第2章 年〜年

電通総研:通信自由化とシステムインテグレーターへの転換

1985年〜一力健社長の就任とMARK-IIIを通信基盤とするSI事業への転換

1985年、電通国際情報サービス(ISID)を設立から率いた大竹猛雄氏が社長を退任し、常務取締役の一力健氏が社長に就任した。一力健氏は慶應義塾大学法学部を卒業して電通に入社し、1975年のISID設立と同時に出向して取締役に就任していた。電通では広告営業の経歴を重ねており、情報処理の技術者の出身ではなかった。就任の時点では前年からMARK-IIIの売上の鈍化が続き、パソコンの高性能化と通信の全面自由化が同時に進んでいた。一力健氏はMARK-IIIを、遠隔情報処理の商品としてではなく顧客のシステムを結ぶ通信基盤として使う方針を立てた。そのうえで、顧客に総合的なシステムインテグレーションを提供する戦略へ転換した。回線の利用が誰にでも開かれる以上、GEの網を持つことだけでは差別化要因にならないと読んだのだろう。

  • 電通報「未知への挑戦・電通国際情報サービス(ISID)を立ち上げた男 大竹猛雄(10)」(2015年7月26日)
    • [1]1985年に大竹猛雄氏が退任し、常務の一力健氏が社長に就任
    • [5]一力健氏はMARK-IIIを通信インフラとして使い、顧客に総合的なシステムインテグレーションサービスを提供する戦略をとった
    • [6]一力健氏はMARK-IIIを通信インフラとして使い、顧客に総合的なシステムインテグレーションサービスを提供する戦略をとった
  • コンピュートピア 1994年4月号 一力健「ハードウェアとは何か?」
    • [2]一力健氏は慶應義塾大学法学部卒・電通入社、1975年ISID設立と同時に出向し取締役
  • 日経ビジネス 2002年6月10日号 一力健
    • [3]一力健氏は電通で広告の営業を担当していた
  • 電通報「未知への挑戦・電通国際情報サービス(ISID)を立ち上げた男 大竹猛雄(9)」(2015年7月25日)
    • [4]1985年3月期まで前年からMARK-IIIの売上鈍化が続き、パソコンの高性能化と電気通信の全面自由化が進んでいた

1986年1月、ISIDはIBMの大型機とパケット交換網DDX-Pを基盤とする独自ネットワークD*NETのサービスを始めた。同年10月にはGEが独自に開発したOSをD*NETセンターへ移植し、GEのスーパーセンターと国際回線で接続した。両センターを一体で運用するD*NET/3000サービスの開始である。GEはOS・通信・センター管理のシステムソフトウエアを提携先へ初めて開示し、ISIDとの関係を販売の提携から技術の提携へ切り替えた。ISIDの国内顧客はこの時点で1,000社に達し、その約半数が海外展開に沿った業務システムの構築と運用に利用していた。GEの網を再販する代理店から、自前の設備でシステムを預かる事業者へ立場を移す布石だったとみられる。

  • 電通国際情報サービス公式サイト「沿革」(2002年1月時点)
    • [7]1986年1月、IBM大型システムとDDX-Pを基盤とする独自ネットワーク「D*NET」の提供を開始
  • 情報科学 1986年11月号「電通国際情報サービスのVANセンターとGEセンターの国際間結合と技術導入について」
    • [8]1986年10月1日からD*NETセンターとGEのスーパーセンターを国際回線で接続し、GEのOSを移植したD*NET/3000サービスを開始
    • [9]1986年10月1日からD*NETセンターとGEのスーパーセンターを国際回線で接続し、GEのOSを移植したD*NET/3000サービスを開始
    • [10]GEはOS・通信・センター管理のシステムソフトウエアとノウハウを初めて公開し、両社の関係は販売主体の業務提携から技術提携へ移った
    • [11]ISIDの国内ユーザーは1,000社で、約半数が国際戦略に沿った業務システムの構築と運用に利用

