長

Wakasa Tokuji(敬称略)

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社長就任 1970年6月
生年月日 —
学歴 東京帝国大学法学部
出自 —
社長就任までの出自
出自

1938年3月に東京帝国大学法学部を出て運輸省へ入り、1963年6月に海運局長、1965年6月に運輸事務次官へ進んだ。海運行政を歩いた官僚で、航空局の経歴は要覧の役員欄に残っていない。1969年4月に全日本空輸の常勤顧問となり、翌5月に取締役副社長、1970年6月に取締役社長へ就任した。

社長に選ばれた経緯
抜擢

1970年6月、大庭哲夫氏の後任として社長に就任した。大庭哲夫氏も日本航空の航務本部長から1967年5月に副社長として移り、1969年版の要覧に社長として載る外部出身者で、全日本空輸は2代続けて社外からトップを迎えた。同じ役員欄には1952年12月の入社から取締役まで10年を要した渡辺尚次氏、同じ月に入社して13年を経た清水教雄氏が並ぶ。若狭得治氏が顧問から社長へ届くまでは1年2か月だった。

在任中の主な施策
施策

就任の翌1971年2月に東京〜香港の国際線不定期便を開設し、1973年12月にロッキードL-1011型機を導入し、1974年3月に日本近距離航空を設立した。国際定期便は1970年の閣議了解と1972年の運輸大臣通達による45/47体制で日本航空に独占されており、1974年の日台路線断絶を機に5路線を申請して木村睦男氏(運輸大臣)と将来の参入を約す「幻の念書」を交わすが、7か月後のロッキード事件で頓挫した。1976年12月に取締役会長へ移った。

在任の評価
評価

執筆予定

経歴 1965〜1997年
在任中の業績
就任前(FY69)394億円
退任時-
変化-
就任前-
退任時-
変化-
参考文献 2件

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