サイバーエージェント:マザーズ上場とアメーバブログによる媒体保有への転換
サイバークリック内製からCAJJプログラムの規律へ
1998年〜営業代行からの自社商品化とサイバークリック
藤田晋氏は1998年3月18日、東京都港区にサイバーエージェントを設立した。福井県鯖江市に育った藤田氏は、青山学院大学経営学部を出て1997年に人材サービスのインテリジェンスへ入社した。採用コンサルティングの営業として、1年目に単独で粗利益5,000万円を挙げた。起業を決めたのは入社1年目の12月で、当初の仲間との計画が頓挫したのち、同社社長の宇野康秀氏から出資を受けて設立に漕ぎ着けた。事業内容は設立の直前まで定まらず、インターネット業界に営業を担う会社が見当たらないことを空白と捉え、業界各社の営業代行から始めた。創業時の陣容は藤田氏を含めて3人、1998年9月期の売上高は1,900万円にとどまった。
- ドリームゲート「第18回 株式会社サイバーエージェント 代表取締役社長 藤田晋」(2006年6月9日)
- [1]1998年3月18日にサイバーエージェントを設立
- [3]藤田晋は1973年福井県生まれ、青山学院大学経営学部を経て1997年4月にインテリジェンスへ入社
- [4]インテリジェンス入社1年目に自分ひとりで稼いだ粗利益額は5,000万円
- [5]入社1年目の12月に起業を決意、当初の起業計画は頓挫し、最終的に宇野康秀社長の出資を受けて設立
- [6]会社設立を決めた時点で事業内容は未定で、インターネット業界に営業がいなかったことからインターネット業界の営業代行を事業の方向性に決めた
- [7]設立時のメンバーは藤田晋を含め3人
- サイバーエージェント 有価証券報告書 第28期(2025年9月期)【沿革】
- [2]1998年3月 東京都港区に当社設立
- サイバーエージェント 2009年9月期1Q決算説明資料
- [8]1998年9月期の連結売上高は19百万円
藤田氏は創業まもない時期から、自社で開発した商品を持つことを課題に置いた。そこから生まれたのが、広告のクリック数を保証するバナー広告システム「サイバークリック」だった。システムの開発を請け負ったのは堀江貴文氏が率いるオン・ザ・エッヂである。企画と販売を自社が持ち、開発を外に置く分業が成り立った。クリック保証型のメール広告「クリックインカム」も同じ組み合わせで世に出た。1999年9月期の売上高は4億5,200万円へ伸びた。うちサイバークリックが2億6,300万円、クリックインカムが6,100万円を占め、オン・ザ・エッヂへの外注費は7,800万円だった。同期の経常損失は3,500万円で、商品を持つための投資が先行していた。
- ドリームゲート「第18回 株式会社サイバーエージェント 代表取締役社長 藤田晋」(2006年6月9日)
- [9]インターネットのマルチベンダーのままでは将来が危ういと考え、自社開発の強い商品・サービスの確立を課題とした
- [10]クリック保証型のバナー広告システム「サイバークリック」を自社開発商品として立ち上げた
- [11]サイバークリックのシステム開発を手がけたのはオン・ザ・エッヂ(当時の代表取締役社長は堀江貴文)
- [12]サイバーエージェントが新サービスを企画し、オン・ザ・エッヂが開発し、サイバーエージェントが販売する循環が機能した
- [13]クリック保証型メール広告ネットワーク「クリックインカム」(現・melma!)もオン・ザ・エッヂと組んで提供した
- サイバーエージェント 2009年9月期1Q決算説明資料
- [14]1999年9月期の連結売上高は452百万円
- 証券 2000年5月号
- [15]1999年9月期の品目別売上高はサイバークリック263百万円・クリックインカム61百万円、オン・ザ・エッヂ向け外注費は78百万円
- [16]1999年9月期の経常損失は35百万円
藤田氏が競争軸に据えたのは、広告を載せられる面の量だった。検索サービスのヤフーが自社ポータルへ利用者を集めたのに対し、サイバーエージェントはポータル以外の無数のサイトを広告網へ集約した。2000年3月時点で日次2,400万ページビューを扱い、ポータルを除くアドネットワークでは国内最大の広告在庫を持った。保有するメールアドレスは287万件で、こちらは業界2位だった。個人サイト向けの子会社フープスも設け、大手から個人までサイトの階層全体を覆った。従業員は1999年9月時点の26名から2000年4月には約100名へ増え、本店も1999年4月に東京都港区北青山へ移した。市場そのものも広がりつつあり、1999年に220億円だった国内のネット広告市場は2000年に470億円へ膨らんだ。
