日本マクドナルド:JASDAQ上場と原田泳幸CEOの直営店フランチャイズ転換
2000年〜平日半額65円とJASDAQ上場、BSE後の3度の価格改定
2000年2月、日本マクドナルドは平日に限ってハンバーガーを65円で売り始めた。藤田田氏は1995年頃から、日本経済がデフレに入ると見て値を下げてきたと語っている。ハンバーガーとチーズバーガーにコーヒーを足しても341円に収まるため、半額の値付けは40〜50歳の男性を昼の客に呼び込んだ。直営とフランチャイズを合わせた売上高は2001年に約4300億円となり、藤田氏は約29兆円の外食市場の5%を取るとして、1兆円の目標を掲げた。50歳以上が人口の12分の5を占めることから、15〜25歳に置いてきた客層の見直しも口にしていた。安さで客層を広げる手は、前章の130円から一段と深く掘り進められた。
- 日経ビジネス 2004年7月26日号
- [1]2000年2月、ハンバーガーの価格を平日65円とした
- 日経ビジネス 2001年7月2日号
- [2]藤田田氏は、1995年頃から日本経済がデフレに入ると判断し、安く売ってきたと述べた
- [3]平日半額により40〜50歳の男性客が昼に来店するようになり、ハンバーガー・チーズバーガー・コーヒーの組み合わせは341円だった
- [4]2001年時点の売上高は約4300億円で、藤田田氏は約29兆円の外食市場の5%を取るとして売上高1兆円の達成を掲げた
- [5]藤田田氏は、50歳以上が人口1億2500万人のうち5000万人を占めるとして、15〜25歳を対象としてきた方針を少し転換する必要があると述べた
2001年7月、日本マクドナルドはJASDAQ市場に株式を上場し、資本金を241億1387万円とした。藤田氏は、300〜400店なら手元の資金で借入なしに出せるとして資金集めを上場の目的から外し、100株単位で消費者に株を持ってもらうことを挙げた。後継も理由の一つで、当時75歳の藤田氏は『このまま個人会社でいったら、僕が死んだら大混乱を来すでしょう』と述べ、公開会社にして次の社長を決めておくほうがよいとした。同じ時期、米国本社は1%で始まったロイヤルティーを5%へ戻すよう求め、藤田氏は2.5%で折り合った。この料率は後年の決算公告でも、直営とフランチャイズの合計売上高の2.5%として確かめられる。
- 日本マクドナルドホールディングス 有価証券報告書 第55期(2025年12月期)【沿革】
- [6]2001年7月、JASDAQ市場へ上場し、資本金を241億1387万円に増資した
- 日経ビジネス 2001年7月2日号
- [7]藤田田氏は、キャッシュフローで300〜400店は借入なしに出店でき、上場は100株単位で消費者に株を持ってもらうためだと述べた
- [8]75歳の藤田田氏は、上場してパブリックカンパニーとなり、次の社長を決めておく方がよいと述べた
- [9]創業時に1%で始めたロイヤルティーについて米国側が5%への引き上げを求め、藤田田氏は2.5%で受け入れた
- 日本マクドナルド株式会社 第8期決算公告(2009年12月期)
- [10]日本マクドナルドはマクドナルド・コーポレーションとのライセンス契約に基づき、システムワイドセールスの2.5%をロイヤルティーとして支払っていた
上場の2カ月後、2001年9月に国内でBSEが見つかり、牛肉を避ける客の動きで既存店の売上高が落ち込んだ。会社は客足を戻そうと、1年ほどの間にハンバーガーの値段を65円、80円、59円と3度変えた。値付けが揺れたことで、価格への信頼が損なわれた。既存店の前年同月比は24カ月続けてマイナスとなった。この間、2002年2月にエブリデイ・マックを、同年6月に英国のサンドイッチチェーンと組む日本プレタ・マンジェを設けている。連結売上高は2001年12月期の3616億円から2002年12月期の3207億円へ減り、最終損益は2002年12月期に23億円、2003年12月期に71億円の赤字となり、赤字が2期続いた。
- 日経ビジネス 2004年7月26日号
- [11]2001年9月に国内でBSEが発生し、消費者の牛肉離れで既存店の売上高が大きく落ち込んだ
- [12]苦境を脱するため、約1年の間にハンバーガーの価格を65円、80円、59円と改定した
- [13]短期間の価格改定は消費者に値付けへの不信感を抱かせた
- [14]既存店の前年同月比売上高は2003年11月にプラスへ転じるまで24カ月連続でマイナスだった
- 日本マクドナルドホールディングス 有価証券報告書 第55期(2025年12月期)【沿革】
