佐伯旭

シャープ・元取締役社長

Saeki Akira(敬称略)

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社長就任 1970年9月
生年月日 —
学歴 大阪経理専門学校
出自 —
社長就任までの出自
出自

1917年に広島で生まれた。1931年3月に早川金属工業研究所へ入所し、1947年1月に取締役、1954年5月に常務取締役、1958年5月に専務取締役へ進んだ。入所から取締役までは16年、専務から社長までは12年である。1971年6月時点の役員欄で、同僚の常務取締役が電化事業本部長やテレビ事業本部長を兼ねているのに対し、佐伯氏の略歴に事業部門の長は並ばない。特定の製品を率いた実績ではなく、若くして役員に加わったまま23年を重ねた経路だった。

社長に選ばれた経緯
抜擢

1970年9月、創業者の早川徳次氏が取締役会長へ退き、専務取締役だった佐伯氏が取締役社長に就任した。同じ年の1月に商号をシャープへ改め、8月には奈良県天理市へ総合開発センターを建てている。1971年6月時点で並んだ専務取締役のうち、関正樹氏は1939年入社で1960年11月に取締役、深尾芳秀氏は1946年入社で同じく1960年11月に取締役となっており、1947年1月に取締役となった佐伯氏より13年遅い。社名も事業の中身も変える年に、最も長く役員を務めた人物が継いだ。

在任中の主な施策
施策

就任の翌々年、1973年6月にCOS方式による世界初の液晶電卓EL-805を2万6800円で発売し、18社が乱立した電卓の価格競争から半導体と液晶という独自デバイスへ資源を移した。1979年1月に八尾の大型冷蔵庫工場、1981年3月に奈良県新庄町の新庄工場、1984年10月に広島県福山市の福山工場を建設し、白物家電と電子部品の拠点を加えた。就任前年度の1970年3月期に1207億円だった売上高は、1985年3月期に9096億円となった。

在任の評価
評価

執筆予定

経歴 1931〜1998年
在任中の業績
就任前(FY69)1,207億円
退任時-
変化-
就任前-
退任時-
変化-
参考文献 3件
参考文献

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