高羅芳光

富士通・元取締役社長

Kora Yoshimitsu(敬称略)

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社長就任 1970年5月
生年月日 1902年1月1日
出自 富士電機製造
社長就任までの出自
出自

1964年1月時点の役員名簿に常務取締役として載り、前歴は富士電機製造である。その富士電機製造は1963年3月時点で48.3%を持つ筆頭株主で、親会社から移って役員に就任した経歴といえる。1975年3月時点でも富士電機製造が28.74%、第一勧業銀行が9.73%、朝日生命保険が9.24%を持ち、個人株主は上位10位に入らない。株式の裏づけは持たない。

社長に選ばれた経緯
抜擢

売上高は1967年3月期の485億円から、就任の前年度にあたる1970年3月期には1194億円となり、3年間で2.5倍の規模に達していた。ただし当時、最先端の電算機と目されたIBM370シリーズが国内で導入されることを、国産の電算機各社は脅威と受け止めていた。この拡大期のさなかの1970年5月、岡田完二郎氏に代わって取締役社長の座に就いたのは富士電機製造から移ってきた役員で、成長中の事業をその手に委ねる人事だった。

在任中の主な施策
施策

1971年10月、日立製作所との電算機事業の提携を公表した。売上で富士通が1位、日立が2位であり、この連合で国内シェアの3割を占めた。米アムダールへの出資は1972年に遡り、部品供給や一部機種のOEM生産で取引関係は緊密だった。退任半年前の1974年5月には池田敏雄氏の主導でアムダールへ出資し、IBM互換メインフレームの開発体制と販売網を得ている。独自仕様を残した日立製作所や日本電気とは道を分けた。

在任の評価
評価

執筆予定

経歴 1902〜1974年
在任中の業績
就任前(FY69)1,194億円
退任時-
変化-
就任前-
退任時-
変化-

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