- [15]2002年2月に50%出資の株式会社エブリデイ・マックを、同年6月に50%出資の日本プレタ・マンジェ株式会社を設立した
- 日本マクドナルドホールディングス 有価証券報告書 第35期(2005年12月期)【主要な経営指標等の推移】
- [16]連結売上高は2001年12月期3616億円、2002年12月期3207億円だった
- [17]連結当期純損益は2002年12月期が23.3億円、2003年12月期が71.2億円の損失だった
参考文献[1]-[17]
- 日経ビジネス 2004年7月26日号
- [1]2000年2月、ハンバーガーの価格を平日65円とした
- [11]2001年9月に国内でBSEが発生し、消費者の牛肉離れで既存店の売上高が大きく落ち込んだ
- [12]苦境を脱するため、約1年の間にハンバーガーの価格を65円、80円、59円と改定した
- [13]短期間の価格改定は消費者に値付けへの不信感を抱かせた
- [14]既存店の前年同月比売上高は2003年11月にプラスへ転じるまで24カ月連続でマイナスだった
- 日経ビジネス 2001年7月2日号
- [2]藤田田氏は、1995年頃から日本経済がデフレに入ると判断し、安く売ってきたと述べた
- [3]平日半額により40〜50歳の男性客が昼に来店するようになり、ハンバーガー・チーズバーガー・コーヒーの組み合わせは341円だった
- [4]2001年時点の売上高は約4300億円で、藤田田氏は約29兆円の外食市場の5%を取るとして売上高1兆円の達成を掲げた
- [5]藤田田氏は、50歳以上が人口1億2500万人のうち5000万人を占めるとして、15〜25歳を対象としてきた方針を少し転換する必要があると述べた
- [7]藤田田氏は、キャッシュフローで300〜400店は借入なしに出店でき、上場は100株単位で消費者に株を持ってもらうためだと述べた
- [8]75歳の藤田田氏は、上場してパブリックカンパニーとなり、次の社長を決めておく方がよいと述べた
- [9]創業時に1%で始めたロイヤルティーについて米国側が5%への引き上げを求め、藤田田氏は2.5%で受け入れた
- 日本マクドナルドホールディングス 有価証券報告書 第55期(2025年12月期)【沿革】
- [6]2001年7月、JASDAQ市場へ上場し、資本金を241億1387万円に増資した
- [15]2002年2月に50%出資の株式会社エブリデイ・マックを、同年6月に50%出資の日本プレタ・マンジェ株式会社を設立した
- 日本マクドナルド株式会社 第8期決算公告(2009年12月期)
- [10]日本マクドナルドはマクドナルド・コーポレーションとのライセンス契約に基づき、システムワイドセールスの2.5%をロイヤルティーとして支払っていた
- 日本マクドナルドホールディングス 有価証券報告書 第35期(2005年12月期)【主要な経営指標等の推移】
- [16]連結売上高は2001年12月期3616億円、2002年12月期3207億円だった
- [17]連結当期純損益は2002年12月期が23.3億円、2003年12月期が71.2億円の損失だった
2003年〜藤田商店との契約打ち切りとドナヒュー会長の既存店回帰、原田泳幸社長の組織改革
2003年3月、藤田氏は体力の限界を理由に会社を去った。5月には米国本社からパット・ドナヒュー氏が会長として入り、藤田氏以外の経営人材が育たなかったことを問題に挙げた。ドナヒュー氏は出店の拡大を止めて既存店の売上を戻すことに的を絞り、昼の混雑時に60秒で商品を渡す取り組みを始めた。不採算店を閉じたため、2003年度の総店舗数は創業以来初めて前年を下回り、プレタ・マンジェからも手を引いた。12月には藤田家の会社である藤田商店との経営指導契約を打ち切った。直営とフランチャイズを合わせた2003年の売上高は3867億円にとどまっている。日本法人の経営は、ここから米国本社が送る経営陣の手に移った。
- 日経ビジネス 2004年7月26日号
- [18]2003年3月、藤田田氏は体力の限界を理由に日本マクドナルドを去った
- [19]2003年5月に米国マクドナルドからパット・ドナヒュー会長が送り込まれ、同氏は藤田氏という傑出したリーダーの下で他の人材が育たなかったと述べた
- [20]ドナヒュー会長は拡大路線にブレーキをかけて既存店の売上回復を主眼とし、昼の時間帯に注文から60秒で商品を渡すキャンペーンを行った
- [21]不採算店の整理で2003年度は創業以来初めて総店舗数が前年を下回り、プレタ・マンジェなどの新業態からも撤退した
