清宮博

富士通・元取締役社長

Seimiya Hiroshi(敬称略)

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社長就任 1974年11月
生年月日 1908年1月1日
学歴 東京帝国大学工学部電気工学科
出自 日本電信電話公社
社長就任までの出自
出自

1964年1月時点の役員名簿に常務取締役として載り、前歴は日本電信電話公社である。社外の通信技術者から役員へ迎えられ、株式の裏づけは持たない。1975年3月時点の株主構成は富士電機製造28.74%・第一勧業銀行9.73%・朝日生命保険9.24%と法人が上位を占め、個人株主は10位までに入らない。1963年3月に48.3%あった富士電機製造の持分は、この12年で28.74%へ下がった。

社長に選ばれた経緯
抜擢

1974年11月、高羅芳光氏の後任として取締役社長へ就任した。就任前年度の1974年3月期は売上高2093億円・経常利益153億円で、経常利益は1971年3月期の250億円から3期続けて減っていた。就任半年前の1974年5月には池田敏雄氏の主導で米アムダールへ出資し、IBM互換メインフレームの開発体制と販売網を得ていた。技術部門を歩んだ役員が、互換路線の立ち上がる時期に社長へ就任した人事である。

在任中の主な施策
施策

就任時に引き継いだのは、独自アーキテクチャを自前で開発するのではなくIBM互換機で顧客を取り込む路線だった。足場は1974年5月の米アムダールへの出資で、IBM互換メインフレームの開発体制と販売網を得ていた。在任中の1975年3月期の売上高は2503億円で、就任前年度の2093億円から20%増えた。経常利益は153億円から109億円へ減り、売上高経常利益率は7.3%から4.4%へ下がった。 IBM互換で国内首位に

在任の評価
評価

執筆予定

経歴 1908〜1976年
在任中の業績
就任前(FY73)2,093億円
退任時-
変化-
就任前-
退任時-
変化-

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