稟議制度の廃止と社長決裁18項目(1980年・新潟鐵工所の決断)

更新:
論点決裁の速さと社内の合意のどちらを優先するか
新潟鐵工所:業績の推移
売上高(億円)経常利益率(%)
合議に時間をかける決裁から、担当役員が即断して責任を負う決裁への切り替え1980年、新潟鐵工所は社長が自ら決める事柄を書き出した「社長業マニュアル」をまとめた。社長が決裁するのは基本方針、経営計画、役員の担当業務、決算方針、予算編成方針、会社の新設や合併、新規事業、生産設備の購入など18項目に限り、それ以外は担当の役員に任せた。

何をなぜ決めたか:合議に時間をかける決裁から、担当役員が即断して責任を負う決裁への切り替え

概要

1980年、新潟鐵工所は社長が自ら決める事柄を書き出した「社長業マニュアル」をまとめた。社長が決裁するのは基本方針、経営計画、役員の担当業務、決算方針、予算編成方針、会社の新設や合併、新規事業、生産設備の購入など18項目に限り、それ以外は担当の役員に任せた。

同時に、稟議書による決裁をやめ、実質を失っていた常務会も取りやめた。担当役員より下の階層にも行動マニュアルと権限細則を設け、職務を執行した者がその結果の責任を負う仕組みにした。

背景

決裁を要する案件の背後で、事業は広がっていた。1975年3月期の売上は化工機36.3%、内燃機関29.6%、船舶16.2%に、車両・建設機械・産業機械・工作機械・鋳造品・空調機器を加えた9区分に分かれていた。単体の売上高は1976年3月期の1,157億円から1980年3月期の1,653億円まで増加した。

1980年には石油・ガス開発の関連機器へ進むため、米国のBS&Bエンジニアリング社の日本法人に資本参加し、BS&Bセイフティーシステムズ社と合弁会社を設立した。海外企業との交渉が加わり、社長1人の決裁に案件を集める仕組みは速さの面で限界に近づいていたと思われる。

内容

任された役員は、部内で議論した案件を口頭やメモで持ち込まれればその場で決める。社長に集まっていた決裁の権限は、それまでのほぼ半分になった。

稟議書をなくすと、誰がいつ何を決めたかの記録が残らない。そこで決めた内容を書き留める「決裁記録書」を設け、稟議の利点だった記録性だけを残した。1981年5月時点で運用は10か月ほど続き、社長は大きな判断に時間を割けるようになった。

含意

業績は2年後に崩れた。単体の経常利益は1981年3月期の51億円から、1982年3月期には11億円の赤字に転じ、当期純損失は16億円となった。1982年度からの第2次中期経営計画(3か年)は、状況に応じて項目を差し替えるルーズリーフ方式で組まれた。

1982年6月には管理部門を長く担った鷲尾秀夫氏が社長に就任した。鷲尾秀夫社長は『競争は激しく、リスクも大きいが、これからの営業は座して待っていてもダメだ』と社員に営業の転換を求めたが、1983年3月に再建推進委員会を設置し、1984年3月期の経常損益は47億円の赤字まで悪化した。

いつ何が起きたか12件
考察:決裁は速くなり、事業の数は変わらなかった
考察

考察:決裁は速くなり、事業の数は変わらなかった

なぜ稟議をやめたのか。9区分の事業と海外企業との提携が並ぶ会社で、案件をすべて社長の決裁へ集めれば、判断は社長の時間で止まる。稟議は合意を取りつけるには向くが、誰が決めたかがぼやける。社長の決裁を18項目に絞り、残りを担当役員に即断させれば、速さと責任の所在を同時に得られる。決裁記録書で記録だけを残した点に、稟議の利点を捨て切らない慎重さが見える。合議の手間を省きつつ、後から検証できる記録は保ったのである。

もっとも、委譲は事業の数を減らす判断までは含んでいなかった。会社の新設や新規事業は社長の18項目に残り、各役員は任された事業の中で速く決めることになる。部門ごとの即断は、全社でどの事業を縮めるかという問いを先送りにしやすい。経常利益が過去最高の51億円に達した1981年3月期の直後に赤字へ転じたのは、速くなった決裁が事業の取捨にまで届かなかったためだろう。18項目の線引きは、権限の配分であって事業の選別ではなかった。

この改革は部分的な成功にとどまった。決裁の速さは得たが、単体の経常損益は1982年3月期に11億円の赤字、1984年3月期には47億円の赤字まで悪化し、1983年3月には再建推進委員会を設置することになった。1985年3月期は経常利益3億円で黒字に回復したものの、1985年3月期まで利益水準は1981年3月期を下回り続けた。決め方を変えても、何を決めるかが変わらなければ業績は戻らなかった。

Yutaka Sugiura, 2026年10月
数字で見る1表

数字で見る

図と表

新潟鐵工所:単体の売上高と経常損益の推移

売上高(億円)経常利益率(%)

経常利益は1981年3月期の51億円を最後に赤字へ

新潟鐵工所:単体の売上高と経常損益の推移
(億円)売上高経常利益当期純利益備考
1976年3月期1,1574221
1977年3月期1,2954824
1978年3月期1,4723021
1979年3月期1,4373422
1980年3月期1,6534626
1981年3月期1,82651301980年9月までに稟議書と常務会を廃止。経常利益はこの期が最高
1982年3月期1,773△11△16減収で経常赤字に転落。6月に鷲尾秀夫氏が社長就任
1983年3月期1,73819113月に再建推進委員会を設置
1984年3月期1,421△472経常赤字は47億円まで拡大
1985年3月期1,50832
出所:会社年鑑 1986年版(単体業績。1976〜1985年3月期)
出所:会社年鑑 1986年版(単体業績。1976〜1985年3月期)
参考文献

参考文献

参考
  • 日経ビジネス 1980年9月22日号
  • 会社年鑑 1976年版
  • 会社年鑑 1986年版
  • 日経ビジネス 1980年8月11日号
  • 日経ビジネス 1981年5月4日号
  • 日経ビジネス 1982年7月26日号
  • 日経ビジネス 1983年1月10日号
  • 新潟鉄工所100年史(新潟鉄工所、1996年)年表
  • 会社年鑑 1986年版(単体業績。1976〜1985年3月期)
  • 新潟鐵工所 社史「新潟鉄工所100年史(1996年)年表」

次に読む決断

免責事項およびポリシー