安西正道

ANAホールディングス・元取締役社長

Anzai Masamichi(敬称略)

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社長就任 1976年12月
生年月日 —
学歴 東京帝国大学法学部法律学科
出自 —
社長就任までの出自
出自

1934年3月に東京帝国大学法学部を出て逓信省へ入り、運輸省の東北海運局長・船員局長を経て1958年12月に海上保安庁長官へ就任した。1959年5月に全日本空輸へ入って常務取締役、1967年9月に専務取締役へ進んだ。1970年2月にいったん社を離れて船舶整備公団の理事長へ移り、1974年7月に顧問として戻ったのち1975年5月に監査役、1976年12月に取締役社長へ就任した。

社長に選ばれた経緯
抜擢

1976年12月、若狭得治氏の後任として社長に就任した。若狭得治氏は同じ月に取締役会長へ移り、代表権のある副社長には1952年12月入社の清水教雄氏と渡辺尚次氏が並んでいた。社長になったのは、6年前に社を離れて船舶整備公団へ移り、監査役として戻っていた1912年生まれの元運輸官僚だった。ロッキード事件の捜査が全日空に及んでいた時期の交代であり、生え抜きの副社長ではなく社外へ出ていた人を戻したとみられる。

在任中の主な施策
施策

就任時、国際定期便は45/47体制で日本航空に独占され、全日本空輸は国内専業を強いられていた。1978年8月に日本貨物航空を設立し、同月ボーイング747型機を導入した。この貨物会社が1985年に成田〜ニューヨークへ就航して独占に風穴を開け、翌1986年3月の東京〜グアム線による創業33年目の国際定期便へつながる。手元の要覧では1981年版まで取締役社長として載る。

在任の評価
評価

執筆予定

経歴 1958〜1983年
在任中の業績
就任前(FY75)1,850億円
退任時-
変化-
就任前-
退任時-
変化-
参考文献 2件

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