- [22]2003年12月、藤田家のファミリー企業である藤田商店との経営指導契約を打ち切った
- 日本マクドナルド「McDonald's Report 2003」会社概要(2004年5月)
- [23]2003年の売上高(直営店・フランチャイズ店合計売上)は3867億円だった
2003年度の報告書は、売上高と利益を戻すために経営資源を注いだが、当初の計画には届かなかったと認めている。そのうえで会社側は『既存店の営業力を回復させることが急務であると考えており、引き続きハンバーガー事業に対し、経営資源を集中してまいります』と記した。立て直しの柱には、ブランドの再構築、店舗体験の向上、健全な経営基盤の確立の三つを据えた。2003年9月には世界共通のブランド戦略「i'm lovin' it」が始まり、全国を844の地域に分けて出店と閉店の優先順位を決める仕組みも入れている。企業理念も同じ月に改め、藤田氏の「新たな食文化の創造と拡大」を下ろした。既存店の前年同月比は2003年11月にプラスへ戻った。
- 日本マクドナルド「McDonald's Report 2003」確かな企業価値の構築を目指して(2004年5月)
- [24]2003年度は売上高と利益の回復に経営資源を集中したが、当初計画の売上高と利益は達成できなかった
- [25]会社は既存店の営業力の回復を急務とし、ハンバーガー事業に経営資源を集中する方針を示した
- [26]売上高・利益の回復に向け、「マクドナルド・ブランドの再構築」「店舗体験の向上」「健全な経営基盤の確立」の三つの戦略的課題を掲げた
- [27]2003年9月にグローバル・ブランド戦略「i'm lovin' it」を始め、同年度には全国を844のエリアに分けて出店・閉店の優先順位を決めるエリアマーケット戦略「PMO」を導入した
- 日経ビジネス 2004年7月26日号
- [28]2003年9月に企業理念を改定し、藤田氏の掲げた「新たな食文化の創造と拡大」に代えて、お客様にお気に入りの食事の場とスタイルを提供することを目標とした
- [29]既存店の前年同月比売上高は2003年11月にプラスへ転換した
2004年2月、アップルコンピュータ日本法人の社長を務めた原田泳幸氏が入社し、5月に八木康行氏から社長を引き継いだ。ドナヒュー会長と連名の報告書の挨拶で、二人は『私たち日本マクドナルドにとってもまさに第二の創業期にあるといっても過言ではありません』と書いている。原田氏は店舗を統括していた地区本部をなくし、決裁の判子を3個までに減らした。各本部長もほぼ全員を入れ替え、後任は社内から公募した。店長には勤務時間の9割を店内に充てるよう求め、売上に応じた報酬を前もって約束している。一方で原田氏は、今後の店舗展開ではフランチャイズを積極的に使い、自社出身者に限らず経営のプロをオーナーに迎えるとした。
- 日経ビジネス 2004年7月26日号
- [30]アップルコンピュータ日本法人の社長だった原田永幸氏が2004年2月に入社し、同年5月に八木康行前社長から社長を引き継いだ
- [32]原田社長は地区本部を廃止して指揮系統の二重構造を解消し、社長に届く文書の判子を最大3個までとするルールを徹底させた
- [33]営業本部やマーケティング本部などの本部長を事実上全員解任し、新しい本部長を全社員から公募した
- [34]店長に就業時間の9割を店内業務に充てるよう指示し、2004年6月には店舗の売上に応じた店長報酬を確約した
- [35]原田社長はFC展開を積極的に進めたいとし、今後のFC店オーナーは自社の卒業生にこだわらず経営のプロに任せると述べた
- 日本マクドナルド「McDonald's Report 2003」ごあいさつ「新しい時代に向けて」(2004年5月)
- [31]2004年5月付の報告書の挨拶は、代表取締役会長兼CEOパット・O・ドナヒュー氏と代表取締役副会長兼社長原田永幸氏の連名だった
参考文献[18]-[35]
- 日経ビジネス 2004年7月26日号
- [18]2003年3月、藤田田氏は体力の限界を理由に日本マクドナルドを去った
- [19]2003年5月に米国マクドナルドからパット・ドナヒュー会長が送り込まれ、同氏は藤田氏という傑出したリーダーの下で他の人材が育たなかったと述べた
- [20]ドナヒュー会長は拡大路線にブレーキをかけて既存店の売上回復を主眼とし、昼の時間帯に注文から60秒で商品を渡すキャンペーンを行った
