早川徳次
シャープ・元株式会社早川金属工業研究所設立、取締役社長
社長就任 1935年5月
生年月日 —
学歴 東京市立筒井尋常小学校2年中退
出自 —
社長就任までの出自
出自
1893年に東京市日本橋区で生まれた。1912年9月、東京・本所松井町で金属加工の店を興した。1915年8月には金属製の繰出鉛筆を発明し、のちに「エバーレディーシャープペンシル」と名付けている。1923年の関東大震災で工場を失って西へ下り、1924年9月に現在の大阪市阿倍野区へ早川金属工業研究所を設立してラジオ受信機の製造に入った。文具の下請けから電機への転換は、震災からの再起の過程で起きている。
社長に選ばれた経緯
抜擢
1935年5月、資本金30万円をもって株式会社組織へ改め、株式会社早川金属工業研究所の取締役社長に就任した。1912年の個人創業から23年、大阪での再起から11年が経っていた。前任者はおらず、個人企業を法人へ改める手続きがそのまま社長就任にあたる。1936年6月に早川金属工業、1942年5月に早川電機工業へ商号を変更しても社長の座は動かず、1970年9月に取締役会長へ退くまで35年続いた。
在任中の主な施策
施策
1949年5月に大阪、1956年3月に東京の証券取引所へ株式を上場した。1959年から1968年にかけて八尾・奈良・広島・矢板へ工場を並べ、1962年5月には米国にSharp Electronics Corporationを設立している。1964年3月には電子式卓上計算機CS-10Aを53万5000円で発売した。1959年3月期に127.1億円だった売上高は1970年3月期に1207億円となり、その直前の1970年1月に商号をシャープへ改めた。 早川徳次氏、大阪で創業大阪でラジオへ転身
在任の評価
評価
執筆予定
経歴 1912〜1970年
在任中の業績
就任前-
退任時-
変化-
就任前-
退任時-
変化-
参考文献 4件
- 日本企業要覧 1960年版
- 日本企業要覧 1971年版
- 私の履歴書 経済人6「早川徳次(早川電機工業・社長)」(日本経済新聞社、1980年)
- シャープ 有価証券報告書【沿革】