第2章 年〜年

オービック:創業30年の東証二部上場とSE子会社3社の統合

1998年〜独立系マルチベンダーという自己規定と、代理店を介さない13拠点の直販

1998年12月の上場にあたり、オービックは自社を独立系マルチベンダーと規定し、情報システムの企画・開発・構築・販売を担うシステムインテグレーション事業と、保守および運用支援を担うサポートサービス事業の二つを事業の内容として届け出た。導入から保守までを一つの会社で引き受ける形を、会社はトータルソリューションサービスと呼んだ。企業がコンピュータに求めるものは、経理や販売管理といった勘定系の処理から、データベースや構内情報通信網を使う情報系へ移りつつあった。日本経済新聞社が毎年行う利用企業への調査でも、販売した会社の評価でオービックが首位に立っていた。ハードウェアの性能ではなく、納めたあとの提案と教育と保守で評価される市場が、このとき立ち上がっていた。

  • 証券(新規上場会社紹介・1999年51巻2号)
    • [1]1998年12月17日上場時の事業の内容はコンピュータのシステムインテグレーション事業(情報システムの企画・開発・構築・販売)およびサポートサービス事業(保守・システムの運用支援)
    • [2]独立系マルチベンダーとして導入から保守までを一貫して行う「トータルソリューションサービス」を提供してきたと会社が説明した
  • 月刊貿易と産業(1990年10月号)
    • [3]勘定系システムからデータベース・構内情報通信網を用いる情報系システムへ企業の需要が移りつつあった(1990年時点の社長の認識)
    • [4]日本経済新聞社が全国の利用企業へ行う調査の販売会社の項目で、オービックが毎年首位だった

1998年3月末のオービックは、東京都中央区と大阪市中央区の二本社に加え、名古屋・福岡・京都・横浜・千葉・大宮と米国カリフォルニア州に支店7か所、立川・厚木・松本・静岡・広島に営業所5か所を置いていた。従業員は951人で、うち男性が755人、女性が196人である。海外は1990年9月に米国ロサンゼルスへ設けた事務所から続く一か所だけで、販売網はほぼ国内に閉じていた。1995年3月に大阪の本店を博労町へ、1996年9月に東京の本社を日本橋本町へ移し、二本社制のまま東西の拠点を建て替えている。代理店を置かず、拠点の社員が顧客企業を直接訪ねて基幹業務を設計する売り方を取る以上、拠点の数はそのまま営業の届く範囲を示していた。

  • 証券(新規上場会社紹介・1999年51巻2号)
    • [5]1998年3月31日現在の主な事業所は本社2(東京都中央区・大阪市中央区)、支店7(名古屋・福岡・京都・横浜・千葉・大宮・米国カリフォルニア州)、営業所5(立川・厚木・松本・静岡・広島)
    • [6]1998年3月31日現在の従業員数は951人(男755人・女196人)
  • 月刊貿易と産業(1990年10月号)
    • [7]1990年9月 米国ロサンゼルスに事務所を設けた
  • オービック 有価証券報告書 第57期(2025年3月期)【沿革】
    • [8]1995年3月 本店を大阪市中央区博労町へ移転
    • [9]1996年9月 本社を東京都中央区日本橋本町へ移転
参考文献[1]-[9]
    • [1]1998年12月17日上場時の事業の内容はコンピュータのシステムインテグレーション事業(情報システムの企画・開発・構築・販売)およびサポートサービス事業(保守・システムの運用支援)
    • [2]独立系マルチベンダーとして導入から保守までを一貫して行う「トータルソリューションサービス」を提供してきたと会社が説明した
    • [5]1998年3月31日現在の主な事業所は本社2(東京都中央区・大阪市中央区)、支店7(名古屋・福岡・京都・横浜・千葉・大宮・米国カリフォルニア州)、営業所5(立川・厚木・松本・静岡・広島)
    • [6]1998年3月31日現在の従業員数は951人(男755人・女196人)
    • [3]勘定系システムからデータベース・構内情報通信網を用いる情報系システムへ企業の需要が移りつつあった(1990年時点の社長の認識)
    • [4]日本経済新聞社が全国の利用企業へ行う調査の販売会社の項目で、オービックが毎年首位だった
    • [7]1990年9月 米国ロサンゼルスに事務所を設けた
  • オービック 有価証券報告書 第57期(2025年3月期)【沿革】
    • [8]1995年3月 本店を大阪市中央区博労町へ移転
    • [9]1996年9月 本社を東京都中央区日本橋本町へ移転