転換の時期を支えた収益源は、邦銀の国際業務向けアプリケーションであった。ISIDは海外資金の管理システムを銀行と共同で開発してパッケージ化し、1985年時点で都銀13行と長信銀3行に採用されていた。1983年には金融機関の海外拠点向けバックオフィスシステムGBSの提供を始め、納入先はロンドンやニューヨーク、香港の邦銀支店に広がった。1985年10月には、翌年に予定された東京オフショア市場の創設に合わせて国内初のオフショア・バンキング・パッケージOBSを発表した。OBSは国内勘定と分離したオフショア勘定を通貨別に処理し、伝票と取引確認書を自動作成する仕様である。制度が変わる時点に製品を間に合わせられたのは、海外支店の業務を10年余り扱ってきた蓄積があったからだろう。

  • 電通報「未知への挑戦・電通国際情報サービス(ISID)を立ち上げた男 大竹猛雄(9)」(2015年7月25日)
    • [12]金融業の国際業務アプリケーションが都銀全行・興長銀へのサービス提供に結びつき、収益の主柱となった
  • 銀行時評 1985年11月号「電通国際情報サービス」
    • [13]外貨資金管理のパッケージが都銀13行・長信銀3行・地銀等に採用(1985年時点)
    • [15]昭和58年に海外支店システムGBSを発表し5行と契約、ロンドン・ニューヨーク・香港・シンガポール等で構築
    • [16]1985年10月、1986年予定の東京オフショア・マーケット設立に向け、国内初のオフショア・バンキング・パッケージ「OBS」を発表
    • [17]OBSはIBF勘定を通貨別に処理する多通貨会計と伝票・確認書の自動作成機能を持つ
  • 電通総研公式サイト「ヒストリー」(2026年10月時点)
    • [14]1983年、金融機関の海外拠点向けバックオフィスシステム「GBS」を提供開始
参考文献[1]-[17]
    • [1]1985年に大竹猛雄氏が退任し、常務の一力健氏が社長に就任
    • [5]一力健氏はMARK-IIIを通信インフラとして使い、顧客に総合的なシステムインテグレーションサービスを提供する戦略をとった
    • [6]一力健氏はMARK-IIIを通信インフラとして使い、顧客に総合的なシステムインテグレーションサービスを提供する戦略をとった
  • コンピュートピア 1994年4月号 一力健「ハードウェアとは何か?」
    • [2]一力健氏は慶應義塾大学法学部卒・電通入社、1975年ISID設立と同時に出向し取締役
  • 日経ビジネス 2002年6月10日号 一力健
    • [3]一力健氏は電通で広告の営業を担当していた
    • [4]1985年3月期まで前年からMARK-IIIの売上鈍化が続き、パソコンの高性能化と電気通信の全面自由化が進んでいた
    • [12]金融業の国際業務アプリケーションが都銀全行・興長銀へのサービス提供に結びつき、収益の主柱となった
    • [7]1986年1月、IBM大型システムとDDX-Pを基盤とする独自ネットワーク「D*NET」の提供を開始
  • 情報科学 1986年11月号「電通国際情報サービスのVANセンターとGEセンターの国際間結合と技術導入について」
    • [8]1986年10月1日からD*NETセンターとGEのスーパーセンターを国際回線で接続し、GEのOSを移植したD*NET/3000サービスを開始
    • [9]1986年10月1日からD*NETセンターとGEのスーパーセンターを国際回線で接続し、GEのOSを移植したD*NET/3000サービスを開始
    • [10]GEはOS・通信・センター管理のシステムソフトウエアとノウハウを初めて公開し、両社の関係は販売主体の業務提携から技術提携へ移った
    • [11]ISIDの国内ユーザーは1,000社で、約半数が国際戦略に沿った業務システムの構築と運用に利用
  • 銀行時評 1985年11月号「電通国際情報サービス」
    • [13]外貨資金管理のパッケージが都銀13行・長信銀3行・地銀等に採用(1985年時点)
    • [15]昭和58年に海外支店システムGBSを発表し5行と契約、ロンドン・ニューヨーク・香港・シンガポール等で構築
    • [16]1985年10月、1986年予定の東京オフショア・マーケット設立に向け、国内初のオフショア・バンキング・パッケージ「OBS」を発表
    • [17]OBSはIBF勘定を通貨別に処理する多通貨会計と伝票・確認書の自動作成機能を持つ
    • [14]1983年、金融機関の海外拠点向けバックオフィスシステム「GBS」を提供開始

