第1章 年〜年

GMOインターネットグループ:インターキューのプロバイダー・ドメイン事業とジャスダック上場

1991年〜電話会議装置から退き、後払い課金の接続事業へ転じた判断

創業者の熊谷正寿氏が東京都世田谷区にボイスメディアを設立したのは、1991年5月である。資金は、父の経営する会社で働きながら給料の大部分を回して貯めたものだった。その背後には21歳のころから手帳に書き込んできた未来年表があり、35歳で株式を上場することを目標としていた。会社が手がけたのは、パソコンと電話の技術を掛け合わせて電話会議に使う装置で、当初は注目され利益も上げた。だが熊谷氏は先行きが明るくないとみて、この事業から手を引いた。次に出会ったのがインターネットで、情報発信の常識を覆す産業になると判断し、32歳のときプロバイダー事業へ乗り出すと決めた。上場の期限から逆算すると時間は限られており、それが事業の選び直しを急がせたとみられる。

  • GMOインターネット 有価証券報告書 第20期(2010年12月期)【沿革】
    • [1]平成3年5月、双方向通信事業の企画・開発及び同機器の開発・販売を目的として、株式会社ボイスメディア(インターキュー株式会社の旧商号)を東京都世田谷区下馬に設立
  • ドリームゲート「第17回 GMOインターネット株式会社 熊谷正寿」(2006年5月26日)
    • [2]父の会社で働きながら、給料の大部分を将来設立する自分の会社のために貯蓄した
    • [3]21歳のころから手帳に「35歳で会社を上場させる」などの夢を書き、35歳までの「未来年表」を作成した
    • [4]ボイスメディアの事業内容は電話とパソコンの技術を組み合わせた電話会議装置の開発で、最初は話題となり利益が出た
    • [5]電話会議装置の事業は先行きが明るくないと判断し、撤退を決断した
    • [6]インターネットが情報発信の常識を変える産業になると直感し、32歳でインターネット・プロバイダー事業への進出を決断した

1995年当時、プロバイダーへの加入は会員制の年間契約で、料金は前払い、契約から接続まで1か月ほどかかる例がほとんどだった。熊谷氏は、『水道やガスのように、誰でもすぐに使えるような仕組みにしなければ、インターネットは普及していかない』と考えた。ボイスメディアは1995年11月に商号をインターキューへ改め、12月に接続のアクセス事業を始めた。NTTの協力を得て、利用時間に応じた料金を電話料金と一緒に後払いで徴収する非会員制の仕組みとした。接続サービスinterQは1分20円で手続きが要らず、アクセスポイントは開始から1か月半で全国51拠点に広がった。入会と前払いという利用者側の手間を、通信会社の請求網を借りて取り除いた点が競争優位になったとみられる。

  • ドリームゲート「第17回 GMOインターネット株式会社 熊谷正寿」(2006年5月26日)
    • [7]1995年当時、プロバイダーへの加入は会員制で年間契約、料金は前払い、契約から接続までに1カ月かかるケースがほとんどだった
    • [8]誰でもすぐに使える仕組みにしなければインターネットは普及しないと考えた
    • [11]NTTの協力を得て、電話回線を使い、利用時間に応じた課金制・後払い・電話料金と一緒に徴収する非会員制のインターネット接続サービスを実現した
  • GMOインターネット 有価証券報告書 第20期(2010年12月期)【沿革】
    • [9]平成7年11月、商号をインターキュー株式会社に変更
    • [10]平成7年12月、アクセス事業を開始
  • GMOインターネットグループ社史「プロバイダ革命──「interQ ORIGINAL」が切り拓いた世界への扉」
    • [12]interQは1分20円・手続き不要で、サービス開始から1か月半で全国51拠点までアクセスポイントを増やした

接続の売上は、1998年1〜3月期の377百万円から1999年10〜12月期の881百万円へ伸びた。1998年12月期の連結売上高は1,945百万円だった。営業利益は219百万円を計上している。その年の1〜3月期を見ると、売上の98.6%は接続を担うアクセス系から来ていた。この接続サービスによって、インターキューはベンチャー系で国内最大のプロバイダーの座に就いている。それでも熊谷氏は、接続事業が順調なあいだにも、インターネットをより面白いものにする必要があると考え続けた。稼ぎのほぼすべてを接続一本に頼る構造だったことが、次の事業探しへ向かわせたとみられる。