- [21]不採算店の整理で2003年度は創業以来初めて総店舗数が前年を下回り、プレタ・マンジェなどの新業態からも撤退した
- [22]2003年12月、藤田家のファミリー企業である藤田商店との経営指導契約を打ち切った
- [28]2003年9月に企業理念を改定し、藤田氏の掲げた「新たな食文化の創造と拡大」に代えて、お客様にお気に入りの食事の場とスタイルを提供することを目標とした
- [29]既存店の前年同月比売上高は2003年11月にプラスへ転換した
- [30]アップルコンピュータ日本法人の社長だった原田永幸氏が2004年2月に入社し、同年5月に八木康行前社長から社長を引き継いだ
- [32]原田社長は地区本部を廃止して指揮系統の二重構造を解消し、社長に届く文書の判子を最大3個までとするルールを徹底させた
- [33]営業本部やマーケティング本部などの本部長を事実上全員解任し、新しい本部長を全社員から公募した
- [34]店長に就業時間の9割を店内業務に充てるよう指示し、2004年6月には店舗の売上に応じた店長報酬を確約した
- [35]原田社長はFC展開を積極的に進めたいとし、今後のFC店オーナーは自社の卒業生にこだわらず経営のプロに任せると述べた
- 日本マクドナルド「McDonald's Report 2003」会社概要(2004年5月)
- [23]2003年の売上高(直営店・フランチャイズ店合計売上)は3867億円だった
- 日本マクドナルド「McDonald's Report 2003」確かな企業価値の構築を目指して(2004年5月)
- [24]2003年度は売上高と利益の回復に経営資源を集中したが、当初計画の売上高と利益は達成できなかった
- [25]会社は既存店の営業力の回復を急務とし、ハンバーガー事業に経営資源を集中する方針を示した
- [26]売上高・利益の回復に向け、「マクドナルド・ブランドの再構築」「店舗体験の向上」「健全な経営基盤の確立」の三つの戦略的課題を掲げた
- [27]2003年9月にグローバル・ブランド戦略「i'm lovin' it」を始め、同年度には全国を844のエリアに分けて出店・閉店の優先順位を決めるエリアマーケット戦略「PMO」を導入した
- 日本マクドナルド「McDonald's Report 2003」ごあいさつ「新しい時代に向けて」(2004年5月)
- [31]2004年5月付の報告書の挨拶は、代表取締役会長兼CEOパット・O・ドナヒュー氏と代表取締役副会長兼社長原田永幸氏の連名だった
2005年〜メイド・フォー・ユーと全店売上5000億円、フランチャイズ比率60%と433店の閉店
原田氏は2005年を、サービス・バリュー・ファミリーを軸に付加価値を積む年と位置づけた。調理の面では注文を受けてから作る方式に切り替え、社長の挨拶は『作り置きをしない「メイド・フォー・ユー」システムを全店に導入し食品廃棄物の抑制を実現させてきました』と述べている。2006年には商品開発、店舗運営、店舗開発に経済効率の高いビジネスモデルを加えた4つの施策を掲げた。2008年にはクォーターパウンダーを投入し、232店を改装した。24時間営業も広げている。直営とフランチャイズを合わせた売上高は2004年の3959億円から2008年に5183億円へ伸び、外食産業で初めて5000億円を超えた。連結営業利益も2005年12月期の32億円から2008年12月期の195億円へ戻った。
- 日本マクドナルド「マクドナルドレポート 2005」ごあいさつ(2006年3月)
- [36]2005年度は「サービス」「バリュー」「ファミリー」をキーワードとした戦略の下で付加価値の最大化に努めた
- [37]作り置きをしない「メイド・フォー・ユー」システムを全店に導入した
- [38]2006年度は「戦略的な商品開発」「さらなる店舗運営の強化」「戦略的な店舗開発」「総合的な経済効率のビジネスモデル」の4つの施策を行うとした
- 日本マクドナルド「CSRレポート 2008」トップメッセージ
- [39]2008年はクォーターパウンダーなどの新メニューを投入し、232店の店舗改装を行った
- 日本マクドナルド「CSRレポート 2009」トップメッセージ
- [40]快適な店舗体験のため24時間営業の拡充を進めた
- 日本マクドナルド「CSRレポート 2008」トップメッセージ・企業実績
- [41]全店売上高(直営店・フランチャイズ店合計)は2004年3959億円、2008年5183億円で、2008年に外食産業で初めて5000億円を達成した