1986年〜特別第二種電気通信事業者の登録と通商産業省のシステムインテグレータ認定

通信の自由化を受けて、ISIDは1986年5月に郵政省へ一般第二種電気通信事業者として届け出た。電通のTSS局の時代から自由化を求めてきた経緯があり、同年11月には全国一般第二種電気通信事業者協議会の会長社となった。1988年9月には国際回線を扱う特別第二種電気通信事業者として登録した。国内名称G*NETのもとで、GEとともに80カ国850都市を結ぶ国際VANを提供する体制となった。国内は築地の通信センターと全国10か所のアクセスポイントで構成し、顧客の希望に応じて端末機器の選定から調達、運用、保守までを請け負った。網を事業者として自ら運営する立場が、回線から端末までを一括で受けるSIの前提になったと推察される。

  • 電通国際情報サービス公式サイト「沿革」(2002年1月時点)
    • [18]1986年5月、郵政省に一般第二種電気通信事業者として届出
    • [20]1986年11月、全国一般第二種電気通信事業者協議会の会長社となる
    • [21]1988年9月、郵政省に特別第二種電気通信事業者として登録
  • 電通報「未知への挑戦・電通国際情報サービス(ISID)を立ち上げた男 大竹猛雄(10)」(2015年7月26日)
    • [19]電通TSSとISIDは一貫して通信自由化要求の先頭に立った
  • 日本データ通信 68号(1992年11月)中川洋「株式会社電通国際情報サービス『G*NET』の概要」
    • [22]1988年に国際特別第二種電気通信事業者として登録、国内名称G*NETでGEとともに世界80カ国850都市を結ぶ国際VANを提供
    • [23]築地の通信センターと全国10カ所のアクセスポイントを設け、顧客の希望で機器選定・調達・運用・保守を含む総合的なサービスを提供

1988年12月、ISIDは通商産業省からシステムインテグレータとして登録・認定を受けた。翌1989年2月には電通の社内情報システムについて、開発と運用の継続受注を始めた。退任時の大竹猛雄氏は、電通との関係の将来を『今はISIDという会社は電通から見れば異業種で、碁盤の捨石のようにポツンと置いてあるけれども自分は将来これが電通と非常に協力関係ができるような会社に成長すると確信している』と見通していた。1994年7月には電通のIT事業部内にIT推進部を設け、広告・広報・販売促進・イベントで生じるシステム化の需要を電通と共同で開拓しはじめた。1997年の時点で、ISIDは電通と一体で広告やマーケティングを支援する情報システムの企画・提案・構築を事業領域の一つに掲げた。電通の社内システムという継続的な受注が、外販のSI案件の波を均す役割を担ったと思われる。

  • 電通国際情報サービス公式サイト「沿革」(2002年1月時点)
    • [24]1988年12月、通商産業省にシステムインテグレータとして登録・認定
    • [29]1994年から電通との連携で広告・広報・販売促進・各種イベント分野のシステム化ニーズの掘り起こしに着手
  • 株式会社電通総研 有価証券報告書(2025年12月期)【沿革】
    • [25]1989年2月、電通の社内情報システムについてシステム開発・運用業務の継続受注を開始
  • 電通総研公式サイト「ヒストリー」(2026年10月時点)
    • [26]1989年、電通の社内情報システムについてシステム開発・運用業務の継続受注を開始
  • 電通報「未知への挑戦・電通国際情報サービス(ISID)を立ち上げた男 大竹猛雄(10)」(2015年7月26日)
    • [27]大竹猛雄氏は1985年の退任時、ISIDが将来電通と協力関係を築く会社に成長すると見ていた
  • 電通国際情報サービス プレスリリース「ISID、第22期決算を確定」(1997年6月3日)
    • [28]1994年7月、電通との共同ビジネスを目指して電通IT事業部内にIT推進部を設立
  • 電通国際情報サービス公式サイト「Business with Dentsu」(1997年6月時点)
    • [30]電通と一体で広告・広報・販売促進・イベント・マーケティングを支援する情報システムの企画・提案・構築を行う

製造業向けでは、1982年から扱ってきたSDRCのCAEを、開発・設計・生産を並行して進めるコンカレントエンジニアリングの支援へ拡張した。1993年5月に3次元CADのI-DEAS Master Seriesの販売を始め、富士ゼロックスとマツダへの大量導入につなげた。1995年2月には日本自動車工業会から、国際規格STEPによる設計データ交換システムの試作開発を受注した。1997年1月にはシンガポール現地法人へR&Dオフィスを開設し、アジア全域でエンジニアリング事業を始めた。1997年3月期には、製造業が顧客業界別の売上の46%を占める構成であった。金融の海外拠点を結んできた国際網の運用経験が、製造業の設計データを国や企業の間でやり取りする案件にも転用できたと考えられる。

