山本卓眞

富士通・元取締役社長

Yamamoto Takuma(敬称略)

更新:
社長就任 1981年6月
生年月日 —
出自 —
社長就任までの出自
出自

1981年6月に富士通の取締役社長へ就任した。株式の裏づけは持たず、1980年3月時点の上位株主は富士電機製造21.38%・朝日生命保険9.36%・第一勧業銀行9.00%と法人が並び、個人株主は10位までに入らない。親会社だった富士電機製造の持分は1963年3月の48.3%から17年で半分以下に下がっており、社長人事に資本の意向が働く度合いは薄れていた。

社長に選ばれた経緯
抜擢

1981年6月、小林大祐氏の後任として取締役社長へ就任した。就任前年度の1981年3月期は売上高5816.78億円・経常利益324.17億円で、売上は5期で2.3倍に増えていた。1980年5月に国内売上でIBM日本法人を上回ったばかりで、追いかける相手を失った後の商品をどこに置くかが次の課題だった。"C&C"を旗印とする日本電気のような複合企業を次の標的に据えるには、猛烈に追いかけるだけでなく戦略が要った。

在任中の主な施策
施策

1985年11月、"脱IBM"を掲げて通信機・AI・パソコンといった汎用機以外の新市場へ製品攻勢をかけた。同年6月には流通市場があきれるほどの新製品攻勢としてパソコン戦略が伝えられている。1986年2月には日商岩井との合弁でエヌ・アイ・エフを設立し、後のニフティにつながる事業を置いた。汎用機一本足からの脱却は3本柱の厚みを生むと同時に、通信・コンピュータ・半導体を同時に抱える構造をつくった。 脱IBM路線での多角化

在任の評価
評価

執筆予定

経歴 1949〜1990年
在任中の業績
就任前(FY80)5,817億円
退任時-
変化-
就任前-
退任時-
変化-

免責事項およびポリシー