  • グローバルメディアオンライン 2001年12月期 第11期決算説明会資料(2002年2月25日)
    • [13]四半期売上高推移(連結相殺前)でアクセスは1998年1Q 377百万円、1999年4Q 881百万円
    • [15]四半期売上高比率(連結)で1998年1Qのアクセス系は98.6%
  • グローバルメディアオンライン 2002年度 第12期通期及び第4四半期決算説明会資料(2003年2月24日)
    • [14]年間推移(連結)で1998年の売上高1,945百万円、営業利益219百万円
  • ドリームゲート「第17回 GMOインターネット株式会社 熊谷正寿」(2006年5月26日)
    • [16]非会員制のインターネット接続サービスが一気にブレイクし、ベンチャー系としては日本最大のプロバイダーになった
    • [17]プロバイダー事業は順調に推移したが、インターネットをもっと面白くしなければいけないと考えていた
参考文献[1]-[17]
  • GMOインターネット 有価証券報告書 第20期(2010年12月期)【沿革】
    • [1]平成3年5月、双方向通信事業の企画・開発及び同機器の開発・販売を目的として、株式会社ボイスメディア(インターキュー株式会社の旧商号)を東京都世田谷区下馬に設立
    • [9]平成7年11月、商号をインターキュー株式会社に変更
    • [10]平成7年12月、アクセス事業を開始
  • ドリームゲート「第17回 GMOインターネット株式会社 熊谷正寿」(2006年5月26日)
    • [2]父の会社で働きながら、給料の大部分を将来設立する自分の会社のために貯蓄した
    • [3]21歳のころから手帳に「35歳で会社を上場させる」などの夢を書き、35歳までの「未来年表」を作成した
    • [4]ボイスメディアの事業内容は電話とパソコンの技術を組み合わせた電話会議装置の開発で、最初は話題となり利益が出た
    • [5]電話会議装置の事業は先行きが明るくないと判断し、撤退を決断した
    • [6]インターネットが情報発信の常識を変える産業になると直感し、32歳でインターネット・プロバイダー事業への進出を決断した
    • [7]1995年当時、プロバイダーへの加入は会員制で年間契約、料金は前払い、契約から接続までに1カ月かかるケースがほとんどだった
    • [8]誰でもすぐに使える仕組みにしなければインターネットは普及しないと考えた
    • [11]NTTの協力を得て、電話回線を使い、利用時間に応じた課金制・後払い・電話料金と一緒に徴収する非会員制のインターネット接続サービスを実現した
    • [16]非会員制のインターネット接続サービスが一気にブレイクし、ベンチャー系としては日本最大のプロバイダーになった
    • [17]プロバイダー事業は順調に推移したが、インターネットをもっと面白くしなければいけないと考えていた
  • GMOインターネットグループ社史「プロバイダ革命──「interQ ORIGINAL」が切り拓いた世界への扉」
    • [12]interQは1分20円・手続き不要で、サービス開始から1か月半で全国51拠点までアクセスポイントを増やした
  • グローバルメディアオンライン 2001年12月期 第11期決算説明会資料(2002年2月25日)
    • [13]四半期売上高推移(連結相殺前)でアクセスは1998年1Q 377百万円、1999年4Q 881百万円
    • [15]四半期売上高比率(連結)で1998年1Qのアクセス系は98.6%
  • グローバルメディアオンライン 2002年度 第12期通期及び第4四半期決算説明会資料(2003年2月24日)
    • [14]年間推移(連結)で1998年の売上高1,945百万円、営業利益219百万円

1997年〜レンタルサーバーとドメインを値下げで拡販し、継続課金で店頭公開へ至った道筋

熊谷氏は、ホームページが増えれば利用者はもっとインターネットを使いたくなるとみて、次にレンタルサーバーとドメイン登録へ取り組んだ。インターキューは1997年11月にレンタルサーバーのサーバー事業を始めた。当時はレンタルサーバーの利用に月額数十万円、ドメインの取得に10万円以上かかっていた。インターキューはこれを月額5万円と年間数千円へ引き下げ、価格破壊を掲げて提供を始めた。1999年10〜12月期には売上に占めるサーバー系の比率が22.5%へ上がり、アクセス系は77.0%まで下がった。接続で得た知名度の上に、単価を大きく下げた周辺サービスを重ねる値付けだったとみられる。