- 証券アナリストジャーナル 2000年4月号
- [17]最大の広告インフラを保有し日々後続を引き離していることが最大の強み
- [18]ヤフーはポータルでいかに自社に集めるかという戦略、当社はアドネットワークとメディアレップでヤフー以外の多数のインターネットのネットワーク化を目指す
- [19]2000年3月時点で1日あたり2,400万ページビューを保有し、ポータル以外のアドネットワークでは日本で第1位
- [20]保有メールアドレスは287万人ぶんで、まぐクリックに次ぐ第2位
- [21]個人サイトを対象に子会社フープスを設立し、サイトヒエラルキー全般にわたって対応できるようになった
- [22]従業員数は1999年9月時点26名、2000年4月現在約100名。1999年4月 本店の所在地を東京都港区北青山三丁目5番30号に移転
- 日経ビジネス 2001年1月15日号
- [23]ネット広告市場は1999年220億円、2000年470億円、2001年790億円と拡大する見通し(米ジュピター・メディアメトリックス調査)
参考文献[1]-[23]
- ドリームゲート「第18回 株式会社サイバーエージェント 代表取締役社長 藤田晋」(2006年6月9日)
- [1]1998年3月18日にサイバーエージェントを設立
- [3]藤田晋は1973年福井県生まれ、青山学院大学経営学部を経て1997年4月にインテリジェンスへ入社
- [4]インテリジェンス入社1年目に自分ひとりで稼いだ粗利益額は5,000万円
- [5]入社1年目の12月に起業を決意、当初の起業計画は頓挫し、最終的に宇野康秀社長の出資を受けて設立
- [6]会社設立を決めた時点で事業内容は未定で、インターネット業界に営業がいなかったことからインターネット業界の営業代行を事業の方向性に決めた
- [7]設立時のメンバーは藤田晋を含め3人
- [9]インターネットのマルチベンダーのままでは将来が危ういと考え、自社開発の強い商品・サービスの確立を課題とした
- [10]クリック保証型のバナー広告システム「サイバークリック」を自社開発商品として立ち上げた
- [11]サイバークリックのシステム開発を手がけたのはオン・ザ・エッヂ(当時の代表取締役社長は堀江貴文)
- [12]サイバーエージェントが新サービスを企画し、オン・ザ・エッヂが開発し、サイバーエージェントが販売する循環が機能した
- [13]クリック保証型メール広告ネットワーク「クリックインカム」(現・melma!)もオン・ザ・エッヂと組んで提供した
- サイバーエージェント 有価証券報告書 第28期(2025年9月期)【沿革】
- [2]1998年3月 東京都港区に当社設立
- サイバーエージェント 2009年9月期1Q決算説明資料
- [8]1998年9月期の連結売上高は19百万円
- [14]1999年9月期の連結売上高は452百万円
- 証券 2000年5月号
- [15]1999年9月期の品目別売上高はサイバークリック263百万円・クリックインカム61百万円、オン・ザ・エッヂ向け外注費は78百万円
- [16]1999年9月期の経常損失は35百万円
- 証券アナリストジャーナル 2000年4月号
- [17]最大の広告インフラを保有し日々後続を引き離していることが最大の強み
- [18]ヤフーはポータルでいかに自社に集めるかという戦略、当社はアドネットワークとメディアレップでヤフー以外の多数のインターネットのネットワーク化を目指す
- [19]2000年3月時点で1日あたり2,400万ページビューを保有し、ポータル以外のアドネットワークでは日本で第1位
- [20]保有メールアドレスは287万人ぶんで、まぐクリックに次ぐ第2位
- [21]個人サイトを対象に子会社フープスを設立し、サイトヒエラルキー全般にわたって対応できるようになった
- [22]従業員数は1999年9月時点26名、2000年4月現在約100名。1999年4月 本店の所在地を東京都港区北青山三丁目5番30号に移転
- 日経ビジネス 2001年1月15日号
- [23]ネット広告市場は1999年220億円、2000年470億円、2001年790億円と拡大する見通し(米ジュピター・メディアメトリックス調査)
2000年〜上場調達225億円と株価8分の1
