「チャレンジ'85」による多角化(1982年・カルピスの決断)

更新:
論点「カルピス」一品の経営から離れるか
カルピス:業績の推移
売上高(億円)経常利益率(%)
「カルピス」一品の経営からの転換と、チルド・酒類・調理食品・スポーツ施設への進出1982年、カルピス食品工業は同年を初年度とする4カ年の中期経営計画「チャレンジ'85」を始めた。重点方針は「カルピス」ブランドの活性化、新製品・新分野への進出、合理化による生産性の向上の3つで、最終年度の目標に売上高800億円・営業利益15億円を置いた。

何をなぜ決めたか:「カルピス」一品の経営からの転換と、チルド・酒類・調理食品・スポーツ施設への進出

概要

1982年、カルピス食品工業は同年を初年度とする4カ年の中期経営計画「チャレンジ'85」を始めた。重点方針は「カルピス」ブランドの活性化、新製品・新分野への進出、合理化による生産性の向上の3つで、最終年度の目標に売上高800億円・営業利益15億円を置いた。

計画を率いたのは、1981年3月に営業部門の出身として社長に昇格した横山淑夫氏である。同時にCI(コーポレート・アイデンティティー)を実施し、新しいコーポレートマークと企業理念を定めた。社長就任と同じ3月には、技術者とマーケティング担当者を合わせた「商品企画部」も発足させている。

背景

計画の前、本業は長い低迷にあった。売上高は1973年、利益は1971年を頂点に下がり続け、1980年12月期は営業損失10億8,200万円を有価証券の運用益などで埋めて、経常利益を2億1,300万円にとどめた。売上の76.4%を「カルピス」が占める一品依存の構成だった。

第2次石油危機の後、会社は非常手段に出ていた。1980年に工場従業員の一時帰休を行い、1981年には希望退職を募集した。一方で自己資本比率は73.2%、借入金はなく、使い道のない資金が社内にたまっていた。

内容

多角化は清涼飲料の外へ広がった。1981年にドリンクヨーグルトと発酵クリームのデザートを試験販売し、1982年にチルド専門のカルピスフーズサービスを設けた。1984年にはチリワインの輸入で酒類に、ホーメルとの合弁カルピスホーメルで調味・調理食品に参入し、1985年にはテニスクラブとスイミングクラブの経営も始めた。

研究開発でも布石を打った。1984年に東京大学の光岡知足博士の指導で栄養補助食品「Zip Up」を発売し、相模工場に発酵・微生物の基礎研究の部署を設けた。1985年3月に後を継いだ福井高行氏は、診断薬や子豚向けの飼料生菌剤の量産へと、乳酸発酵の技術を医薬・飼料に広げた。

含意

計画の数字は届かなかった。「チャレンジ'85」の目標は未達に終わり、急な多角化は財務体質を圧迫した。売上高に占める「カルピス」の比率は8割から7割へ下がったが、1988年12月期は冷夏で経常利益が前期比90.6%減となる見通しとなり、福井高行氏は11月に引責して退いた。

残ったものもある。チルドのカルピスフーズサービスは2016年の再編で社名をカルピスに改め、国内の飲料製造と乳製品を引き継いだ。飼料の生菌剤は「カルスポリン」として米国の大手食肉加工会社に採用され、発酵・微生物の基礎研究は後の機能性食品につながった。

いつ何が起きたか12件
考察:蓄えを使い始めた単品の会社
考察

考察:蓄えを使い始めた単品の会社

なぜ横山淑夫氏は、清涼飲料の外にまで一気に多角化したのか。1980年12月期の営業損失は10億8,200万円で、売上の76.4%を「カルピス」一品に依存していた。その一方で自己資本比率は73.2%、借入金はなかった。本業が縮むなかで資金だけが積み上がる状態は、放置すれば財務の余力を失うだけである。蓄えを新しい事業に振り向け、乳酸発酵の技術を軸に「健康の会社」へ広げることが、残された打ち手だったと考えられる。

もっとも、4年の計画でこれだけの分野に同時に踏み出すのは、一品の会社には重い負担だった。チルド、ワイン、調理食品、スポーツ施設は、販路も競合も「カルピス」とは別物である。どの分野も規模を得る前に費用が先に立ち、本業の立て直しに向ける人と資金を分けることになった。広げた分野の多さが、どれか一つを主力に育てる力を弱めたのではないか。新しい事業を育てた経験の乏しい組織にとって、同時に始める数そのものが負担だった。

計画の始動から長い年月がたち、結果は明らかである。経常利益は1984年に19億円まで戻ったが、「チャレンジ'85」の目標は未達に終わり、1988年からは3期続けて営業赤字となった。「カルピス」の比率は8割から7割に下がっただけで、新しい収益源は育たなかった。会社は1990年に味の素との提携を選ぶ。ただし飼料の生菌剤と発酵の基礎研究は、後の「カルスポリン」と機能性食品に残った。この多角化は、新しい収益源を作る点では失敗し、技術の芽を残した点で一部を後に生かした決断である。

Yutaka Sugiura, 2026年10月
数字で見る1表

数字で見る

図と表

カルピス:カルピス食品工業(単体)の売上高と経常利益

売上高(億円)経常利益率(%)

経常利益は1981年の1億円から1984年に19億円へ回復した

カルピス:カルピス食品工業(単体)の売上高と経常利益
(億円)売上高経常利益備考
1977年12月期55033
1978年12月期57536
1979年12月期57328第2次石油危機
1980年12月期4862営業損失を有価証券の運用益で埋めた
1981年12月期47913月に横山淑夫氏が社長就任。希望退職を募集
1982年12月期52210「チャレンジ'85」の初年度
1983年12月期56215
1984年12月期59319ワインの輸入と調理食品の合弁を開始
出所:会社年鑑 1986年版「カルピス食品工業」(単体・億円未満は四捨五入)
出所:会社年鑑 1986年版「カルピス食品工業」(単体・億円未満は四捨五入)
参考文献

参考文献

参考
  • アサヒ飲料「カルピス経営史 2 変化する市場環境と経営基盤の強化」(2022年)
  • 日経ビジネス 1981年4月6日号 p70-74
  • 日経ビジネス 1988年12月19日号 p108-112
  • アサヒ飲料「カルピス経営史 4 生産および研究開発体制強化と海外展開」(2022年)
  • アサヒ飲料「カルピス経営史 3 味の素との業務提携と「カルピスウォーター」のヒット」(2022年)
  • 会社年鑑 1986年版「カルピス食品工業」(単体・億円未満は四捨五入)
  • アサヒ飲料 社史「カルピス経営史 2 変化する市場環境と経営基盤の強化/3 味の素との業務提携と「カルピスウォーター」のヒット/4 生産および研究開発体制強化と海外展開(2022年)」
  • アサヒグループホールディングス 有価証券報告書「第92期(2015年12月期)【重要な後発事象】」

次に読む決断

免責事項およびポリシー