  • 電通国際情報サービス公式サイト「沿革」(2002年1月時点)
    • [31]3次元CAD・解析ソフト・データ交換ツール・PDMを提供し、コンカレントエンジニアリングの実現を支援
    • [34]1995年2月、日本自動車工業会よりSTEPによる設計データ交換システムのプロトタイプ開発プロジェクトを受注
    • [35]1997年1月、シンガポール現地法人内にR&Dオフィスを開設し、アジア全域を対象にエンジニアリング・ビジネスの本格展開を開始
  • 電通国際情報サービス プレスリリース「ISID、第22期決算を確定」(1997年6月3日)
    • [32]1993年5月、3次元CAD機能を強化したI-DEAS Master Seriesの販売を開始。富士ゼロックス・マツダで大量導入
    • [36]1997年3月期の顧客業界別売上構成比は製造業46%
  • 電通総研公式サイト「ヒストリー」(2026年10月時点)
    • [33]1993年、SDRCの3次元設計ソフトウエア「I-DEAS Master Series」を提供開始
参考文献[18]-[36]
    • [18]1986年5月、郵政省に一般第二種電気通信事業者として届出
    • [20]1986年11月、全国一般第二種電気通信事業者協議会の会長社となる
    • [21]1988年9月、郵政省に特別第二種電気通信事業者として登録
    • [24]1988年12月、通商産業省にシステムインテグレータとして登録・認定
    • [29]1994年から電通との連携で広告・広報・販売促進・各種イベント分野のシステム化ニーズの掘り起こしに着手
    • [31]3次元CAD・解析ソフト・データ交換ツール・PDMを提供し、コンカレントエンジニアリングの実現を支援
    • [34]1995年2月、日本自動車工業会よりSTEPによる設計データ交換システムのプロトタイプ開発プロジェクトを受注
    • [35]1997年1月、シンガポール現地法人内にR&Dオフィスを開設し、アジア全域を対象にエンジニアリング・ビジネスの本格展開を開始
    • [19]電通TSSとISIDは一貫して通信自由化要求の先頭に立った
    • [27]大竹猛雄氏は1985年の退任時、ISIDが将来電通と協力関係を築く会社に成長すると見ていた
  • 日本データ通信 68号(1992年11月)中川洋「株式会社電通国際情報サービス『G*NET』の概要」
    • [22]1988年に国際特別第二種電気通信事業者として登録、国内名称G*NETでGEとともに世界80カ国850都市を結ぶ国際VANを提供
    • [23]築地の通信センターと全国10カ所のアクセスポイントを設け、顧客の希望で機器選定・調達・運用・保守を含む総合的なサービスを提供
  • 株式会社電通総研 有価証券報告書(2025年12月期)【沿革】
    • [25]1989年2月、電通の社内情報システムについてシステム開発・運用業務の継続受注を開始
    • [26]1989年、電通の社内情報システムについてシステム開発・運用業務の継続受注を開始
    • [33]1993年、SDRCの3次元設計ソフトウエア「I-DEAS Master Series」を提供開始
    • [28]1994年7月、電通との共同ビジネスを目指して電通IT事業部内にIT推進部を設立
    • [32]1993年5月、3次元CAD機能を強化したI-DEAS Master Seriesの販売を開始。富士ゼロックス・マツダで大量導入
    • [36]1997年3月期の顧客業界別売上構成比は製造業46%
    • [30]電通と一体で広告・広報・販売促進・イベント・マーケティングを支援する情報システムの企画・提案・構築を行う

1995年〜ネットスケープとの提携とデジタルキャンパスによるインターネット事業への参入

1995年1月、ISIDは米ネットスケープ・コミュニケーションズと提携し、日本企業として初めての提携先となった。狙いはマルチメディアデータベースを核にしたインターネットの商用利用システムと、社内向けのイントラネットの構築事業である。同年7月にはサイバービジネス協議会の会長社となった。この時期、GE由来の網を使うネットワークサービスは縮小に転じており、1996年3月期の売上は前期比10%減少した。ソフトウエア製品とシステム開発、ハードウエア販売の増加がその減少を補った。MARK-IIIに代わる通信基盤として、公衆網の上に立つインターネットを早い段階で取り込む判断だったと読める。