サイバーエージェントは2000年3月24日、東京証券取引所マザーズに株式を上場した。設立から丸2年での上場で、藤田氏は26歳だった。初値は公募価格と同じ1,500万円が付き、時価総額はおよそ700億円、市場から調達した資金は225億円に上った。直近の決算である1999年9月期の売上高は4億5,200万円であり、調達額はその50倍に当たる。上場後に投資家から利回り10%として22億5,000万円ほどの利益を求められ、藤田氏は事の重大性に気づいたと後年述べている。調達資金についてはキャピタルゲイン狙いの投資はせず、買収や育成をグループ戦略の中で考えると上場直後に説明した。本店も同じ月に東京都渋谷区道玄坂の渋谷マークシティへ移した。
- サイバーエージェント 有価証券報告書 第28期(2025年9月期)【沿革】
- [24]2000年3月 東京証券取引所新興企業市場(マザーズ)に上場
- [31]2000年3月 本店の所在地を東京都渋谷区道玄坂一丁目12番1号(渋谷マークシティ)に移転
- ドリームゲート「第18回 株式会社サイバーエージェント 代表取締役社長 藤田晋」(2006年6月9日)
- [25]2000年3月24日に東証マザーズ上場、当時26歳。設立から丸2年
- [27]上場により時価総額は約700億円、市場からの資金調達額は225億円
- [29]上場後に投資家から利回り10%として22億5,000万円程度の利益を求められ、事の重大性に気づいた
- 日経ビジネス 2001年1月15日号
- [26]公募価格と同じ1,500万円という初値が付いた
- サイバーエージェント 2009年9月期1Q決算説明資料
- [28]1999年9月期の連結売上高は452百万円
- 証券アナリストジャーナル 2000年4月号
- [30]株式公開で調達した資金はキャピタルゲイン狙いの投資には使わず、インキュベーションや買収をグループ戦略の中で考える
調達した資金は人材の採用と事業領域の拡大に向かった。1999年9月期に4億5,200万円だった売上高は、2000年9月期に26億8,900万円へ伸びた。一方で営業損失は3,400万円から13億9,400万円へ増大した。連結の営業利益率は▲49.9%まで沈んだ。メールマガジンや無料ホームページコミュニティーなど、広告代理業のほかに10の事業を抱えるに至ったためである。2000年7〜9月期に黒字を達成するという公言も、広告費と人件費の増大で果たせなかった。株価は同年12月29日に46万円まで下げ、6月の4分割を考慮すれば上場時の8分の1に当たった。藤田氏は株主に迷惑をかけたことを詫び、公開企業における最高経営責任者の役割を痛感したと振り返った『株主に迷惑をかけて申し訳なかった。公開企業における最高経営責任者(CEO)の役割を痛感した』。
- ドリームゲート「第18回 株式会社サイバーエージェント 代表取締役社長 藤田晋」(2006年6月9日)
- [32]資金を調達したら優秀な人材をそろえ、構想していたインターネットビジネスをかたちにしていく考えだった
- 日経ビジネス 2001年1月15日号
- [33]1999年9月期に4億5,200万円だった売上高は2000年9月期に26億8,900万円
- [34]営業損失は3,400万円から13億9,400万円に増大
- [36]ネット広告の代理店業だけでなくメールマガジンや無料ホームページコミュニティーなど10の別事業を抱えるまでになった
- [37]2000年7〜9月で黒字を達成すると公言していたが、広告費と人件費の増大で果たせず2001年第1四半期に持ち越した
- [38]2000年12月29日に株価46万円まで下落、6月の4分割を考慮すると株価は8分の1
- [39]藤田晋社長は株主に迷惑をかけたことを詫び、公開企業における最高経営責任者(CEO)の役割を痛感したと振り返った
- サイバーエージェント 2009年9月期1Q決算説明資料
- [35]2000年9月期の連結営業利益率は▲49.9%
ネット広告の代理店業だけでは生き残れないというのが、この時期に藤田氏が下した判断だった。一般に広告費に占める広告代理店の取り分は15〜20%とされるが、広告枠を提供する媒体であれば50%以上を取れる。サイバーエージェントは代理店業を続けながら、自社でも媒体を保有する方針を採った。1999年9月期の販売構成は直接営業が77%、代理店経由が23%だった。2001年初頭の顧客は1,200社を数えた。メールマガジン「メルマ」の登録会員は366万人、クリック保証を提供する中小サイトは7,000に達した。自社媒体による広告収入は増え、なかでもメール広告が売上高の4割強を占めた。ただし代理店と媒体の兼営は取引先ごとに利益相反を生むため、業界からは組みにくいという声も出た。