1998年〜創業30年目の東証二部上場と、ハードメーカーと銀行が並ぶ株主構成

1998年12月17日、オービックは東京証券取引所市場第二部へ株式を上場した。設立は1968年4月8日で、創業から30年が経っていた。上場時の発行済株式総数は6,500,000株、資本組入総額は15億700万円である。監査はアクタス監査法人が担い、連結財務諸表を作り始めたのは1997年3月期からだった。事務幹事会員は日興証券が務めている。株式を公開しないまま過ごした30年の間に、設立当初は6人程度だった技術集団は951人の会社になっていた。公開までに30年を要したのは、工場も在庫も持たない商売で、市場から現金を受け取る用事がそれまで生じなかったからだろう。

  • オービック 有価証券報告書 第57期(2025年3月期)【沿革】
    • [10]1998年12月17日 東京証券取引所市場第二部に株式を上場
  • 証券(新規上場会社紹介・1999年51巻2号)
    • [11]設立年月日は昭和43年(1968年)4月8日
    • [12]1998年12月17日現在の発行済株式総数6,500,000株・資本組入総額1,507,000千円
    • [13]公認会計士監査の監査人はアクタス監査法人
    • [14]連結財務諸表については平成9年(1997年)3月期より作成
    • [15]事務幹事会員は日興証券
  • マネジメント(1981年12月号・40巻12号)
    • [16]設立当初は6人程度の技術集団から出発した

上場時の大株主には、三菱電機、野田みづき氏、オービック社員持株会、野田順弘氏、堀内忠雄氏、富士通、東京三菱銀行、オリックス、澤田和久氏、住友銀行が並んだ。主力のハードウェアを供給していた三菱電機と富士通、取引銀行の二行、リース会社のオリックスが、いずれも株主として名を連ねている。会社は上場にあたって自らを独立系マルチベンダーと呼んだ。上場の八年前の時点でも、メーカー資本にも銀行資本にも属さないことが、顧客へ自由に提案できる前提に置かれている。系列に属さないという言葉が指していたのは、資本を受け入れないことではなく、顧客へ出す製品をどこか一社に縛られないことだった。

  • 証券(新規上場会社紹介・1999年51巻2号)
    • [17]1998年3月31日現在の大株主は三菱電機、野田みづき、オービック社員持株会、野田順弘、堀内忠雄、富士通、東京三菱銀行、オリックス、澤田和久、住友銀行
    • [19]会社は上場にあたり自らを独立系マルチベンダーと規定した
  • マネジメント(1981年12月号・40巻12号)
    • [18]三菱電機MELCOMシリーズを主力ハードとした
  • 月刊貿易と産業(1990年10月号)
    • [20]野田順弘氏は独立系企業でメーカー資本や銀行資本の系列ではないことを、自由な提案ができる前提として挙げた

公開にあたって会社が掲げた株主への利益還元方針は、安定的な経営基盤の確保と株主資本利益率の向上に努めたうえで、1株当たり年10円以上を安定配当として継続するというものだった。野田順弘氏は上場の挨拶で、『「ヒト・モノ・カネそして情報」の経営資源を十二分に活用し、高収益企業を目指すとともに、株主・投資家の皆様の期待にお応えすべく努力してまいる所存であります』と述べている。1968年の設立以来、顧客第一主義の理念のもとで導入から保守までを一貫して行ってきたという説明が、その前に置かれた。公開の十か月後には、関係会社オービックビジネスコンサルタントの株式も店頭市場へ出された。30年続けた商売の運び方を変えないまま、二つの会社が相次いで外部の株主を迎えたことになる。

