黒川博昭

富士通・元代表取締役社長

Kurokawa Hiroaki(敬称略)

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社長就任 2003年6月
生年月日 —
出自 —
社長就任までの出自
出自

1967年に富士通へ入社し、1998年6月にソフト・サービス事業推進本部副本部長、1999年6月に取締役、2001年4月に常務取締役へ進んだ。2002年6月に常務執行役、2003年4月に経営執行役副社長となり、同年6月に代表取締役社長へ就任した。ハードの技術者ではなくシステムエンジニアとして育ち、秋草直之氏から社長を承継した。

社長に選ばれた経緯
抜擢

2001年8月に定めた構造改革計画で、会社は3000億円のリストラ特別損失を計上し、海外1万1400人と国内5000人、合わせて1万6400人を削る方針を打ち出していた。それでも2002年3月期の連結最終赤字は3,825億円に達し、産業再生機構に送られるとの観測まで一時は流れた。2003年3月期も1221億円の最終赤字を残したまま、2003年6月、黒川氏が秋草直之氏に代わって社長の座に就いた。ハード部門の整理にめどが立ち、情報サービスの立て直しへ人選が移った。

在任中の主な施策
施策

600億円の特別損失を2004年3月期に強いられた発端は、情報サービス事業の中で起きたシステム開発の不採算案件であった。対策として置かれたのが、黒川氏の直属で特命を担うSIアシュアランス本部である。選りすぐりのシステムエンジニアら約50人がここで大型案件の進み具合を審査し、原価率が9割を上回る案件は受けないことを原則とした。審査の導入後、2005年度の不採算案件額は114億円に縮み、前年度比で3分の1を下回った。2005年3月にはプラズマディスプレイモジュール事業の日立製作所への譲渡、翌4月には液晶デバイス事業のシャープへの譲渡を、それぞれ契約で取り決めた。

在任の評価
評価

執筆予定

経歴 1967〜2008年
在任中の業績 FY02→FY07
就任前(FY02)46,176億円
退任時(FY07)53,309億円
変化(5カ年)+15%
就任前-
退任時(FY07)3.8%
変化-

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