- 日経ビジネス 2001年1月15日号
- [40]ネット広告の代理店事業だけではとても生き残れないと考え、自ら広告媒体を持つことで広告収入を獲得し収益を改善させようとした
- [41]広告費における広告代理店のマージンは15〜20%程度だが、広告枠を提供するサイトであれば広告費の50%以上が可能
- [42]代理店事業だけでなく自ら広告媒体を持つ体制を採った
- [44]2001年1月時点の顧客数は1,200社
- [45]メールマガジン「メルマ」の登録会員数366万人、クリック保証サービスを提供する中小サイトは7,000
- [46]メールやサイトなど自社の広告媒体による広告収入が増加し、メール広告が売上高の40%強を占めた
- [47]代理店事業から電子媒体まで幅広く持つことはそれぞれの分野で敵を増やし、取引先は利益相反を懸念して慎重にならざるを得ない
- 証券アナリストジャーナル 2000年4月号
- [43]1999年9月期の販売構成は直接営業77%、代理店販売23%
参考文献[24]-[47]
- サイバーエージェント 有価証券報告書 第28期(2025年9月期)【沿革】
- [24]2000年3月 東京証券取引所新興企業市場(マザーズ)に上場
- [31]2000年3月 本店の所在地を東京都渋谷区道玄坂一丁目12番1号(渋谷マークシティ)に移転
- ドリームゲート「第18回 株式会社サイバーエージェント 代表取締役社長 藤田晋」(2006年6月9日)
- [25]2000年3月24日に東証マザーズ上場、当時26歳。設立から丸2年
- [27]上場により時価総額は約700億円、市場からの資金調達額は225億円
- [29]上場後に投資家から利回り10%として22億5,000万円程度の利益を求められ、事の重大性に気づいた
- [32]資金を調達したら優秀な人材をそろえ、構想していたインターネットビジネスをかたちにしていく考えだった
- 日経ビジネス 2001年1月15日号
- [26]公募価格と同じ1,500万円という初値が付いた
- [33]1999年9月期に4億5,200万円だった売上高は2000年9月期に26億8,900万円
- [34]営業損失は3,400万円から13億9,400万円に増大
- [36]ネット広告の代理店業だけでなくメールマガジンや無料ホームページコミュニティーなど10の別事業を抱えるまでになった
- [37]2000年7〜9月で黒字を達成すると公言していたが、広告費と人件費の増大で果たせず2001年第1四半期に持ち越した
- [38]2000年12月29日に株価46万円まで下落、6月の4分割を考慮すると株価は8分の1
- [39]藤田晋社長は株主に迷惑をかけたことを詫び、公開企業における最高経営責任者(CEO)の役割を痛感したと振り返った
- [40]ネット広告の代理店事業だけではとても生き残れないと考え、自ら広告媒体を持つことで広告収入を獲得し収益を改善させようとした
- [41]広告費における広告代理店のマージンは15〜20%程度だが、広告枠を提供するサイトであれば広告費の50%以上が可能
- [42]代理店事業だけでなく自ら広告媒体を持つ体制を採った
- [44]2001年1月時点の顧客数は1,200社
- [45]メールマガジン「メルマ」の登録会員数366万人、クリック保証サービスを提供する中小サイトは7,000
- [46]メールやサイトなど自社の広告媒体による広告収入が増加し、メール広告が売上高の40%強を占めた
- [47]代理店事業から電子媒体まで幅広く持つことはそれぞれの分野で敵を増やし、取引先は利益相反を懸念して慎重にならざるを得ない
- サイバーエージェント 2009年9月期1Q決算説明資料
- [28]1999年9月期の連結売上高は452百万円
- [35]2000年9月期の連結営業利益率は▲49.9%
- 証券アナリストジャーナル 2000年4月号
- [30]株式公開で調達した資金はキャピタルゲイン狙いの投資には使わず、インキュベーションや買収をグループ戦略の中で考える
- [43]1999年9月期の販売構成は直接営業77%、代理店販売23%
2002年〜CAJJプログラムによる撤退線と黒字転換