  • 証券(新規上場会社紹介・1999年51巻2号)
    • [21]株主への利益還元方針は安定的な経営基盤の確保と株主資本利益率の向上に努め、1株当たり年10円以上を安定配当として継続すること
    • [22]野田順弘氏が上場の挨拶で経営資源の活用と高収益企業を目指す旨を述べた
    • [23]昭和43年の設立以来、お客様第一主義の理念のもと独立系マルチベンダーとして導入から保守まで一貫したサービスを提供してきたと会社が説明した
  • オービック 有価証券報告書 第57期(2025年3月期)【沿革】
    • [24]1999年10月 オービックビジネスコンサルタントの株式を店頭市場に公開
参考文献[10]-[24]
  • オービック 有価証券報告書 第57期(2025年3月期)【沿革】
    • [10]1998年12月17日 東京証券取引所市場第二部に株式を上場
    • [24]1999年10月 オービックビジネスコンサルタントの株式を店頭市場に公開
    • [11]設立年月日は昭和43年(1968年)4月8日
    • [12]1998年12月17日現在の発行済株式総数6,500,000株・資本組入総額1,507,000千円
    • [13]公認会計士監査の監査人はアクタス監査法人
    • [14]連結財務諸表については平成9年(1997年)3月期より作成
    • [15]事務幹事会員は日興証券
    • [17]1998年3月31日現在の大株主は三菱電機、野田みづき、オービック社員持株会、野田順弘、堀内忠雄、富士通、東京三菱銀行、オリックス、澤田和久、住友銀行
    • [19]会社は上場にあたり自らを独立系マルチベンダーと規定した
    • [21]株主への利益還元方針は安定的な経営基盤の確保と株主資本利益率の向上に努め、1株当たり年10円以上を安定配当として継続すること
    • [22]野田順弘氏が上場の挨拶で経営資源の活用と高収益企業を目指す旨を述べた
    • [23]昭和43年の設立以来、お客様第一主義の理念のもと独立系マルチベンダーとして導入から保守まで一貫したサービスを提供してきたと会社が説明した
    • [16]設立当初は6人程度の技術集団から出発した
    • [18]三菱電機MELCOMシリーズを主力ハードとした
    • [20]野田順弘氏は独立系企業でメーカー資本や銀行資本の系列ではないことを、自由な提案ができる前提として挙げた

1999年〜奉行シリーズの店頭公開と、企業規模で割った販売先の分担

オービックビジネスコンサルタントは1980年12月に設立され、中小企業向けの会計ソフトウェア"奉行シリーズ"を商品にしてきた。経営の理念には、自由と公平な職場づくり、採用と教育に重点を置いた人材の育成、革新と戦略を追求する企画・製品開発の三つを挙げた。同社の成長が始まったのは、1995年にウィンドウズ95が出て32ビットの時代へ入ったところからだった。ウィンドウズ3.0が発表された1992年ごろから95の登場を見込み、95に対応する製品の開発へ的を絞り込んでいたため、95の普及にそのまま乗ることができた。1997年から1998年にかけては、複数の事業所をネットワークで結ぶ中規模から中堅企業向けの"LANPACK"が成長を支えた。1999年9月には、パッケージを基礎に置きながら利用者ごとの作り込みを許す次世代製品の発売を始めている。

  • オービック 有価証券報告書 第57期(2025年3月期)【沿革】
    • [25]1980年12月 株式会社オービックビジネスコンサルタント設立
  • 証券アナリストジャーナル(1999年11月・37巻11号)
    • [26]オービックビジネスコンサルタントは1980年設立で、「奉行シリーズ」などビジネスソリューションの開発を行う
    • [27]経営理念は①自由と公平な職場作りと会社インフラ②採用と教育に重点を置いた人材の教育と企業成長③革新と戦略を追求する企画・製品開発の3点
    • [28]和田成史氏は1995年のWindows95発売・32ビット時代への移行から同社の成長が始まったと述べた
    • [29]Windows3.0発表当時(1992年ごろ)からWindows95の発表を予測し、95対応の製品開発にターゲットを絞り込んでいた
    • [30]1997年から1998年にかけては複数事業所をネットワークで結ぶ中規模〜中堅企業向けの「LANPACK」をベースに成長した
    • [31]1999年9月 パッケージをコアとしながら利用者ごとのカスタマイズを可能にしたERP製品の発売を開始

