なぜ稟議をやめたのか。9区分の事業と海外企業との提携が並ぶ会社で、案件をすべて社長の決裁へ集めれば、判断は社長の時間で止まる。稟議は合意を取りつけるには向くが、誰が決めたかがぼやける。社長の決裁を18項目に絞り、残りを担当役員に即断させれば、速さと責任の所在を同時に得られる。決裁記録書で記録だけを残した点に、稟議の利点を捨て切らない慎重さが見える。合議の手間を省きつつ、後から検証できる記録は保ったのである。
もっとも、委譲は事業の数を減らす判断までは含んでいなかった。会社の新設や新規事業は社長の18項目に残り、各役員は任された事業の中で速く決めることになる。部門ごとの即断は、全社でどの事業を縮めるかという問いを先送りにしやすい。経常利益が過去最高の51億円に達した1981年3月期の直後に赤字へ転じたのは、速くなった決裁が事業の取捨にまで届かなかったためだろう。18項目の線引きは、権限の配分であって事業の選別ではなかった。
この改革は部分的な成功にとどまった。決裁の速さは得たが、単体の経常損益は1982年3月期に11億円の赤字、1984年3月期には47億円の赤字まで悪化し、1983年3月には再建推進委員会を設置することになった。1985年3月期は経常利益3億円で黒字に回復したものの、1985年3月期まで利益水準は1981年3月期を下回り続けた。決め方を変えても、何を決めるかが変わらなければ業績は戻らなかった。