上場翌期からの3年間で、サイバーエージェントは売上を拡大しながら赤字幅を縮め続けた。連結売上高は2000年9月期の32億7,600万円から2001年9月期に63億9,200万円へ倍増した。2002年9月期は108億2,400万円、2003年9月期は162億200万円だった。同じ期間の営業利益率は▲49.9%、▲1.7%、▲2.6%、▲0.9%と推移し、赤字は残りながらも規模は縮んだ。伸びを支えたのは、代理業ではなく自社が持つ媒体の広告だった。メディア事業の広告関連売上高は2002年7〜9月期の10億4,900万円から2004年7〜9月期の22億2,900万円へ倍増した。
- サイバーエージェント 2009年9月期1Q決算説明資料
- [48]2000年9月期から2003年9月期にかけて連結売上高は増加し、連結営業利益率のマイナス幅は縮小した
- [49]連結売上高は2000年9月期3,276百万円、2001年9月期6,392百万円
- [50]連結売上高は2002年9月期10,824百万円、2003年9月期16,202百万円
- [51]連結営業利益率は2000年9月期▲49.9%、2001年9月期▲1.7%、2002年9月期▲2.6%、2003年9月期▲0.9%
- サイバーエージェント 2004年9月期4Q決算説明資料
- [52]メディア事業では自社媒体の広告関連売上高が拡大した
- [53]メディア事業の広告関連売上高は2002年7〜9月期1,049百万円から2004年7〜9月期2,229百万円へ増加
赤字を止めたのは、事業ごとに撤退線を先に引く仕組みだった。2004年5月、サイバーエージェントはCAJJプログラムを導入し、社内の事業をJ3・J2・J1の三段階に置いた。J3は新規事業、J2は先行投資事業、J1は中核事業と位置づけた。月あたり粗利益500万円でJ3からJ2へ、1,500万円でJ2からJ1へ昇格する設計だった。同時に赤字の下限を定め、6カ月で3,000万円を超えればJ3、6,000万円を超えればJ2を再構築の対象とした。粗利益が昇格時の水準を割るか、2四半期続けて減益になれば一段下へ戻す降格の基準も設けた。完全でないサービスでも世に出して改良しながら育てるという藤田氏の考え方は、撤退の基準を先に決める仕組みと対になっていた。
- サイバーエージェント 2004年9月期4Q決算説明資料
- [54]CAJJプログラムは各事業に赤字の下限と再構築検討の基準を定めた
- [55]2004年5月にCAJJプログラムを導入し、事業をJ3・J2・J1の三段階に区分
- [56]J3は新規事業(グループ)、J2は先行投資事業(プロジェクト)、J1は中核事業(カンパニー)
- [57]J3からJ2への昇格基準は粗利益500万円/月、J2からJ1への昇格基準は粗利益1,500万円/月
- [58]赤字下限はJ3が▲3,000万円/6ヶ月、J2が▲6,000万円/6ヶ月
- [59]粗利益が昇格基準を割る、または2四半期連続で減益となった場合に一段下のステージへ降格
- ドリームゲート「第18回 株式会社サイバーエージェント 代表取締役社長 藤田晋」(2006年6月9日)
- [60]インターネットビジネスで大切なのはスピードであり、完全ではないサービスでも世に出して改良を加えながら育てていく考え方も重要
2004年9月期、サイバーエージェントは営業利益17億2,700万円を計上し、上場後初めて通期で営業黒字を回復した。連結売上高は267億2,800万円で、前期の162億200万円から65%伸びた。当期純利益は40億1,400万円、従業員は767名だった。同じ2004年9月にはブログサービス「Ameba」を開始し、投資育成事業をセグメントに加えた。ただしこの時点の職種構成は営業24.0%、制作23.8%、運営23.5%で、技術職は7.2%にとどまった。サービスを自前で作る体制が整わないまま、広告代理業で稼いだ利益を次の先行投資へ充当する方針が先に決まった。
- サイバーエージェント 有価証券報告書
- [61]2004年9月期の連結営業利益は1,727百万円
- [62]2004年9月期の連結売上高は26,728百万円
- [64]2004年9月期の当期純利益は4,014百万円、従業員数は767名
- [66]2004年9月期から投資育成事業がセグメントに加わった
- サイバーエージェント 2009年9月期1Q決算説明資料
- [63]2003年9月期の連結売上高は16,202百万円
- サイバーエージェント 有価証券報告書 第28期(2025年9月期)【沿革】
- [65]2004年9月 「Ameba」を開始
- サイバーエージェント 2004年9月期4Q決算説明資料
- [67]2004年9月期4Q時点の職種構成は営業24.0%・制作23.8%・運営23.5%・技術7.2%