- 日本マクドナルドホールディングス 有価証券報告書 第38期(2008年12月期)【主要な経営指標等の推移】
- [42]連結営業利益は2005年12月期32億円、2008年12月期195億円だった
並行して店の持ち方も変わり、2008年のトップメッセージはフランチャイズの拡大を掲げ、翌2009年はその改革を重点施策の一つに据えた。狙いについて社長は『フランチャイズの拡大を通じて、オーナー・オペレーターの皆さんの業績向上を図りながら、マクドナルド全体のより大きなビジネスの拡大を目指しています』と説明している。事業会社の決算公告を見ると、直営店売上高は2008年12月期の3617億円から2011年12月期の2270億円へ減り、フランチャイズ収入は442億円から748億円へ増えた。2008年12月期のフランチャイズ収入には、直営店をオーナーへ売った利益43億円が含まれている。連結売上高は2008年12月期の4063億円から2011年12月期の3023億円へ縮んだが、営業利益は195億円から282億円へ伸びた。
- 日本マクドナルド「CSRレポート 2008」「CSRレポート 2009」トップメッセージ
- [43]2008年のトップメッセージはフランチャイズの拡大に触れ、2009年は「フランチャイズビジネス改革の進展」を重点施策の一つとした
- 日本マクドナルド「CSRレポート 2009」トップメッセージ
- [44]会社はフランチャイズの拡大を通じ、オーナー・オペレーターの業績向上とマクドナルド全体のビジネス拡大を目指すとした
- 日本マクドナルド株式会社 第7期決算公告(2008年12月期)・第10期決算公告(2011年12月期)
- [45]日本マクドナルド株式会社の直営店売上高は2008年12月期3616億70百万円、2011年12月期2269億72百万円、フランチャイズ収入は同じく441億79百万円、747億60百万円だった
- 日本マクドナルド株式会社 第7期決算公告(2008年12月期)
- [46]2008年12月期はフランチャイズ契約の締結に伴う店舗運営事業の売却益43億35百万円を売上高(フランチャイズ収入)に含めた
- 日本マクドナルドホールディングス 有価証券報告書 第43期(2013年12月期)【主要な経営指標等の推移】/同 第38期(2008年12月期)
- [47]連結売上高は2008年12月期4063億円、2011年12月期3023億円、連結営業利益は同じく195億円、282億円だった
2010年、フランチャイズ比率は全店舗の60%に達し、会社は70%まで引き上げる方針を示した。同じ頃、狭い店や立地の劣る店を外して店舗網全体の質を上げるとして、433店を1年以内に閉じると決めた。閉店で店数は減ったが、1店当たりの平均売上は約9.2%上がった。2011年は震災の年だったが、既存店売上高は8年続けて前年を上回り、フランチャイズ比率は62%となった。米国本社へのロイヤルティーは、2011年12月期に全店売上高の3.0%へ上がっている。2013年12月期の連結営業利益は115億円に落ち、同年、事業会社の社長兼CEOにはサラ・カサノバ氏が就いた。
- 日本マクドナルド「CSR Report 2010」トップメッセージ
- [48]2010年にフランチャイズ比率60%を達成し、今後70%へ拡大するとした
- [50]2010年は戦略的閉店で店舗数が減少したが、1店舗当たりの平均売上は約9.2%上昇した
- 日本マクドナルド株式会社 第8期決算公告(2009年12月期)
- [49]店舗規模や立地の観点から433店舗を今後1年以内を目処に戦略的に閉店することを決議し、理由はフランチャイズ店舗を含めた店舗網全体の質を高めるためとした
- 日本マクドナルド「CSR Report 2011」トップメッセージ
- [51]2011年は東日本大震災の影響下でも既存店売上高が対前年比で8年連続プラスとなり、フランチャイズ店舗比率は62%に上昇した
- 日本マクドナルド株式会社 第9期決算公告(2010年12月期)・第10期決算公告(2011年12月期)
- [52]マクドナルド・コーポレーションへのロイヤルティーは、2010年12月期のシステムワイドセールスの2.5%から、2011年12月期は3.0%となった
- 日本マクドナルドホールディングス 有価証券報告書 第43期(2013年12月期)/日本マクドナルド「CSR Report 2013」企業概要
- [53]2013年12月期の連結営業利益は115億円で、2013年末時点の日本マクドナルド株式会社の代表取締役社長兼CEOはサラ・エル・カサノバ氏、取締役会長は原田泳幸氏だった