  • ドリームゲート「第17回 GMOインターネット株式会社 熊谷正寿」(2006年5月26日)
    • [18]ホームページが増えればユーザーはもっとインターネットを利用したくなると考え、次のステップとしてレンタルサーバー事業とドメイン登録事業に取り組んだ
    • [20]当時レンタルサーバーの利用は月額数十万円、ドメイン登録は取得に10万円以上、維持費に月数万円かかった
    • [21]打開策として「価格破壊」を考え、レンタルサーバー利用料を月間5万円、ドメイン登録料を年間数千円に下げて提供を開始した
  • GMOインターネット 有価証券報告書 第20期(2010年12月期)【沿革】
    • [19]平成9年11月、サーバー事業を開始
  • グローバルメディアオンライン 2001年12月期 第11期決算説明会資料(2002年2月25日)
    • [22]四半期売上高比率(連結)で1999年4Qはサーバー系22.5%、アクセス系77.0%

熊谷氏は、接続・レンタルサーバー・ドメインの3事業をいずれも、一度契約すれば継続して使われるストック型の収益モデルと位置づけた。1998年12月期に1,945百万円だった連結売上高は、1999年12月期に3,703百万円へ増えた。同じ期間に営業利益率は11.3%から19.3%へ上がった。東証マザーズなどの新興市場が開設される前で、当時の店頭公開には売上と利益の実績が要件とされた。1997年12月ごろに発足した公開準備チームは、社長を除く4名全員が公開実務の未経験者だった。大手資本の出資に頼らず、継続課金の売上と利益で公開の要件を満たしにいったとみられる。

  • ドリームゲート「第17回 GMOインターネット株式会社 熊谷正寿」(2006年5月26日)
    • [23]プロバイダー事業、レンタルサーバー事業、ドメイン登録事業はいずれも、いったん契約すれば継続して利用されるストック型の収益モデル
  • グローバルメディアオンライン 2002年度 第12期通期及び第4四半期決算説明会資料(2003年2月24日)
    • [24]年間売上高推移(連結)で1998年1,945百万円、1999年3,703百万円
    • [25]年間売上高推移(連結)の営業利益率は1998年11.3%、1999年19.3%
  • ITmedia エンタープライズ(2001年5月15日)
    • [26]東証マザーズ・大証ナスダック・ジャパンの設立で公開のハードルが下がったといわれるようになったのはインターキュー公開後で、当時の店頭公開は売上と利益が要件であった
    • [27]公開準備チームは1997年12月ごろ発足・1998年3月に本格稼働し、社長を除く4名全員が公開実務の未経験者であった

1999年8月、インターキューは独立系の接続事業者として日本で初めて株式を店頭公開した。8月27日の公開では、公募価格4,200円に対して初値が21,000円をつけ、時価総額は1,200億円に達した。公開時の熊谷氏は36歳で、35歳での上場という目標を1か月だけ超えての到達だった。熊谷氏はその前年の1998年に、2051年に売上高10兆円を目指す55ヵ年計画を定めていた。公開翌月の1999年9月にはドメイン事業を始め、接続・ホスティング・ドメインの3事業が揃った。公開で得た株式という対価と信用が、次の拡大の手段になったとみられる。