1999年10月7日、オービックビジネスコンサルタントは3年の準備期間を経て株式を店頭登録した。和田成史氏は、会社と商品・サービスの信頼性・社会性・成長性・戦略性をより高めることが公開の意図だと書いている。1999年3月期の売上高は102億45百万円で、内訳はパッケージが53.1%、サービスと関連製品からなるユースウェアが46.9%だった。パッケージでは"勘定奉行"など13製品を揃え、サービスと関連製品にあたるユースウェアは約50品目に及んだ。帝国データバンクの調べによる業務パッケージソフト市場の上位7社のシェアでは、同社が40.3%で首位に立ち、次の目標を50%に置いた。売り切りのパッケージと入れたあとのサービスがほぼ半分ずつという構成は、中小企業向けでも保守で稼ぐ形が成り立つことを示していた。

  • オービック 有価証券報告書 第57期(2025年3月期)【沿革】
    • [32]1999年10月 オービックビジネスコンサルタントの株式を店頭市場に公開
  • 証券アナリストジャーナル(1999年11月・37巻11号)
    • [33]3年の準備期間を経て1999年10月7日に株式を新規公開(店頭登録)した
    • [34]会社および商品・サービスの信頼性、社会性、成長性、戦略性をより高めることが公開の意図
    • [35]1999年3月期の売上高は102億45百万円、構成比はパッケージ53.1%・ユースウェア(サービスおよび関連製品)46.9%
    • [36]パッケージは「勘定奉行」など13製品、ユースウェアである関連製品は約50品目に及ぶ
    • [37]業務パッケージソフト市場における上位7社シェア(帝国データバンク調べ)で同社が40.3%の首位、今後50%のシェア確保を目指す

奉行シリーズは四つの階層に分かれ、小規模企業には"太鼓判"、中規模企業には"スタンドアローン"、中堅企業には"LANPACK"が充てられた。1999年9月に加わった新しいERPは、大手企業向け市場を広げる起爆剤と位置づけられている。製品売上の内訳はスタンドアローンが70%弱、LANPACKが30%弱で、パソコンショップの店頭に並ぶ太鼓判は2〜3%にとどまった。開発は単一のプログラムであらゆるハードウェアと基本ソフトに対応する設計を採り、税制改正に伴う手直しやバージョンアップを数十万社分まとめて処理できる形にしてある。同じ会計と給与の仕事を、オービックビジネスコンサルタントが規模別のパッケージで配り、オービックが利用企業ごとに設計して納める。一つの業務領域を、配る会社と作る会社に割った構えが、二社を相次いで市場へ出せる形にしていたのだろう。