  • 電通総研公式サイト「電通総研50周年記念ページ」(2026年10月時点)
    • [37]1995年、日本企業として初の米国Netscape Communicationsとの提携により、インターネットの商用利用システムおよびイントラネット構築事業に進出
  • 電通国際情報サービス公式サイト「沿革」(2002年1月時点)
    • [38]1995年初めのネットスケープ・コミュニケーションズ社との提携により、マルチメディアデータベースを活用したインターネットのビジネス利用システム構築事業に進出し、イントラネット構築も手がけ始めた
    • [40]1995年7月、サイバービジネス協議会の会長社となる
  • 電通国際情報サービス プレスリリース「ISID、第22期決算を確定」(1997年6月3日)
    • [39]95年1月、マルチメディアデータベースを核とするインターネットの商用利用及びイントラネットの構築事業に進出
  • 電通国際情報サービス プレスリリース「ISID、第21期決算を確定」(1996年5月30日)
    • [41]第21期(1996年3月期)はネットワークサービスが10%減、ソフトウエアプロダクト・システム開発・ハードウエア販売の増加がこれをカバー
    • [42]第21期(1996年3月期)はネットワークサービスが10%減、ソフトウエアプロダクト・システム開発・ハードウエア販売の増加がこれをカバー

1996年4月、ISIDは研究開発の専任組織デジタルキャンパスを8名で発足させた。同年8月にはサン・マイクロシステムズ、オラクル、ネットスケープ、ネクストソフトウェアの4社と共同研究を始めた。研究の対象は、Javaによる分散アプリケーションやWebとデータベースの連携であった。12月には米国子会社を通じ、サン出身者が設立したEPSのJava製品について日系企業向けの独占販売契約を締結した。デジタルキャンパスの開設を含む投資の負担は利益に表れ、1996年3月期の経常利益は前期比38.4%減となった。ただし実績の10億4,700万円は、投資を織り込んだ目標8億円に対して31%の超過である。1999年には大手銀行の大規模なインターネットバンキングを、日本で初めてJavaのアプリケーションサーバーを用いて構築した。

  • 電通国際情報サービス プレスリリース「電通国際情報サービス、IT(情報通信技術)の研究開発でサン、オラクル、ネットスケープ、ネクストと提携」(1996年8月29日)
    • [43]1996年4月1日、研究開発専任組織「デジタルキャンパス」を8名で発足
    • [44]1996年8月、サン・マイクロシステムズ、オラクル、ネットスケープ、ネクストソフトウェアと提携し、Javaによる分散オブジェクト、WWWとRDB連携などを共同研究
    • [45]1996年8月、サン・マイクロシステムズ、オラクル、ネットスケープ、ネクストソフトウェアと提携し、Javaによる分散オブジェクト、WWWとRDB連携などを共同研究
  • 電通国際情報サービス プレスリリース「ISIDグループ、米国EPS社との提携により、Javaベースの業務アプリケーション構築事業に進出」(1996年12月)
    • [46]1996年10月、ISID/アメリカが米EPS社(サンの技術開発メンバーが中心となり設立)とJavaベースのソフトウエアの日系企業向け独占販売契約を締結
  • 電通国際情報サービス プレスリリース「ISID、第21期決算を確定」(1996年5月30日)
    • [47]第21期経常利益は目標8億円に対し10億4,700万円、前期比38.4%減。クライアント/サーバ型の社内情報システム開発、デジタルキャンパス開設、社内LAN・WAN整備への投資による
    • [48]第21期経常利益は目標8億円に対し10億4,700万円、前期比38.4%減。クライアント/サーバ型の社内情報システム開発、デジタルキャンパス開設、社内LAN・WAN整備への投資による
  • 電通総研公式サイト「電通総研50周年記念ページ」(2026年10月時点)
    • [49]1999年、日本初のJavaアプリケーションサーバーを採用した大規模インターネットバンキングシステムを大手銀行向けに構築