参考文献[36]-[53]
- 日本マクドナルド「マクドナルドレポート 2005」ごあいさつ(2006年3月)
- [36]2005年度は「サービス」「バリュー」「ファミリー」をキーワードとした戦略の下で付加価値の最大化に努めた
- [37]作り置きをしない「メイド・フォー・ユー」システムを全店に導入した
- [38]2006年度は「戦略的な商品開発」「さらなる店舗運営の強化」「戦略的な店舗開発」「総合的な経済効率のビジネスモデル」の4つの施策を行うとした
- 日本マクドナルド「CSRレポート 2008」トップメッセージ
- [39]2008年はクォーターパウンダーなどの新メニューを投入し、232店の店舗改装を行った
- 日本マクドナルド「CSRレポート 2009」トップメッセージ
- [40]快適な店舗体験のため24時間営業の拡充を進めた
- [44]会社はフランチャイズの拡大を通じ、オーナー・オペレーターの業績向上とマクドナルド全体のビジネス拡大を目指すとした
- 日本マクドナルド「CSRレポート 2008」トップメッセージ・企業実績
- [41]全店売上高(直営店・フランチャイズ店合計)は2004年3959億円、2008年5183億円で、2008年に外食産業で初めて5000億円を達成した
- 日本マクドナルドホールディングス 有価証券報告書 第38期(2008年12月期)【主要な経営指標等の推移】
- [42]連結営業利益は2005年12月期32億円、2008年12月期195億円だった
- 日本マクドナルド「CSRレポート 2008」「CSRレポート 2009」トップメッセージ
- [43]2008年のトップメッセージはフランチャイズの拡大に触れ、2009年は「フランチャイズビジネス改革の進展」を重点施策の一つとした
- 日本マクドナルド株式会社 第7期決算公告(2008年12月期)・第10期決算公告(2011年12月期)
- [45]日本マクドナルド株式会社の直営店売上高は2008年12月期3616億70百万円、2011年12月期2269億72百万円、フランチャイズ収入は同じく441億79百万円、747億60百万円だった
- 日本マクドナルド株式会社 第7期決算公告(2008年12月期)
- [46]2008年12月期はフランチャイズ契約の締結に伴う店舗運営事業の売却益43億35百万円を売上高(フランチャイズ収入)に含めた
- 日本マクドナルドホールディングス 有価証券報告書 第43期(2013年12月期)【主要な経営指標等の推移】/同 第38期(2008年12月期)
- [47]連結売上高は2008年12月期4063億円、2011年12月期3023億円、連結営業利益は同じく195億円、282億円だった
- 日本マクドナルド「CSR Report 2010」トップメッセージ
- [48]2010年にフランチャイズ比率60%を達成し、今後70%へ拡大するとした
- [50]2010年は戦略的閉店で店舗数が減少したが、1店舗当たりの平均売上は約9.2%上昇した
- 日本マクドナルド株式会社 第8期決算公告(2009年12月期)
- [49]店舗規模や立地の観点から433店舗を今後1年以内を目処に戦略的に閉店することを決議し、理由はフランチャイズ店舗を含めた店舗網全体の質を高めるためとした
- 日本マクドナルド「CSR Report 2011」トップメッセージ
- [51]2011年は東日本大震災の影響下でも既存店売上高が対前年比で8年連続プラスとなり、フランチャイズ店舗比率は62%に上昇した
- 日本マクドナルド株式会社 第9期決算公告(2010年12月期)・第10期決算公告(2011年12月期)
- [52]マクドナルド・コーポレーションへのロイヤルティーは、2010年12月期のシステムワイドセールスの2.5%から、2011年12月期は3.0%となった
- 日本マクドナルドホールディングス 有価証券報告書 第43期(2013年12月期)/日本マクドナルド「CSR Report 2013」企業概要
- [53]2013年12月期の連結営業利益は115億円で、2013年末時点の日本マクドナルド株式会社の代表取締役社長兼CEOはサラ・エル・カサノバ氏、取締役会長は原田泳幸氏だった
2000年〜2013年の業績
| 決算期 | 区分 | 売上高 | 営業利益 | 経常利益 | 純利益 | 主な投資 | ||