参考文献[48]-[67]
- サイバーエージェント 2009年9月期1Q決算説明資料
- [48]2000年9月期から2003年9月期にかけて連結売上高は増加し、連結営業利益率のマイナス幅は縮小した
- [49]連結売上高は2000年9月期3,276百万円、2001年9月期6,392百万円
- [50]連結売上高は2002年9月期10,824百万円、2003年9月期16,202百万円
- [51]連結営業利益率は2000年9月期▲49.9%、2001年9月期▲1.7%、2002年9月期▲2.6%、2003年9月期▲0.9%
- [63]2003年9月期の連結売上高は16,202百万円
- サイバーエージェント 2004年9月期4Q決算説明資料
- [52]メディア事業では自社媒体の広告関連売上高が拡大した
- [53]メディア事業の広告関連売上高は2002年7〜9月期1,049百万円から2004年7〜9月期2,229百万円へ増加
- [54]CAJJプログラムは各事業に赤字の下限と再構築検討の基準を定めた
- [55]2004年5月にCAJJプログラムを導入し、事業をJ3・J2・J1の三段階に区分
- [56]J3は新規事業(グループ)、J2は先行投資事業(プロジェクト)、J1は中核事業(カンパニー)
- [57]J3からJ2への昇格基準は粗利益500万円/月、J2からJ1への昇格基準は粗利益1,500万円/月
- [58]赤字下限はJ3が▲3,000万円/6ヶ月、J2が▲6,000万円/6ヶ月
- [59]粗利益が昇格基準を割る、または2四半期連続で減益となった場合に一段下のステージへ降格
- [67]2004年9月期4Q時点の職種構成は営業24.0%・制作23.8%・運営23.5%・技術7.2%
- ドリームゲート「第18回 株式会社サイバーエージェント 代表取締役社長 藤田晋」(2006年6月9日)
- [60]インターネットビジネスで大切なのはスピードであり、完全ではないサービスでも世に出して改良を加えながら育てていく考え方も重要
- サイバーエージェント 有価証券報告書
- [61]2004年9月期の連結営業利益は1,727百万円
- [62]2004年9月期の連結売上高は26,728百万円
- [64]2004年9月期の当期純利益は4,014百万円、従業員数は767名
- [66]2004年9月期から投資育成事業がセグメントに加わった
- サイバーエージェント 有価証券報告書 第28期(2025年9月期)【沿革】
- [65]2004年9月 「Ameba」を開始
1998年〜2004年の業績
| 決算期 | 区分 | 売上高 | 営業利益 | 経常利益 | 純利益 | 主な投資 | ||
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 億円 | YoY | 億円 | 億円 | 利益率 | 億円 | |||
| 1998年 | n/a | n/a | n/a | n/a | n/a | n/a | n/a | n/a |
| 1999年09月期 | 単体 | 4 | n/a | n/a | n/a | n/a | n/a | n/a |
| 2000年09月期 | 単体 | 32 | +608.0% | n/a | n/a | n/a | n/a | n/a |
| 2001年09月期 | 連結 | 63 | +96.9% | n/a | ▲2 | ▲3.2% | ▲20 | n/a |
| 2002年09月期 | 連結 | 108 | +71.4% | n/a | ▲3 | ▲2.8% | ▲2 | n/a |
| 2003年09月期 | 連結 | 162 | +50.0% | n/a | ▲1 | ▲0.6% | ▲24 | n/a |
| 2004年09月期 | 連結 | 267 | +64.8% | 17 | 18 | 6.7% | 40 | n/a |
出所:有価証券報告書
出典・参考
8件
- サイバーエージェント 2004年9月期4Q決算説明資料
- サイバーエージェント 2009年9月期1Q決算説明資料
- サイバーエージェント 有価証券報告書 第28期(2025年9月期)【沿革】
- サイバーエージェント 有価証券報告書
- 証券 2000年5月号
- 証券アナリストジャーナル 2000年4月号
- 日経ビジネス 2001年1月15日号
- ドリームゲート「第18回 株式会社サイバーエージェント 代表取締役社長 藤田晋」(2006年6月9日)