諸橋晋六
三菱商事・元取締役社長
社長就任までの出自
出自
1947年に旧三菱商事へ入社した。同社は同じ年の11月30日に解散し、従業員約4100名は清算事務の残留者を除いて120以上の新会社へ分かれている。諸橋氏は機械輸出部・船舶部を経てマニラ支店長、ロンドン支店長兼欧州三菱商事副社長を務め、常務・取締役副社長へ進んだ。
社長に選ばれた経緯
抜擢
1986年、近藤健男氏の後任として社長に就任した。同年5月、ブルネイ政府の要求でブルネイLNGの出資比率は三菱商事25パーセントへ下がり、年間1億ドルの配当で決算を支えてきた権益は縮んだ。前年には長期経営計画「K-プラン」を策定している。海外拠点を長く率いた経歴が、資源権益に代わる収益源を探す役に充てられたとみられる。
在任中の主な施策
施策
化学部門が対象としたアリステック・ケミカルは、米最大の鉄鋼メーカーUSスチールの化学部門から1986年に独立した売上高10億ドルの中堅である。1990年3月、総額8億8000万ドルでこれを買収し、買収先の資産を担保に資金を調達するLBOを日本企業の大型買収として初めて用いた。アリステックは6億5000万ドルの銀行債務を負い、三菱商事が株式の8割強を保有した。1992年、営業実績ではなく国際的な感覚で会社を変えられる素地を基準に槙原稔氏を後継へ指名した。 米アリステック・ケミカル買収
在任の評価
評価
執筆予定
経歴 1986〜1992年
在任中の業績
就任前-
退任時-
変化-
就任前-
退任時-
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