1997年3月期の売上高は目標320億円に対して361億8,700万円で、システム開発・サポートが構成比35.2%を占めた。ネットワークサービスの構成比は前期の20.7%から16.1%へ低下した。1998年3月期は売上高の目標400億円に対して414億4,700万円、経常利益は目標5億円に対して8億7,700万円であった。同期には子会社の電通国際システムを吸収合併して92人を受け入れ、上場に向けて開発費と試験研究費を特別損失として償却した。1997年4月時点の従業員は648名、株主は電通66%とGEインフォーメーションサービス34%の構成。上場を前に、ISIDの収益の中心はGEの網の利用料から顧客ごとのシステム構築と製品販売へ移っていたと推定される。

  • 電通国際情報サービス プレスリリース「ISID、第22期決算を確定」(1997年6月3日)
    • [50]第22期(1997年3月期)売上高361億8,700万円、システム開発・サポート62.3%増・構成比35.2%、ネットワークサービス構成比16.1%(前期20.7%)。翌期目標は売上高400億円・経常利益5億円
    • [51]第22期(1997年3月期)売上高361億8,700万円、システム開発・サポート62.3%増・構成比35.2%、ネットワークサービス構成比16.1%(前期20.7%)。翌期目標は売上高400億円・経常利益5億円
    • [52]第22期(1997年3月期)売上高361億8,700万円、システム開発・サポート62.3%増・構成比35.2%、ネットワークサービス構成比16.1%(前期20.7%)。翌期目標は売上高400億円・経常利益5億円
  • 電通国際情報サービス プレスリリース「ISID、第23期決算を確定」(1998年5月28日)
    • [53]第23期(1998年3月期)売上高414億4,700万円、経常利益8億7,700万円。電通国際システム吸収合併で92人受け入れ、上場に向け開発費・試験研究費を特別損失として償却
    • [54]第23期(1998年3月期)売上高414億4,700万円、経常利益8億7,700万円。電通国際システム吸収合併で92人受け入れ、上場に向け開発費・試験研究費を特別損失として償却
  • 株式会社電通総研 有価証券報告書(2025年12月期)【沿革】
    • [55]1997年7月、子会社電通国際システム株式会社を吸収合併
  • 電通国際情報サービス公式サイト「会社概要」(1997年6月時点)
    • [56]1997年4月1日現在の従業員648名、株主は電通66%・GEインフォーメーションサービス社34%
参考文献[37]-[56]

出典・参考

18件
出典・参考
  • 電通国際情報サービス プレスリリース「ISID、第21期決算を確定」(1996年5月30日)
  • 電通国際情報サービス プレスリリース「電通国際情報サービス、IT(情報通信技術)の研究開発でサン、オラクル、ネットスケープ、ネクストと提携」(1996年8月29日)
  • 電通国際情報サービス プレスリリース「ISIDグループ、米国EPS社との提携により、Javaベースの業務アプリケーション構築事業に進出」(1996年12月)
  • 電通国際情報サービス プレスリリース「ISID、第22期決算を確定」(1997年6月3日)
  • 電通国際情報サービス プレスリリース「ISID、第23期決算を確定」(1998年5月28日)
  • 株式会社電通総研 有価証券報告書(2025年12月期)【沿革】
  • 銀行時評 1985年11月号「電通国際情報サービス」
  • 情報科学 1986年11月号「電通国際情報サービスのVANセンターとGEセンターの国際間結合と技術導入について」
  • 日本データ通信 68号(1992年11月)中川洋「株式会社電通国際情報サービス『G*NET』の概要」
  • コンピュートピア 1994年4月号 一力健「ハードウェアとは何か?」
  • 日経ビジネス 2002年6月10日号 一力健
  • 電通国際情報サービス公式サイト「Business with Dentsu」(1997年6月時点)
  • 電通国際情報サービス公式サイト「会社概要」(1997年6月時点)
  • 電通国際情報サービス公式サイト「沿革」(2002年1月時点)
  • 電通報「未知への挑戦・電通国際情報サービス(ISID)を立ち上げた男 大竹猛雄(10)」(2015年7月26日)
  • 電通報「未知への挑戦・電通国際情報サービス(ISID)を立ち上げた男 大竹猛雄(9)」(2015年7月25日)
  • 電通総研公式サイト「ヒストリー」(2026年10月時点)
  • 電通総研公式サイト「電通総研50周年記念ページ」(2026年10月時点)

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