  • GMOインターネット 有価証券報告書 第20期(2010年12月期)【沿革】
    • [28]平成11年8月、当社株式がジャスダック市場に上場(証券コード9449)
    • [32]平成11年9月、ドメイン事業を開始
  • ITmedia エンタープライズ(2001年5月22日)
    • [29]1999年8月27日に独立系ISPとして日本で初めて店頭公開し、公募価格4,200円に対し初値21,000円、時価総額1,200億円となった
  • ドリームゲート「第17回 GMOインターネット株式会社 熊谷正寿」(2006年5月26日)
    • [30]上場したときは36歳で、「35歳で上場する」という目標を1カ月だけオーバーした
  • GMOインターネットグループ 経営方針「熊谷正寿が語るグループ成長戦略・事業戦略」
    • [31]1998年に「55ヵ年計画」を設定し、2051年に売上高10兆円・経常利益1兆円を目標に掲げた
参考文献[18]-[32]
  • ドリームゲート「第17回 GMOインターネット株式会社 熊谷正寿」(2006年5月26日)
    • [18]ホームページが増えればユーザーはもっとインターネットを利用したくなると考え、次のステップとしてレンタルサーバー事業とドメイン登録事業に取り組んだ
    • [20]当時レンタルサーバーの利用は月額数十万円、ドメイン登録は取得に10万円以上、維持費に月数万円かかった
    • [21]打開策として「価格破壊」を考え、レンタルサーバー利用料を月間5万円、ドメイン登録料を年間数千円に下げて提供を開始した
    • [23]プロバイダー事業、レンタルサーバー事業、ドメイン登録事業はいずれも、いったん契約すれば継続して利用されるストック型の収益モデル
    • [30]上場したときは36歳で、「35歳で上場する」という目標を1カ月だけオーバーした
  • GMOインターネット 有価証券報告書 第20期(2010年12月期)【沿革】
    • [19]平成9年11月、サーバー事業を開始
    • [28]平成11年8月、当社株式がジャスダック市場に上場(証券コード9449)
    • [32]平成11年9月、ドメイン事業を開始
  • グローバルメディアオンライン 2001年12月期 第11期決算説明会資料(2002年2月25日)
    • [22]四半期売上高比率(連結)で1999年4Qはサーバー系22.5%、アクセス系77.0%
  • グローバルメディアオンライン 2002年度 第12期通期及び第4四半期決算説明会資料(2003年2月24日)
    • [24]年間売上高推移(連結)で1998年1,945百万円、1999年3,703百万円
    • [25]年間売上高推移(連結)の営業利益率は1998年11.3%、1999年19.3%
  • ITmedia エンタープライズ(2001年5月15日)
    • [26]東証マザーズ・大証ナスダック・ジャパンの設立で公開のハードルが下がったといわれるようになったのはインターキュー公開後で、当時の店頭公開は売上と利益が要件であった
    • [27]公開準備チームは1997年12月ごろ発足・1998年3月に本格稼働し、社長を除く4名全員が公開実務の未経験者であった
  • ITmedia エンタープライズ(2001年5月22日)
    • [29]1999年8月27日に独立系ISPとして日本で初めて店頭公開し、公募価格4,200円に対し初値21,000円、時価総額1,200億円となった
  • GMOインターネットグループ 経営方針「熊谷正寿が語るグループ成長戦略・事業戦略」
    • [31]1998年に「55ヵ年計画」を設定し、2051年に売上高10兆円・経常利益1兆円を目標に掲げた

2000年〜子会社上場と株式交換で拡大した事業を、減益の後に法人向けへ集中させた転換

2000年9月、インターキューは設立1年に満たない連結子会社まぐクリックを大証ナスダック・ジャパン市場へ上場させた。まぐクリックの上場は設立から364日目で、当時の最短上場記録となった。2001年4月には商号をグローバルメディアオンラインへ改め、5月に株式交換でアイルを完全子会社にした。株式交換による買収はラピッドサイトやメールインなどへ続き、11月には第一通信も買収した。規模の拡大に合わせて4月に本社を移し、その後に買収した6社を同じ場所へ集めた。同じ年にはメール広告を軸とするメディア事業の立ち上げにも投資した。上場した株式を対価に使えることが、現金に頼らず買収を重ねる前提になったとみられる。

  • GMOインターネット 有価証券報告書 第20期(2010年12月期)【沿革】
    • [33]平成12年9月、連結子会社の株式会社まぐクリックが大阪証券取引所のナスダック・ジャパン市場に上場(証券コード4784)
    • [35]平成13年4月に商号をグローバルメディアオンライン株式会社に変更し、平成13年5月にサーバー事業の強化を図るため株式会社アイルを株式交換により完全子会社化
  • ドリームゲート「第17回 GMOインターネット株式会社 熊谷正寿」(2006年5月26日)
    • [34]2000年9月、連結子会社まぐクリックが創業から364日という当時の最短上場記録で上場
  • グローバルメディアオンライン 2001年12月期 第11期決算説明会資料(2002年2月25日)
    • [36]グループ全体の事業構造(法人別)でラピッドサイト、アイル、メールイン等を株式交換で取得
    • [37]2001年11月、株式会社第一通信を買収
    • [38]規模の拡大のため4月に社名変更および本社を移転し、その後買収した会社(6社)を一箇所に集めた
    • [39]2001年度にメディア事業(オプトインメール)の立ち上げの投資を行った