  • 証券アナリストジャーナル(1999年11月・37巻11号)
    • [38]奉行シリーズは4階層で、小規模企業に「太鼓判」、中規模企業に「スタンドアローン」、中堅企業に「LANPACK」を提供する企業規模別マーケティングを行った
    • [39]1999年9月に加わった「奉行シリーズ新ERP」を大手企業向けソリューション市場拡大の起爆剤と位置づけた
    • [40]プロダクト売上高の70%弱をスタンドアローン、30%弱をLANPACKが占め、パソコンショップで販売される太鼓判は2〜3%
    • [41]シングルソースプログラムであらゆるハードウェア・OS環境に対応し、税制変更に伴う手直しやバージョンアップを数十万社分まとめて即時処理できる
  • 証券(新規上場会社紹介・1999年51巻2号)
    • [42]オービックの事業はコンピュータのシステムインテグレーション事業(情報システムの企画・開発・構築・販売)およびサポートサービス事業(保守・システムの運用支援)
参考文献[25]-[42]
  • オービック 有価証券報告書 第57期(2025年3月期)【沿革】
    • [25]1980年12月 株式会社オービックビジネスコンサルタント設立
    • [32]1999年10月 オービックビジネスコンサルタントの株式を店頭市場に公開
    • [26]オービックビジネスコンサルタントは1980年設立で、「奉行シリーズ」などビジネスソリューションの開発を行う
    • [27]経営理念は①自由と公平な職場作りと会社インフラ②採用と教育に重点を置いた人材の教育と企業成長③革新と戦略を追求する企画・製品開発の3点
    • [28]和田成史氏は1995年のWindows95発売・32ビット時代への移行から同社の成長が始まったと述べた
    • [29]Windows3.0発表当時(1992年ごろ)からWindows95の発表を予測し、95対応の製品開発にターゲットを絞り込んでいた
    • [30]1997年から1998年にかけては複数事業所をネットワークで結ぶ中規模〜中堅企業向けの「LANPACK」をベースに成長した
    • [31]1999年9月 パッケージをコアとしながら利用者ごとのカスタマイズを可能にしたERP製品の発売を開始
    • [33]3年の準備期間を経て1999年10月7日に株式を新規公開(店頭登録)した
    • [34]会社および商品・サービスの信頼性、社会性、成長性、戦略性をより高めることが公開の意図
    • [35]1999年3月期の売上高は102億45百万円、構成比はパッケージ53.1%・ユースウェア(サービスおよび関連製品)46.9%
    • [36]パッケージは「勘定奉行」など13製品、ユースウェアである関連製品は約50品目に及ぶ
    • [37]業務パッケージソフト市場における上位7社シェア(帝国データバンク調べ)で同社が40.3%の首位、今後50%のシェア確保を目指す
    • [38]奉行シリーズは4階層で、小規模企業に「太鼓判」、中規模企業に「スタンドアローン」、中堅企業に「LANPACK」を提供する企業規模別マーケティングを行った
    • [39]1999年9月に加わった「奉行シリーズ新ERP」を大手企業向けソリューション市場拡大の起爆剤と位置づけた
    • [40]プロダクト売上高の70%弱をスタンドアローン、30%弱をLANPACKが占め、パソコンショップで販売される太鼓判は2〜3%
    • [41]シングルソースプログラムであらゆるハードウェア・OS環境に対応し、税制変更に伴う手直しやバージョンアップを数十万社分まとめて即時処理できる
    • [42]オービックの事業はコンピュータのシステムインテグレーション事業(情報システムの企画・開発・構築・販売)およびサポートサービス事業(保守・システムの運用支援)

筆者考察

1998年と1999年に相次いで市場へ出た二つの会社は、同じ会計の仕事を正反対のやり方で売っていた。オービックは13の拠点から社員が顧客企業を訪ね、基幹業務を一件ずつ設計して納める。オービックビジネスコンサルタントは、太鼓判からLANPACKまで四つの階層に分けた奉行シリーズを、企業の規模に応じて販売店と店頭から配る。前者は人が動いた分だけ売上が立ち、後者は同じ製品が売れた数だけ売上が立つ。業務パッケージ市場の40.3%を握った会社と、代理店を一つも置かない会社が、資本でつながったまま別々の市場に居座る形が、この二年で固まった。

分けたのは売り先と配り方だけで、作る場所は両社とも自社に置いたままだった。オービックビジネスコンサルタントは単一のプログラムで数十万社分の税制改正をまとめて処理し、オービックは業種別に積んだソフトウェア資産を社員が組み合わせる。外から製品を仕入れて転売する経路を、どちらも持っていない。上場のときに会社が届け出た事業も、システムインテグレーションとサポートサービスの二つだった。作り、入れ、その後の面倒を見るところまでを一社に収めた構えは、株主が増えたあとも動かなかった。

1998年〜2005年の業績

決算期 区分 売上高 経常利益純利益 主な投資
億円 YoY 億円 億円 利益率
1998年03月期 連結 328 n/a n/a 14 4.3% n/a
1999年03月期 単体 n/a n/a n/a n/a n/a n/a
2000年03月期 単体 n/a n/a n/a n/a n/a n/a
2001年03月期 単体 n/a n/a n/a n/a n/a n/a
2002年03月期 連結 396 n/a 103 58 14.6% n/a
2003年03月期 連結 401 +1.3% n/a 49 12.2% n/a
2004年03月期 連結 421 +5.0% n/a 76 18.1% n/a
2005年03月期 連結 449 +6.7% n/a 83 18.5% n/a

出典・参考

5件
出典・参考
  • オービック 有価証券報告書 第57期(2025年3月期)【沿革】
  • マネジメント(1981年12月号・40巻12号)
  • 月刊貿易と産業(1990年10月号)
  • 証券(新規上場会社紹介・1999年51巻2号)
  • 証券アナリストジャーナル(1999年11月・37巻11号)

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