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 億円 | YoY | 億円 | 億円 | 億円 | 利益率 | |||
| 2000年12月期 | 連結 | 3,579 | n/a | n/a | n/a | 168 | 4.7% | n/a |
| 2001年12月期 | 連結 | 3,616 | +1.0% | n/a | n/a | 101 | 2.8% | n/a |
| 2002年12月期 | 連結 | 3,207 | ▲11.3% | n/a | n/a | ▲23 | ▲0.7% | n/a |
| 2003年12月期 | 連結 | 2,998 | ▲6.5% | n/a | n/a | ▲71 | ▲2.4% | n/a |
| 2004年12月期 | 連結 | 3,080 | +2.7% | n/a | n/a | 36 | 1.2% | n/a |
| 2005年12月期 | 連結 | 3,256 | +5.7% | 32 | 29 | 0 | 0.0% | n/a |
| 2006年12月期 | 連結 | 3,556 | +9.2% | 74 | 57 | 15 | 0.4% | n/a |
| 2007年12月期 | 連結 | 3,950 | +11.1% | 167 | 156 | 78 | 2.0% | n/a |
| 2008年12月期 | 連結 | 4,063 | +2.9% | 195 | 182 | 123 | 3.0% | n/a |
| 2009年12月期 | 連結 | 3,623 | ▲10.8% | 242 | 233 | 128 | 3.5% | n/a |
| 2010年12月期 | 連結 | 3,237 | ▲10.7% | 281 | 272 | 78 | 2.4% | n/a |
| 2011年12月期 | 連結 | 3,023 | ▲6.6% | 282 | 276 | 132 | 4.4% | n/a |
| 2012年12月期 | 連結 | 2,947 | ▲2.5% | 248 | 238 | 128 | 4.3% | n/a |
| 2013年12月期 | 連結 | 2,604 | ▲11.6% | 115 | 102 | 51 | 2.0% | n/a |
出所:jmrlsi.co.jp、有価証券報告書
出典・参考
21件
- 日本マクドナルドホールディングス 有価証券報告書 第35期(2005年12月期)【主要な経営指標等の推移】
- 日本マクドナルドホールディングス 有価証券報告書 第38期(2008年12月期)【主要な経営指標等の推移】
- 日本マクドナルドホールディングス 有価証券報告書 第43期(2013年12月期)【主要な経営指標等の推移】/同 第38期(2008年12月期)
- 日本マクドナルドホールディングス 有価証券報告書 第43期(2013年12月期)/日本マクドナルド「CSR Report 2013」企業概要
- 日本マクドナルドホールディングス 有価証券報告書 第55期(2025年12月期)【沿革】
- 日経ビジネス 2001年7月2日号
- 日経ビジネス 2004年7月26日号
- 日本マクドナルド「McDonald's Report 2003」会社概要(2004年5月)
- 日本マクドナルド「McDonald's Report 2003」確かな企業価値の構築を目指して(2004年5月)
- 日本マクドナルド「McDonald's Report 2003」ごあいさつ「新しい時代に向けて」(2004年5月)
- 日本マクドナルド「マクドナルドレポート 2005」ごあいさつ(2006年3月)
- 日本マクドナルド「CSRレポート 2008」トップメッセージ
- 日本マクドナルド「CSRレポート 2008」トップメッセージ・企業実績
- 日本マクドナルド「CSRレポート 2008」「CSRレポート 2009」トップメッセージ
- 日本マクドナルド株式会社 第7期決算公告(2008年12月期)・第10期決算公告(2011年12月期)
- 日本マクドナルド株式会社 第7期決算公告(2008年12月期)
- 日本マクドナルド株式会社 第8期決算公告(2009年12月期)
- 日本マクドナルド「CSRレポート 2009」トップメッセージ
- 日本マクドナルド「CSR Report 2010」トップメッセージ
- 日本マクドナルド株式会社 第9期決算公告(2010年12月期)・第10期決算公告(2011年12月期)
- 日本マクドナルド「CSR Report 2011」トップメッセージ