2001年12月期の連結営業利益は274百万円となり、前期の1,363百万円から79.8%減った。グローバルメディアオンラインは減益の要因として、買収と本社移転の費用、ネットバブルの崩壊を挙げた。接続事業では、NTTの規制を受けてinterQ ORIGINALが2002年1月22日に終了し、会員数も前四半期から純減した。2001年10〜12月期には、売上に占めるアクセス系の比率が28.7%まで下がった。グローバルメディアオンラインは自社回線を外部の回線へ切り替え、2002年4月から固定費を月額3千万円強減らす計画を示した。創業を支えた後払いの接続は、規制の変化を受けて主な収益源から外れたとみられる。

  • グローバルメディアオンライン 2001年12月期 第11期決算説明会資料(2002年2月25日)
    • [40]第11期決算(連結)の営業利益は2001年12月期274百万円、2000年12月期1,363百万円で、前年同期比79.8%減
    • [42]2001年第4四半期のアクセス事業は会員数が前四半期比で純減し、interQ ORIGINALがNTT規制によって2002年1月22日に終了した
    • [43]四半期売上高比率(連結)でアクセス事業は2001年4Q現在28.7%
    • [44]アクセス事業の課題として固定費を変動費化し、自社回線からアウトソーシング回線へ移して2002年度4月より固定費約3千万円強/月額を削減予定
  • グローバルメディアオンライン 2002年度 第12期通期及び第4四半期決算説明会資料(2003年2月24日)
    • [41]年間利益推移(連結)で2001年の落ち込みに「M&A及び本社移転コスト及びバブルの崩壊」と表示

2001年12月期、グローバルメディアオンラインは継続課金で積み上がるストック型の収益基盤を確立した。同じ期にサーバー事業の契約は21,993件から61,733件へ、ドメイン事業は143,577件から249,479件へ増えた。2002年12月期の連結売上高は12,313百万円、営業利益は1,186百万円となり、説明会資料はこれをV字回復と表した。2003年12月期の説明会は、1999年から2003年にかけて売上の比重が個人から法人へ大きく移ったと示した。売上の80%が法人向けで約40万社と契約し、グループを『ニッポンの「インターネット部」』と位置づけた。個人の接続料から、中小企業のサイト運営を受け持つ継続課金へ、収益の源が入れ替わったとみられる。

