岡崎嘉平太

ANAホールディングス・元取締役社長

(敬称略)

Okazaki Kaheita

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生年月日
学歴 東京帝国大学法学部
出自
出自
1922年に東京帝国大学法学部を出て日本銀行へ入り、1939年5月に参事として上海華興商業銀行の理事を兼ね、1942年11月に大東亜省参事官へ移った。戦後は1949年8月に池貝鉄工の社長、1951年10月に丸善石油の社長を務めた金融と経営の畑である。全日本空輸の前身である日本ヘリコプター輸送には1952年12月の創立時に取締役副社長として招かれ、社長に就くまで9年をその職で過ごした。
抜擢
初代社長は朝日新聞社出身の美土路昌一氏で、日本企業要覧は1961年版まで美土路氏を社長として載せ、1962年版から岡崎嘉平太氏に替わる。会社は1958年3月に極東航空を合併し、1961年6月に東京・大阪証券取引所の市場第二部へ上場して機材導入の資金を確保したところだった。1961年3月期の大株主は日本航空19.5%・名古屋鉄道7.2%で、出資する側から社長を迎えるのではなく創立以来の副社長を昇格させている。
施策
1963年11月に藤田航空を吸収合併し、1965年3月にボーイング727型機を導入して幹線の輸送力を増やした。1966年3月期の売上高は170億円・経常利益4億円だったが、翌1967年3月期は売上高163億円・経常損失18億円・当期純損失17億円へ転じ、退任はこの赤字期と重なる。在任中の1964年3月には日中綜合貿易連絡協議会の会長に就き、社外で日中の貿易交渉にあたった。
評価
執筆予定
就任前(FY60)24億円
退任時-
変化-
就任前-
退任時-
変化-

参考文献経歴・学歴・出身地の裏づけに当たった資料

  • 日本企業要覧 1962年版 経歴・学歴・出身地
  • 日本企業要覧 1961年版 経歴

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