  • グローバルメディアオンライン 2001年12月期 第11期決算説明会資料(2002年2月25日)
    • [45]2001年度の結果・成果を「ストック型収益基盤の確立およびコスト削減による筋肉質化」と総括した
    • [46]サーバー事業は21,993件から61,733件へ180.6%増(連結)、ドメイン事業は143,577件から249,479件へ73.7%増
  • グローバルメディアオンライン 2002年度 第12期通期及び第4四半期決算説明会資料(2003年2月24日)
    • [47]2002年度の連結売上高12,313百万円、営業利益1,186百万円。2002年度ハイライトに「V字回復」と表示
  • グローバルメディアオンライン 2003年度 第13期通期及び第4四半期決算説明会資料(2004年2月23日)
    • [48]GMOの顧客層の変遷で、1999年と2003年を比べ売上比率は大きく法人顧客へシフトしたと表示
    • [49]GMOグループはニッポンの「インターネット部」で、売上の80%が法人向けビジネス、約40万社と契約関係にある
参考文献[33]-[49]
  • GMOインターネット 有価証券報告書 第20期(2010年12月期)【沿革】
    • [33]平成12年9月、連結子会社の株式会社まぐクリックが大阪証券取引所のナスダック・ジャパン市場に上場(証券コード4784)
    • [35]平成13年4月に商号をグローバルメディアオンライン株式会社に変更し、平成13年5月にサーバー事業の強化を図るため株式会社アイルを株式交換により完全子会社化
  • ドリームゲート「第17回 GMOインターネット株式会社 熊谷正寿」(2006年5月26日)
    • [34]2000年9月、連結子会社まぐクリックが創業から364日という当時の最短上場記録で上場
  • グローバルメディアオンライン 2001年12月期 第11期決算説明会資料(2002年2月25日)
    • [36]グループ全体の事業構造(法人別)でラピッドサイト、アイル、メールイン等を株式交換で取得
    • [37]2001年11月、株式会社第一通信を買収
    • [38]規模の拡大のため4月に社名変更および本社を移転し、その後買収した会社(6社)を一箇所に集めた
    • [39]2001年度にメディア事業(オプトインメール)の立ち上げの投資を行った
    • [40]第11期決算(連結)の営業利益は2001年12月期274百万円、2000年12月期1,363百万円で、前年同期比79.8%減
    • [42]2001年第4四半期のアクセス事業は会員数が前四半期比で純減し、interQ ORIGINALがNTT規制によって2002年1月22日に終了した
    • [43]四半期売上高比率(連結)でアクセス事業は2001年4Q現在28.7%
    • [44]アクセス事業の課題として固定費を変動費化し、自社回線からアウトソーシング回線へ移して2002年度4月より固定費約3千万円強/月額を削減予定
    • [45]2001年度の結果・成果を「ストック型収益基盤の確立およびコスト削減による筋肉質化」と総括した
    • [46]サーバー事業は21,993件から61,733件へ180.6%増(連結)、ドメイン事業は143,577件から249,479件へ73.7%増
  • グローバルメディアオンライン 2002年度 第12期通期及び第4四半期決算説明会資料(2003年2月24日)
    • [41]年間利益推移(連結)で2001年の落ち込みに「M&A及び本社移転コスト及びバブルの崩壊」と表示
    • [47]2002年度の連結売上高12,313百万円、営業利益1,186百万円。2002年度ハイライトに「V字回復」と表示
  • グローバルメディアオンライン 2003年度 第13期通期及び第4四半期決算説明会資料(2004年2月23日)
    • [48]GMOの顧客層の変遷で、1999年と2003年を比べ売上比率は大きく法人顧客へシフトしたと表示
    • [49]GMOグループはニッポンの「インターネット部」で、売上の80%が法人向けビジネス、約40万社と契約関係にある

1991年〜2004年の業績

決算期 区分 売上高 純利益 主な投資
億円 YoY 億円 利益率
1991年12月期 単体 n/a n/a n/a n/a n/a
1992年12月期 単体 n/a n/a n/a n/a n/a
1993年12月期 単体 n/a n/a n/a n/a n/a
1994年12月期 単体 n/a n/a n/a n/a n/a
1995年12月期 単体 n/a n/a n/a n/a n/a
1996年12月期 単体 n/a n/a n/a n/a n/a
1997年12月期 単体 n/a n/a n/a n/a n/a
1998年12月期 単体 n/a n/a n/a n/a n/a
1999年12月期 単体 n/a n/a n/a n/a n/a
2000年12月期 連結 80 n/a 12 15.0% n/a
2001年12月期 連結 92 +15.0% ▲1 ▲1.1% n/a
2002年12月期 連結 123 +33.7% 2 1.6% n/a
2003年12月期 連結 156 +26.8% 10 6.4% n/a
2004年12月期 連結 235 +50.6% 26 11.1% n/a

出典・参考

9件
出典・参考
  • グローバルメディアオンライン 2001年12月期 第11期決算説明会資料(2002年2月25日)
  • グローバルメディアオンライン 2002年度 第12期通期及び第4四半期決算説明会資料(2003年2月24日)
  • グローバルメディアオンライン 2003年度 第13期通期及び第4四半期決算説明会資料(2004年2月23日)
  • GMOインターネット 有価証券報告書 第20期(2010年12月期)【沿革】
  • GMOインターネットグループ社史「プロバイダ革命──「interQ ORIGINAL」が切り拓いた世界への扉」
  • ITmedia エンタープライズ(2001年5月15日)
  • ITmedia エンタープライズ(2001年5月22日)
  • ドリームゲート「第17回 GMOインターネット株式会社 熊谷正寿」(2006年5月26日)
  • GMOインターネットグループ 経営方針「熊谷正寿が語るグループ成長戦略・事業戦略」

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